第二章 歪(ゆがみ) 弐
気が付いたら朝になっていた。
わたしはベッドから起き上がり、伸びをした。
ーーーーそういえば、寝る前に変な声が聞こえたような気がする。なんだったのだろうか?
変な声はこう言ってた。
・・・・スマンな。このバカはこうでもしないと寝ないのでな。そろそろ限界なんだ。多目に見てくれ。
ーーーーうーん、一体なんだったのか?よくわからない。
よくよく考えてみればわたしは寝る前シャワーを浴びてなかった。
ーーーーうぅ・・・身体がベトベトして気持ち悪い。シャワー浴びてスッキリしよう。
わたしは今日着る着替えを用意するとシャワールームにむかった。
リビングを通ったが真人(シント)は凄く気持ち良さそうに眠っていた。嘘みたいと言いたくなる状況である。
わたしは脱衣場でバスタオルと着替えの準備をするとシャワーを浴びた。
当然だが、わたしの右足のふくらはぎに貼られたガーゼはぐちゃぐちゃになった。
ーーーー真人は見ない方がいいって言ってたけど、ここまでぐちゃぐちゃになったんだ。もう剥がしちゃえ!
と言う事でわたしは勢いよくガーゼを剥がした。
ガーゼの下は赤紫色の薬がたっぷり塗られているだけで傷もアザも何もなかった。触ってみたが痛みもない。
ーーーー寝る前までは痛みがしっかりあったのに嘘みたい。
この赤紫色の薬はよく効く薬なんだろう。たっぷり塗ってガーゼなどで保護して一晩寝るだけで傷が治っているのだ。
ーーーー驚いた。こんなにいい薬があるなんて。もしファインファインに売っていたら買おうっと。
もしかしたら例の能力者限定の薬で買えるものではないかもしれないが、その時はその時である。
わたしはお気に入りのボディソープで全身を洗い、赤紫色の軟膏も綺麗にしっかり流した。
赤紫色の軟骨は中々取れなかったが、よく効くからそんなものであろうとわたしは考えていた。
----さて、一通り身体中を洗い流してスッキリした。
わたしは身体をバスタオルで拭いた後、それなりにいい感じの部屋着を纏った状態で真人のいるリビングにいった。
ーーーーあくまでそれなりにいい感じで結構お気に入りのやつなのよね。
行った理由は言うまでもなく綺麗に治った足を見せるためである。
フフフンと鼻歌歌いながら真人(シント)の近くにゆっくり近寄る。
しかし、真人はものの見事に眠っていた。気持ち良さそうに寝息をたてている。
ーーーーなんか起こすのは悪い気がするなぁ。
わたしは静かに自分の部屋に戻った。
ーーーー少ししたら起こしに行こう。今はなんか起こしに行くのはかわいそうな気がする。
わたしはふと机の上に飾ってある大事な写真のうち、ひとつを取った。
そして、写真の人物に心の中で話しかけた。
ーーーーおはよう。今日から夏の長期休み。日本に来て三年目。いつあなたに会えるの?
早くあなたに会いたいけど上手くいかない日々が続くわ。
その写真は五才の誕生日に撮ったものだ。写真に写っているのはわたしとそのとき一緒に遊園地で遊んだ同じ年位の男の子。
確か両親の友人の息子さんで名前が・・・・・・
わたしの頭の中で覚える妙な違和感。
ーーーー待った。わたしはここ最近、この写真の男の子と似た男の子を見た。
昨日の出来事を頭に思い浮かべる。
ーーーー間違いない!!!!いつだ!?思い出せ!!思い出すんだ!わたし!
ピンポーン!
デバイスからチャイムの音がした。
ーーーー朝から誰だろうか?
わたしはデバイスを使い、自分の部屋から外を見ることなく、玄関でチャイムを鳴らした人物を確認する。
わたしの家の玄関にはカメラが取り付けられている。そして、そのカメラが写したのはわたしより年下の少年だった。
ーーーー真人の弟の麻人(アサト)くんだ。何故ここに??
