第二章 歪(ゆがみ) 参

「ダメェ?」


「ダメ」


「ダメなのぉ?」


「それ、終わってから」


わたしは冷たく言い放った。

この会話、ガタイの良い男とわたしの会話である。

しかも、制しているのはわたしの方である。

なんでこうなっているのか?

理由は言うまでもない。

 近いうちに行われる再テストで真人(シント)にそれなりの成績をとってもらうためである。

 言っておくが、子供のような甘えた声を出したところで、ダメなものはダメと言うので無駄である。


「さて、オレは何故、この共有言語と言う科目を勉強しなければならないのか?」


ーーーーあ、オーバーヒートし過ぎて変な事を力説し始めた。


「今、世界の大半の人々がその言語を使っているんだから。仕方ないよ」


 わたしは冷たく言い放った。


「大体母国語の誰かと違って、オレは生まれも育ちも日本だ」


 真人(シント)は力説しているが、だからと言って再試がなくなる訳ではない。


「一応、微妙に違うけどそれはそれ。これはこれ」


 わたしは冷たく返した。


「他のだったらもっと頑張れるから、そろそろ勘弁してくれ~~」


ーーーー荒唐無稽と称されてもおかしくない無敵の男が泣き言を吐くのだ。なんとも言えない。

 あくまでここは心を鬼にする。本人の為ではない、わたしの為だ。


「一番それが時間かかるから、今は我慢しなさい」


「・・・・」


 真人は黙った。

 ・・・嫌いなものは嫌いなんだ。悪いか?

と言いたいのは伝わる。


ーーーー漂ってくる空気が怖いどころの騒ぎじゃない。何とかしなきゃ。


「こう考えればいいのよ。これは関西弁だと」


「一体どこをどうやったら、こんな難解な文字の塊が関西弁に見えるんだ!」


 当然だが、言い返された。説明しようとすると理解できないからその説明はやめろと言われた。


 今、わたしが勉強させている教科・・・共有言語。

 この男が非常に苦手としている科目である。

元はノースユーロのイングランド地方で使われていたラテン語の亜種のような言語。

 この言語は昔から学術で使われていたラテン語から言わせていただくととある地域の方言に過ぎないのだ。

 これは大災害前の話だが、イングランド地方はイギリスと言う国で、その国で使われていた言語なので英語と呼ばれていたそうだ。

今はイギリスと言う国がないからその英語と言う言葉はなくなったが、今でも多くの国で使われているから共有言語と呼ばれている。


 確か古来よりローマが中心だったからローマから見ればイングランドは西。だから、関西弁だと考えたら?とわたしは言ったのだ。


 そんなものが通じる男ではない。さて困ったものだ。一応それなりにできるようにして置かないと後々が恐い・・・。


 ふとみたら真人の頭がオーバーヒートを起こしている。

 わたしは無言でキッチンの冷凍庫から凍ったシリコンゲルを取りだし、真人の頭の上に乗せる。


 そして、シリコンゲルは瞬く間に凍る前の状態に戻った。


ーーーーこれをしたのは何回目だろうか?

凍ったのなくなったんだけど。


・・・・お嬢ちゃん、ヒトのご主人サマを虐めるのはそろそろやめてくれないだろうか?


 なんか聞こえた。


「なんか言った?」


「あ?」


 真人はかなり不機嫌そうに返した。


「ごめん。なんでもない」


 思わず謝った。


「大体、何が悲しくてこのアルファベッドの塊に悪戦苦闘せねばならんのだ」


「まぁ、仕方ないよ。一番最初に産業革命を起こしたはイギリスなんだから」


「次は歴史の勉強か?オレは構わんが」


 真人の不機嫌な顔はそのままだ。


「そうそう。産業革命を起こしたから科学が凄く発展して、そして軍事力が凄いことになって事実上世界のあっちこっちの国を植民地にして・・・」


「と言うことはイギリスっていう国が悪いのか!」


 なんか珍しく納得している声がした。


「それは違うと思うよ」


「イギリスが世界を支配したと言うんだろ?」


「その言い方は違うと思う・・・」


 わたしは静かに否定した。そして嫌な予感がした。


「現実問題、オレは・・・」


 わたしはさっさとその予感の真偽を確認することにした。


「ちょっと待った」


「なんだ?」


「いくら勉強がイヤだと言っても産業革命前後のイギリスに行ってイギリスを滅ぼすとかそう言うのはやめなさい」


 真人の身体がビクッとなった。


 ーーーー嫌な予感、的中。

 できるかどうかはとにかく、この男ならやりかねん。


「まだ、オレは何も言ってないぞ」


「今の態度で確信したわよ!」


 人の怒りを現す言葉で雷が落ちると言うものがある。

 その雷があまりにもひどい場合はサンダーストームが発動したと言うかもしれない。


 ーーーー疲れた。流石に普段からまず出すことがない大声をあれだけ出したんだから疲れるのは当然か・・・・。


 そして思わぬところでこの疲れが倍増することとなる。


「そういえば、思ったんだけど」


「どうした?」


「もし、仕事で日本語で書いてない文書を渡されて、その文書のことをやれと言われたらどうするの?」


「そうだな・・・・」


 彼はわたしの方を見つめた。


「世の中にはオレよりそういうことに優れた人間がいる。そいつに説明してもらう」


「もしも、それが秘密の内容だったら?」


「優しく囁けばいい。口外したらどうなるとおもう?とね」


 真人は一瞬恐怖を覚える顔を見せたが、すぐに元に戻った。

 怖いけど一応確認は必要だ。


「で、今のところ、誰に頼む予定なの?」


「決まっているだろ。オレの目の前にいるやつだ」


 しばらく、静かな時間が流れた後、本日二回目のサンダーストームが発動した。


 ーーーーまさか、一日に二回もサンダーストームが発動するとは・・・・・


 流石のわたしも疲れた。

 朝から何回かの休憩を挟みながら勉強させているが、もう限界だ。

 一応最低ラインと理想ラインの間くらいまで進んだので晩ごはんを食べた後は自由時間にした。

 言っておくがあの男が勉強から解放される時間ではない、わたしが解放される時間だ。

 わたしの部屋は基本立ち入り禁止だから、わたしが自分の部屋にいる限り真人に干渉されることはない。


 わたしは自分の部屋のベッドに寝転がり考え事をしていた。

 ーーーーどうやって共有言語の成績をよくするのか?

 ・・・・今はテストの点数をより多く取る方法にシフトチェンジして、そこからこの科目に興味を持てるようにしよう、おそらくそっちの方が早い。

 本人の興味の有無もあるだろう。古典文学や民俗学と言った一部の科目については成績かかなり優秀だ。

・・・・やっぱり興味の問題か。

 多少なりとも持ってくれたらなぁと思う。


 あまりにも頭が煮詰まって来たので、

わたしは気分転換としてデバイスを操作した。


ーーーーなんだろう?メールが来ている。投げ銭のところからだ。


“あなたのことを応援します”


ナツキ カナエ


 と言うメッセージと一緒にかなりの金額の投げ銭が来ていた。

 支援物資もくれるらしくワンタイムコードの入力も求められた。


・・・・安心しろ。信用できる人物だ。


「そうなんだ。ありがとー」


ーーーー!?

 頭の中で響いた声に対し、思わず返事をしてしまった。


ーーーーやっぱり、なんかいる!?


 わたしはあわてて起き上がり、周りを見たが誰もいない。

疲れが溜まっているだろうか?


 わたしは冷たい飲み物を求めてキッチンに向かった。


 階段を降りたところのリビングでは真人(シント)が珍しく問題を解いていた。


「あれ?頑張ってるの?」


「まぁ、さっさとこんな生活からおさらばしたいからな」


「・・・見ちゃダメ?」


 真人を上目遣いで見つめた。かなり個人的に興味がある。


「聞きたいことはないが別に構わん」


 真人はわたしにプリントの束をわたした。


「おおぉ!!?」


 とか言って無駄に感動しつつ、目を通す。


ーーーーなんだ。基礎科学か。

 がっかりしたがそこはそのうちやるところだ。まぁ、やってもいいだろうとわたしは考えた。


ーーーーん!?ちょっと待った。なんかおかしいぞ。

 