すぐに疑問の答えが出た。
・・・・・・・おそらく麻人くんは兄である真人(シント)を探しに来たのだろう。
当然だが、今家に入られるとまずい。麻人くんは真人を見つけると家に連れて帰るだろう。
ーーーー困ったな。真人は家に帰りたくないって言ってたし。
わたしは急いで玄関に向かい、扉の前に待っている麻人くんに合うことにした。
「おはようございます。朝早くからすみません」
麻人くんは軽くお辞儀をした。
「いえいえ。気にしないで。悪いんだけど今家の中、散らかっていて、人を入れたくないの」
ーーーー我ながらに適当過ぎる言い訳である。
「そうなんですか」
「近くのお店でモーニングとかどう?わたしも麻人くんに聞きたいことあるし」
わたしは提案した。
「いいんですか?」
「もちろんよ!」
ーーーー早速真人からもらったのを使うことになるとは・・・。しかしこれは必要経費だ。納得するしかない。
わたしは玄関に鍵をかけると麻人くんをつれて近くにある喫茶店に向かった。
ーーーー今日の日替わりモーニングは厚焼きの玉子焼きサンドか。最近ハマっているんだよね、それ。
わたしは入り口に飾られていた日替わりモーニングメニューを確認した。そしてそのままわたしは麻人くんを連れて、適当なテーブルに座った。麻人くんもそれに従う。
そして、すぐに来た店員さんに今日の日替わりモーニングを注文した。
麻人くんも同じものを頼んだが飲み物はオレンジジュースだった。
ボリューム満点の厚焼き玉子焼きサンドを丁重にお腹に仕舞った。そしてアイスティーをゆっくりすすりながら考えを巡らせた。
ーーーーそろそろ話をしようかな。
と考えた瞬間、麻人くんは口を開いた。
「ちょっと、おききしたいんですけど」
「なにかしら?」
なんとなく想像つくから大人の余裕を持てる。
「うちの兄、どこにいるか知りませんか?昨日あなたと一緒にいたのは知ってますが」
ーーーー予想通り。ここはうまく誤魔化して置こう。
「どうしてそんなことを聞くの?しばらくしたら帰ってくるんじゃないの?」
「そうなんですけど、兄には問題ありまして・・・・」
「確かに。もし喧嘩になったら相手の人、ただじゃすまなさそうだし」
「それもそうなんですけど・・・兄には問題がありまして・・・・」
「問題?いかにも健康馬鹿優良児みたいな感じなのに?」
「そういう問題ではないです・・・」
「はい?」
「あなたはどこまで知っているですか?」
ーーーー麻人くん、ボロを出したな。
「そうね、身体能力検査の結果がオールドーピングの化け物じみてるくらいね」
わたしは笑顔で答えた。
ーーーー多分、うちの学校の生徒なら誰でも知っている
「そういうのじゃなくて・・・」
「どういうの?」
「・・・兄さんから、何か聞いてます?」
ーーーーそれ聞くのね。どう言おうかしら?
「うーん、あなたのお兄さんが色々とすごーい人って言うくらいかな」
「・・・・兄さん、ちゃんと説明してないな」
「正直、それしかわからないし」
「ふぅ・・・」
麻人くんはおそらく頭を抱えているのだろう。
わたしは追い討ちをかけた。
「麻人くんはわたしの聞きたいことを話してくれるの?」
「・・・・答えれる範囲にはなりますが」
麻人くんは静かに返した。
ーーーー答えれる範囲ね?
「じゃ、教えてくれる?あなたのお兄さんが持っているアレはなんなの?凄く禍々しい空気を放っているんだけど」
麻人くんは驚いた顔でわたしを見つめた。
「なるほど、そういう事だったのね」
麻人くんの話には驚きしか覚えないがそれが事実だ。
もとを辿れば大災害のせいで世界のバランスが崩れた。このせいで人在らざるものの活動が活発になり、行方不明になる人間が日本国内で年間数万単位になったのだ。
仕方なく日本政府は昔からいた人在らざるものと戦う力を持った人間、わかりやすく言えば陰陽師の類いに近い能力者たちを秘密裏に雇うことにしたのだ。
真人や麻人くんの一族がこれに当たるらしい。
・・・・・・・日本政府に雇われているのはまだいいとしよう。問題は真人や麻人くんの一族が契約している刀魔と呼ばれる妖魔ととの関係性だ。
刀魔そのものは人間には害を為さない。しかし刀魔を通じて力を行使する場合身体に『穢れ』と言うものが溜まる。
この『穢れ』が一定以上溜まると妖魔になってしまうのだ。
真人(シント)がめちゃくちゃ強い理由のひとつとして刀魔の存在があげられると思ったが、麻人くんいわく本人の努力によるものなのであまり関係ないらしい。
どこをどうやったら存在自体がルール違反同然になるのか聞きたいものだ。
ただ、真人が危ない状況なのを放置するなと言ったら、それこそ、兄に言ってくださいと言われた。
・・・・わたし個人としては頭が痛い。わたしはあの男の事をほぼ何も知らないのだ。
「ちょっと気になったので聞いていいですか?」
「いいわよ」
麻人くんは息をゆっくり吐き出し、わたしの顔を改めて見つめた。かなり真面目な話なんだろう。
「まずはこう聞くべきでしょうか?ぼくの姉になるつもりはありませんか?」
内容にはコメントできないが、言った本人は至って大真面目である。
「それ、意味わかってるの?」
「・・・もちろんです」
「・・・で、何が言いたいの?」
「あなたは兄に命を助けられた身。もっと兄の役に立ちたいと思いません?」
「それはそれ、これはこれ」
言っておく。わたしは麻人くんの味方をするつもりはない。
「昨日会ったとき、あなたから甘い匂いがしました。あなたが持っていたのは、おそらくあなたお手製の甘物」
「・・・・」
わたしは静かに麻人くんの話を続きを聞く事にした。
「少なくとも嫌悪を抱く相手に見舞いの品としてお手製のものを持ってくることはまずないでしょう」
「まぁ、わたしはあなたのお兄さんのクラスメイトだからね」
ーーーーこれはわたしの頭を冷やすための自己主張だ。
「ぼくにはあなたを黙らせる手段がある」
麻人くんは指をパチンと鳴らした。わたしの横には人ではない何かの気配がした。
わたしは静かに横を向く。それを見た瞬間わたしは驚きの声をあげたくなった。
『どうだ?驚いたか?こーん!』
『そうだ!びっくりしたのか?こーん!』
わたしは冷静に言葉を放った。
「麻人くん、この子達かわいいからさわってみていい?」
「・・・・あのぅ、もうちょっと驚いてくれませんか?」
「結構ふこふこー」
わたしは麻人くんが出した(と思う)生き物(多分妖魔という存在なんだろう)を
なでながら言った。
『今は夏だから結構ごわごわしているこーん!』
「そうなんだー」
ーーーーこういうのにも夏毛とか冬毛とかあるんだ。初めて知った。
「あのぅ、やっぱりもうちょっと驚いてほしいんですけど・・・」
麻人くんは頭を抱えながら言った。
『昨日の夜、真人(シント)、オマエの家に行った。ずっと見てたけど出てないからまだいるんだろ?』
「やっぱり、わかってたんだ」
麻人くんの出した生き物をわたしは見たことある。・・・というか、以前それについて書かれていた本を読んでいたので、知っていた。
ーーーー麻人くんが出した生き物はクダキツネ。人間に飼われている(と思う)キツネの妖怪だ(この場合は妖魔って言った方が正しいかもだけど)
「もしかして、この子達を使って、わたしをどうこうしようとしてたの?」
『まぁ、多分そうだと思うんだこーん』
「場合によっては、あなた真人に殺されるわよ」
わたしは麻人くんの方を向いて言った。
『オマエの言う通りだこーん。麻人は、そこまで考えてないだこーん』
ーーーー結構口が悪いキツネたちである。
『先に言っておくけど、こいつらは主じゃないこーん。主に頼まれて、こいつらの面倒を見ているんだこーん』
「・・・」
麻人くんは言われたい放題されているせいか静かだった。
麻人くんが黙ってしまったので、わたしはなにかを聞こうとした。その時ーーーー
すごい勢いでキツネたちが姿を消した。
ーーーー何かから逃げるためだろうか?