わたしは変なことに気づいた。そして思わずそれは言葉になった。


「なんで配点率70%の生物の点数が20点で、30%の天文学がほぼ満点なの?」


「・・・・ほっとけ」


 真人はムスッとした。


・・・・そもそも占星術の素養があるからなぁ。そんなこともあるだろう。


 また頭の中に謎の声が響いた。

 真人はさっきから黙っているしなんかおかしい。一体なんだろうか。


「さっきから考え事しているようだが、どうした?」


 少し落ち着いたのか、わたしの様子がおかしいと思ったのか、真人は声をかけてきた。


「大丈夫、なんでもない」


 わたしは明るく応え、そのままシャワーを浴びに行った。


 わたしはシャワールームの脱衣所で自分たちが使うバスタオルとそれぞれの着替えを用意した。

 そして、一糸纏わぬ姿になり、シャワーを浴びた。


 わたしはふと妙な痕に気付いた。左肩の辺りに赤くただれた痕。

 恐らく料理したときに油が散ってその時にできたのだろう。痛みがないから気付かなかった。


ーーーー昨日買った薬を塗っておこうっと。


 わたしは脱衣所の引き出しに入れていた薬を取りだし、やけどのところに塗った。

 その上から絆創膏を貼った。

 わたしは部屋着を着るとリビングに戻った。

 リビングでは真人がまだ頑張っていた。


「まだ頑張っているんだ」


「キリが悪いからなぁ」


 少し問題を解くと彼は立ち上がった。


「オレもシャワー浴びて寝る」


 真人はシャワールームに行った。

 わたしは彼の解いていた問題をチラッと確認した。

 ・・・・なんだ。また基礎科学か。まぁ、そのうちやるところだけど・・・・

 やっぱりわたしはがっかりした。


 わたしはそのまま自分の部屋に戻った。

 まず、端末で投げ銭のお礼のメッセージを送った。

 なんでも長男がおこづかいを受け取らないから気にしなくていいよという返事がかえってきた。

 しかし、わたしは敢えて返信しなかった。


ーーーー何者かわからないがナツキさんの長男さん、おこづかい受けとりなさいよ。

 わたしは目の前にその長男がいたら絶対言うだろう。


 わたしは画面をしばらく操作し、少し物思いに耽った。

 そして端末の電源を落とし、部屋の明かりを消してベッドの上で横になった。






ーーーー真っ暗の中、誰かがわたしの手を引いてひたすら奥に進もうとする。


わたしはその先に何があるのか本能的にわかっていた。


ーーーーやだ!!その先は行きたくない!怖いのがたくさんいる!!


 わたしは振り払おうとするが再度強く捕まれてしまう。

 わたしはその手の主が凄く大切な人であっても振り払ってしまった。


ーーーー信じたい。けど信じられない。


 わたしはその手を振り払うともと来た道を振り返らず走った。


 そこで目が覚めた。

 ーーーー身体が寒い。気持ち悪い。



 ーーーーとにかく気持ち悪い。吐き気がする。こんなところで吐くなんてまっぴらごめんだ!

 わたしは動かない身体を無理矢理起こして部屋を出て駆け出した。

 二階にある自分の部屋からトイレに行くには階段を降りてリビングを通るしかなかった。


ーーーーガタガタ!!!


 階段から何かが転がり落ちる音が響く。転がり落ちたのはわたしの身体だ。

 原因がなんなのかわからないがとにかく身体がうまく動かなかった。


ーーーードン!と言う衝突音。

 それと同時に生じた暖かい、そして力強い感触。

 誰かがわたしを受け止めたようだ。


「ふと見たらふらふらしていたからな。思わず身体が動いてしまったぜ」


 真人の声だ。

 わたしは限界だった。


 わたしは真人の手を振り払いトイレに駆け込んだ。


ーーーーゲボッ!!ガバ!!ケホッ!