わたしの後ろに何かが現れたのであろう。麻人くんは酷く怯え始めた。わたしも酷く禍々しい気配を感じた。
「・・・麻人くん?どうしたの?」
息ができなくなると思うくらい麻人くんの呼吸が荒い。酷く怯えている。わたしは自分の後ろを見ない方がよさそうだ。
・・・・・しばらくすると気配が消えた。どうやら言いたい事だけ言って去ったらしい。
麻人くんは少し震えていたが、話はなんとかできる状況だった。
「・・・しばらくの間、兄の監視をあなたにお願いしようと思います」
ーーーー最初からそうすれば良かったんじゃ?とわたしが思うくらい麻人くんは震えていた。
麻人くんは無理やり自分を落ち着かせて話をしていた。
「いいけどお願いがいくつかあるわ」
「いいでしょう」
わたしは麻人くんに真人の着替えとデバイス、彼が使っている学校の勉強道具を少々、彼の家から持って来るようにお願いした。
麻人くんの話によると真人は当分の間、家から出ない方がいいらしい。
なので、学校の課題をしばらくやらせることにしよう。勉強があまり好きではなさそうな真人の事だ。
ここでわたしがしっかり仕込んで置くのも一つの手だ。
わたしは会計を済ませ、店を出ると麻人くんと別れ、近くの少し大きな食料品販売店に向かった。いろいろと見回り、軽く買い物したあと、わたしは家に戻った。
家についたらお昼ご飯を食べる時間になっていた。
玄関の鍵を開けようとしたら麻人くんがきた。
「待ちました?」
「ううん、今着いたとこ」
わたしは麻人くんから頼んでいた荷物を受け取った。
「後あなたに一つだけ言って置かないといけないことがあります」
麻人くんは真面目な顔で話を始めた。
もちろんわたしがショックを受けないように言葉は選んでいたが、なんとなくそんな気がする内容だった。
どうやらわたしは国家転覆を企む大罪人と日本政府の偉い人たちに認識されてるらしい。
わたしが鳥人間に襲われた次の日、わたしを殺すように指示がでたらしい。けどすぐに真人(シント)が何かの間違いであると報告してなんとかしてくれていると言う話もした。
「ところで、麻人くん、その荷物は?」
わたしはふと気になったので聞いた。麻人くん、かなりの荷物を持っていた。
「・・・あぁ、これですか?しばらく父さんと二人っきりになるのでぼくも兄さんみたいに友達のところにいこうかなと・・・・」
麻人くんは苦笑いした。
「あれ?家族は真人とお父さんだけなの?」
ーーーー二人の母親はどこにいるのだろうか?
「母さんは今訳があって家を出てます。一応生きてますよ」
ーーーーなんか聞いてはいけないことを聞いてしまった気がする。
「まぁ、ならいいけど」
わたしは麻人くんと別れると自分の家に入り、買ってきたお昼ご飯を食べる。
リビングで寝ている男の姿はみているだけでもあまりにも気持ち良すぎていたずらしたくなる。
----もちろん後がかなり恐いのでするつもりはない。
ーーーー今日1日は起きないって麻人くん言ってたけど本当みたいだ。
わたしがすごく美味しそうなイタリアン風ソーメンを食べているのに真人はうんともすんとも言わないのだ。
ーーーートマトとバジルの匂いが刺激的でわたしなら飛び起きちゃうけどな。
わたしはお昼を食べ終わると真人の荷物を確認した。
まずは黒くて型の古いデバイス。わたしのよりも大きくて重い。
ロックはかかっているようだが通知がいくつかある。その通知はロックがかかっていても確認できる。
ーーーーあれ?コールの通知が複数ある。
わたしは真人のデバイスに表示されている通知をよくよく確認する。
・・・・このコールしてきたIDは担任の先生だ!!
咄嗟にわたしは自分のデバイスを取り出し、先生にコールする。
わたしは真人が落としたデバイスを拾ったと言う呈で話することにした。
先生の話を聞いた結果、驚きの言葉しかなかった。まぁ、もしかしたらある意味当然かもしれない。
あの男、薄々そんな気はしていたのだがとうとうやらかしたのだ。
古典文学と民俗学以外、こないだ筆記テストがあった科目は、すべて再テストである。
ーーーー理由?言うまでもない。点数があまりにも低かったからである。
これは楽しくなってきたぞ!!
まさかの吉報に心を踊らせてしまった。
わたしは先生に彼のデータを送ってもらうと再び出掛けた。
わたしは先生に送ってもらったデータを近くの商店でプリントアウトできるように設定した。そして買い物行く準備して家を出た。
わたしはまっすぐにあるところに向かった。理由はある人に会うためである。
基本的にどんなことでも相談に乗ってくれる心強い人物だが、昼御飯食べ終わってすぐくらいの時間帯にいるだろうか。
でも夜だと化け物に襲われるかもしれない。
ーーーーまぁ、行くだけ行ってみて、いなかったら諦めようっと。
わたしは行き慣れた道を歩み、目的地に辿り着く。
ちょっと遠いけど別に問題ない。
なぜならここで買い物した商品は全部家に送って貰えるんだから。
いつも買い物に行っているファインファイン、ここら辺ではいろんなものが揃うかなりの大型商店だ。
建物自体は一階建てだが、天井もそこそこ高く、店内もかなり広い。
このファインファインと言う会社はヘルス&ビューティーをモットーにしているらしく、店の名前を大きく書かれている看板の上の方にそのモットーは書かれていた。
わたしは少し広めのガラス制の自動ドアから店内に入る。店内はわたし以外の客と店員さんたちが慌ただしく動いている。
わたしは店内をゆっくり見回しながら目的の人物を探す。
少し入り込んだところに設置されている季節の商品特設コーナーにその人物はいた。
彼女は特設コーナーの飾り付けの作業をしているようだった。
彼女の身長は現在のわたしよりおそらく低い。しかし、その目付きは刃より鋭い。その鋭さゆえになだろうか。それ以上の寛容さを併せ持った性分の人物である。
白を基調とした理容師さんを彷彿させる制服を身に纏い、やや長めの黒髪をざっとまとめている。
わたしはこの人物の事をいつもの店員さんと呼んでいる。
彼女はわたしに気付いたのだろう。作業してした手を止め、わたしに声をかけた。
「あら、いらっしゃい」
「どーも!今日はこの時間からいるんですね」
「まぁ、仕事の都合だからね。今日から夏の長期休暇かい?」
いつもの店員さんはわたしの格好と店に来た時間からそう思ったんだろう。
「ですよ。ちょっと教えて欲しいことがありまして」
「いいんですよ・・・っとその前に・・・」
いつもの店員さんは店内を丁寧に見回す。
「どうしたんですか?」
「たまにお持ち帰りされる不届きな方がおられまして・・・」
彼女は苦々しく笑う。
「なるほど・・・ところでこの特設コーナーはなんですか?」
わたしはふとした疑問を口にした。
特設コーナーには夏の山登り必須アイテム!と書かれた札が貼られ、日焼け止めやら虫除けの薬品やら薬品ではない虫除けのアイテムやら置かれていた。しかも端の方には高山病対策の携帯用の酸素ボンベまで置かれている。
ーーーー富士山にでも登る気だろうか?と言うくらいの商品が揃っている。
「なんでも今年の夏は山登りが流行るって上からの命令でね。理由はこの店で何日か前、携帯用の酸素ボンベが数本売れただけなんだけど」
・・・・携帯用の酸素ボンベ??