 胃の内容物が喉を通り、逆流していく。しばらくすると胃が空になったのだろう。身体が少し落ち着いてきた。

 わたしはトイレの水を流し力を振り絞り、自分の身体をトイレから追い出すとそのまま気を失った。


「・・・・わたし・・・」


 わたしは目をゆっくり開けた。明るい部屋。


ーーーーリビングだ。どうやら、わたしはリビングのソファーの上で横たわっているようだ。


「気付いたようだな」


 真人の声がした。


「あの後、オレの手を振り払ってトイレに駆け込んだろ?少しして出てきてそのまま気絶したから驚いたぞ」


 真人の手がわたしの頬に触れた。

ーーーー暖かい。


「・・・・ごめん」


「顔色もあまりいいとは言えない。このまま、ここにねていろ。オレはくなせが元気になるまで好きにさせてもらう」


「・・・うん」


「大丈夫だ。勝手に外に行ったりはしない。今はおとなしく寝てろ。あまり動くな、わかったな?」


 わたしは頷くと目を瞑った。そのまま意識は遠退いた。


ーーーー何故だろう?


  ふと過る感情。


 わたしは本当は役に立ちたいのだ。このところ助けられてばっかり。我ながらに情けない。

 もし、わたしにも同じような力があれば真人の役に立つのだろうか?


 朧気な意識の中、声が聞こえて来る。

 真人と誰かが話している声だ。よく聞こえないから内容はわからない。

 わたしは恐らく彼の足を引っ張っているのだろう。どうしてこうなったのか。考えるだけで何もかもイヤになる。


 しばらく頭に中にはイヤな考えばかり頭を過る。どうしようもない感情だらけだ。


「大丈夫か?」


 真人の声が聞こえた。わたしは少し身体を起こした。


「大分、参っているようだな。まぁ、実を言えばオレの方が参っているのだが」


 彼はわたしにプリントの束を押し付けた。

 おそらく問題をといたものであろう。


「さっさと元気になってくれないとオレの勉強が進まないだろ?」


 わたしはなにも言わずにただ真人を見つめた。


「・・・まぁ吐いてからずっと飲まず食わずだったんだ。そろそろ何か口にしろ」


 真人はリサイクルボトルに入った飲み物と箱に入った薬を渡した。


「胃腸薬とそういう時の飲み物と・・・・」


 真人はわたしに小さい紙袋を渡した。ファインファインのロゴが印刷されているが見たことない白い紙袋だ。


「・・・これは吐き気止めだそうだ」


 真人は言った。


ーーーー確かに。吐き気止め。水無しで飲めると書いてある。


「ありがと」


「当然だ。多少のことは弟で慣れているから平気だ」


ーーーー気恥ずかしい。

 今の自分の状況はかなり情けない。泣きそうになる。


「・・・・ん?」


ーーーーなんか甘い臭いがする。


 そういえば何も食べてなかったなぁ。お腹かすいたなぁ、今何時だろうか?


 と考えながら真人を見つめた。


「小動物のようにオレを見つめたところで何も出ないぞ・・・と言いたいところだが」


 真人は白い器を出すとわたしに問う。


「・・・・食うか?」


 わたしは何も言わずに首を凄い勢いで縦に振った。

 渡された器にはオレンジ色の甘い匂いの食べ物が入っている。


ーーーーパンプキンスープ?


 わたしは渡されたものをスプーンにすくって口に入れた。


ーーーー何かある!!これはスープじゃない!リゾットだ!!