ーーーー頭の中に昨日のことがなんとなく思い浮かぶ。
「で、聞きたいことって?」
いつもの店員さんは道具を片付けると改めてこっちをみた。
「二つあって、一つは赤紫色の塗り薬って知ってます?火傷とかに使う独特の臭いがする薬なんですけど」
「知ってますよ。ご案内致します・・・の前に」
いつもの店員さんはまた店内を丁寧に見回した。この時期はホントにそういうのが多いのだろうか?
「ちょっと席はずしますが、大丈夫ですか?」
「大丈夫ですー」
わたしはさらっと返事をした。いつもの店員さんは素早くその場を去り、しばらくすると戻ってきた。
ーーーーもしかして、昨日辺りやられたのだろうか?しかも金額的にはすごい高い商品とか。
「お待たせしました。それでは案内します」
いつもの店員さんは何事もなかったの様に戻ってきて、わたしを塗り薬のコーナーに案内した。
「こちらの商品と同じものかその類似品になります」
彼女が指し示した商品は他のものに比べて少し大きいチューブタイプのものだった。
わたしもこのコーナーをそこまでしっかりみたことはなかったのだが・・・・
「あの、この商品なんかあったんですか?」
案内された商品自体に問題があった訳ではない。まず通常、商品がならんている棚には商品の名前と値段が書かれた札が貼られている。
ーーーーたまにオススメ!イチオシ!と言う言葉も書かれている時もあるけど・・・
その案内されたものは明らかに違った。
『お一人様、二つまで!!』とデカデカ目立つように書かれており、商品も棚に3つくらいしか置かれてない。
「ちょっとね・・・・」
彼女は苦々しく言った。
「じゃ、これ一つください」
「服に色が付くかもしれないけど大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよー」
彼女の表情は少しやわらいだ。
「実はよく効くから私も愛用しているんですよ」
わたしはその塗り薬を手に取った。塗り薬は赤紫色の箱に入っており、紫雲膏と書かれている。
ーーーー昔からある薬品の一つなんだろうな。今でも使われていると言うことはよく効くのだろう。
「後もう一つ、教えて欲しいことが・・・・」
「なんでしょうか?」
実はこっちが本来の目的だったりするのだ。
「実は、勉強会をしようと思いましてね。その勉強会に、男の子が来るのでその時に出すお菓子の相談したいんです」
思わぬ言葉が彼女から飛び出した。
「君が相手が美味しいと言うと思って用意したお菓子であれば喜んで食べるんじゃないかな」
「・・・・・いやいや!!!そんな訳ないんじゃないですか!!」
ーーーーびっくりした。心臓止まるかと思った。
「どんな男の子?」
「クラスメイトなんですけど、身体鍛えているって感じの・・・」
彼女は少し考えて言葉を口にした。
「なおさら、さっきの通りでいいかと」
「だから、念のためです!!」
わたしは思わず声を荒げた。
ーーーー流石にさっきの一連の発言は心臓によろしくなかったわよ
いつもの店員さんは少し考え込むとまず、身体を鍛えるのに使うプロテインのコーナーに案内した。
「うちの店で一番売れているやつはこれで・・・」
ちなみに彼女はここに並んでいる商品(プロテインのことだが)すべての味を知っているらしい。
ーーーーこの道一筋10年くらいのプロ、痒いところに手が届く!こういうところは尊敬する。
「ちなみにこのバターキャロット味。案外味はいけるので、固定客がついている」
「結構挑戦的な味ですね」
「まぁな。私も最初はハズレだと思ったが案外いけたぞ。その固定客はなんでも母親が作った人参のグラッセが好きでこの味に興味を持ったらしく試してみたら、ヒットしたらしい」
「なるほど」
「それでよく売れているのは・・・」
彼女は説明を続けた。要約すると一番味がよく売れているものと味が良く似ている甘いクッキーのようなものがいいだろう。しかし、たまに塩っけを求めるが微妙に五月蝿いのでそこら辺について配慮しているお菓子も併せて用意した方がいいと言う話だった。
わたしはその言った通りのものと併せて、日用消耗品を買い、家に送って貰った。
ーーーーしかし、彼女が人参のグラッセの話をしていた時はまるでわたしが知っている誰かの話をしていたような感じがしたんだけど・・・気のせいだろうか?