 器の中の色は一瞬でオレンジから白に戻った。


「それだけ食えたら大丈夫だな・・・さてと」


 真人はわたしに何かを投げつけた。


ーーーーあの禍々しい気配を纏った刀だ。


「少し気分転換も兼ねて外を見回ってくる。いざとなれば、そいつがなんとかする。大丈夫だ」


 真人はそのまま、外に行くかと思いきや、振り向いてこう言った。


「オレも少ししたら戻ってくる。だから安心して待ってろ」


 そして、彼はそのまま出ていった。


 しかし、この禍々しい刀と一緒に留守番とかなんとも言い難い気持ちになる。

 いくら守ってくれるからって言っても・・・・


 さすがのわたしにも考えるなと言ってもどうにもならないことはある。

 それは生理現象と呼ばれるものだ。

 わたしは刀を寝ていたソファの上に置いて立ち上がり、トイレに行こうとした。


ーーーーなんか嫌な予感がする。


「トイレに行くだけなんだから動かないで!」


 わたしは振り向いた勢いで叫んだ。




 スッキリした後、わたしはさっきいたソファのところに戻った。そして、そのまま大人しく真人を待つことにした。

 あの禍々しい刀は動いていたようだが、付いてこなかったので考えないことにした。

 わたしは渡された薬と飲み物を飲み、ひたすら待った。


「戻ったぞ」


 少しすると真人の声がした。

 案外早く戻ってきたのでホッとした。


「どうやら何もなかったようだな」


 彼はわたしが座っているのを見て安心したのだろう。


「・・・さてと」


 彼はわたしが寝ていたソファの前で何食わぬ顔で横になった。


「・・・ちょっと待って」


ーーーーわたしは言いたい。一体どこで寝ているのだ。


「どうした?」


 さも当たり前のように振る舞うものだから逆に反応に困る。


「・・・さすがにちょっと」


 しばらく部屋に戻りたいとかここにいろとかなんやかんやと揉めた結果・・・・

悲しい事にわたしが折れてそのままの状況になってしまった。





ーーーーこんな状況で寝れるか!!?


 わたしは口に出そうな叫びを圧し殺し、ふと耳を澄ませる。


 グーグーと言ういびきが聞こえる。

ーーーー寝てる。この男、凄く寝てる。無神経と言いたくなるくらい寝てる。



 リビング自体、空調が効いているがタオルケットがかけられているせいもあって言うほど寒くはない。


 この感じから考えるとホントに何事もなさそうだ。

 気になると言えば気になるが、真人は眠っているから大丈夫だろうと考えた方がいいだろう。


 わたしは目を瞑りそのまま眠りに落ちた。


 ・・・・・ここ最近、小さい頃の夢をよく見る。

 目の前に広がっている光景は大切な思い出の一つ。それは五歳の誕生日。

 その日わたしは同じ年齢の男の子と一緒に遊園地で遊んだ。

 その前の日に初めて会った男の子だった。

 わたしはその時日本語がうまく話せなくて言葉は通じ合わなかったけど・・・


 五歳のわたしは遊園地の通路を走っていた。

 ふと横を向くと真人がいた。わたしが五歳の姿に対して真人はいつもの姿だ。

 真人は壁にもたれかかり少し考え事している様に見える。


「真人、なにやってんの?なんでこんなとこにいるの?」


 わたしは五歳の姿のまま、真人に問いかけた。


「見ればわかるだろ。

オレは夢の中の存在だ。お前はオレのことを意識し過ぎだ」


ーーーーその通りかもしれないが考えない方が無理だ。


「ふーん」


 わたしは怪しいと思いながら返事した。


「・・・ところで急いでいたようだが、人を待たせているんじゃないのか?」


 わたしは真人の言葉に一つのことを思い出した。


 ーーーーそうだ!わたしは待たせている!人を待たせているのだ。


「そうだった!わたし、行ってくる!」


 わたしは真人にそう言い放つと急いで待ち人がいるところへ走った。


 しばらく走ると見える少し開けた場所。そこに置かれたベンチにはわたしと同じ年頃の男の子の姿があった。

 短い黒髪で、その頃の自分とあまり背丈が変わらない少年・・・・シン。


 ーーーーもし、今のわたしと同じ年齢なら一体どんな姿になっているのだろうか?

 いつも一緒に写っている写真を見るたび、その事ばかり頭に過る。


「ごめん。待った?」


 わたしは息を切らしながら言った。

 あの頃はこんなに日本語がうまく話せなかったがここは夢の中だ。気にしない。


「大丈夫だよ」


 シンは優しく答えた。

 シンは立ち上がり、そしてわたしと一緒にあるところに向かった。

 わたし達二人はまだ身体が小さかっため遊べるアトラクションは限られていた。

 その小さい身体で遊べるアトラクションのうちの一つにトロッコシューティングなるものがあった。

 トロッコに乗って走るトロッコの周りに現れるモンスターをトロッコに取り付けられているレーザーガンで倒していくものだ。

 トロッコの周りに現れるモンスターは立体映像で偽物とわかってるから恐くない。

 わたしはシンとスコアの競争をした。


 結果、わたしは命中率100%、シンは90%でスコアはわたしの方が高かったのでわたしの勝ちである。

 どうやらわたしの方が射撃の腕がいいみたいだ。アルバムに載っている写真にもそういうシーンはあった。


「楽しかったー。シン、次はどこにいこっか?」


 わたしは楽しくシンに問いかけた。

 しかし、次の瞬間シンは信じられないようなことを言い放った。


「そうだ。面白いところを見つけたんだ。一緒に行ってみよう」


ーーーーなんかおかしい。


 わたしは本能的に気付いた。


「あなたはシンじゃない!シンはそんな人じゃなかった!!」


 シンだった男の子は不気味に笑った。


「ククク・・・・そうか。とうとうバレたか」


 わたしはとっさに後ろに下がり距離を取るがこの行動は後に意味のないものであったと知らされる。


 「シンをどこに連れて行ったの!?シンを返して!!」


 わたしは叫んだ。


「何を言っているのだ?我らの邪魔をしたお前にはもっと苦しんでもらうぞ」


 その言葉は冷たく不気味だった。

 シンだった男の子は高笑いをあげながらおぞましい姿に変貌した。

 大きな角が二本生えた全身が血の色のような真っ赤な馬の頭の化け物。

 大きさは多分隣で寝ている真人と同じくらいであろう。

 化け物はわたしの方に素早く駆け寄り、服の襟を掴み、わたしの身体を持ち上げた。

 そして不気味に笑いながら語りかけた。


「さぁ!我が満足するまで苦しむがいい!!!」


 その声とともに周りの光景がおぞましい空気が漂う空間に変貌した。


 白装束を纏った人々がわたしを掴んでいる化け物を中心に気持ち悪いくらい綺麗に整列して祈りを捧げている。


 全身に寒気が走る。凄く嫌な光景だ。


「やだ!やだ!怖い想いなんてもうイヤだ!!」


 わたしは暴れだした。


「フハハハハハハ!!!お前の恐怖は最高級だ!!!!ハハハハハハ!」


 化け物の高笑いが響いた。


ーーーー絶望があるなら希望はある。思いがけないところでそれは現れる。この瞬間もそうだ!!


「そこの化け物!その子を放せ!!離さないなら、やっつけてやる!!!」


 聞いたことがある男の子の声が辺りに響き渡った。

 そして、どぉん!!と言う凄い勢いで物がぶつかる音が響いた。

 わたしの身体を持ち上げていた化け物の背中に黒い何かがぶつかったのが見えた。


「・・・くはっ!!」


 化け物の手から力が抜けたのか、わたしの身体は地面に落ちた。


 その黒い何かは男の子だった。


 ーーーー格好は思い出の写真とは少し違うがその顔つきとその声は間違いない!!!


「シン!!」


 わたしは泣きそうだった。


ーーーーシンはあの日のように助けに来てくれたのだ!


「再会を喜んでいる場合じゃない!」


 シンは冷静だった。そして、わたしの腕をつかんだ。


「こんな悪い夢、さっさと覚めた方がいい!現実に繋がるところまで走って行くよ。大丈夫?」


 シンはわたしにそこまで走れるかどうか確認したいのだろう。


「大丈夫。走れる。けど、シンはどうなるの?」


 わたしの不安を取り除くようにシンは優しく言った。


「オレは君の心の中の存在。また夢の中で会える!」


「そっか!」


 わたしはシンの案内で現実に繋がる扉まで走った。


 ちょっとした広場に大きな扉のモニュメントがあった。この扉のモニュメントがおそらく現実に戻る扉なのだろう。


 わたしは扉の前で戸惑った。


ーーーー心のどこかでもしかしたらと思ったかもしれない。


「急いで!早くしないとあの化け物がこっちにやってくる!!」


 シンはわたしの背中を押して扉に触れさせた。


 その夢はその瞬間終わりを迎えた。

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