深く考えてもしょうがない。
わたしはファインファインの買い物が終わるとそのまま近くの商店に向かう。
真人がやらかしたあらゆることを赤裸々に明かされたデータをすべてプリントアウトしてわたしは足取り軽く家に帰った。
そして色々整理して片付けた。キリのいいところで数個のパンとグランディボトルのカフェオレを自分の部屋に持ち込み、それを晩御飯にした。
ーーーーまぁ、いつもはリビングで食べるけど今だと真人を起こしちゃうかもしれないし。
そして準備を終わらせたのち、静かに移動して手早くシャワーを浴びた。
自分の部屋に入って時計を見た。困ったことにまだ寝るのには早い時間だ。
ーーーーこういう時はお趣味の時間である。実はこう見えてもジャーナリストなるものをめざしている。
と言うことでネットにいろんな記事を書いてあわよければ投げ銭からお小遣い~♪である。
一応どっかの誰かさんに対しての牽制もかけつつである。
いつもはジュースが買える程度の投げ銭がたまに来るくらいなのであまり期待はしてない。
しかし、驚くことなかれ。一回とんでもない金額の投げ銭が来て、『有益な情報なので拡散させていただきます』と言うコメントが来て、驚いたことがある。
確か去年の年末頃の話で新興宗教団体のクリスマス会に知り合いの人が行って・・・・
てな感じの記事だった。
思わぬ一攫千金でちょっと調子に乗っていたのは認める。
とりあえず、昨日行ったハンバーグレストランの食レポを少々、後・・・・・
・・・・さてと。
わたしは出来上がった記事を確認した。
食レポの辺りはまだいい。問題は牽制のところだ。
ーーーーなんて言うか自分の本心なのかなんなのか良くわからない文章になってしまった。
・・・・自分に嘘をつくんじゃねぇ。
なんか声がした。
わたしは椅子に座ったまま後ろ向いたり、あっちこっちを見たりした。
しかし、何もいなかった。
ーーーーさっきの声の言う通りだ。どうせなら嘘から出た真実にしてしまえ!!
わたしは心行くままに記事を書き上げ、公開すると部屋の灯りを消して自分のベッドに入った。
朝。太陽の光がカーテンの隙間からリビングに注いでる。
「・・・んー・・・朝か」
ぐぐもった声を発しながら眠っていた男は目覚めた。
「真人、あなた寝過ぎ。32時間は寝ていたわよ」
わたしは朝御飯の準備をしながら真人に声をかけた。
「あぁ、それはすまなかった」
「で、思ったんだけどしばらくここにいるんでしょ?」
「そうだ。しばらくは厄介になる」
「と言うことはもうちょっとわたしたちは仲良くなる必要があるわね」
「・・・一定の距離感は必要だ」
ーーーー今は全力で無視。
「と言うことでルールを一個。この家にいる間わたしのことをくなせって呼ぶこと」
「はぁ?あまり変わらんだろ?」
「わたしの気分が変わる」
わたしは刃物で突き刺すように言った。
「わけがわからん」
「と言うことで一回やってみよ~~」
いきなりのことで混乱はしてると思うがこれも策のうちである。
「・・・・くなせ」
彼は小さくムスっとした声で言った。
「まぁ、はじめてにしては上等ね」
わたしはいたずらっぽく笑う。
「・・・・何を考えているのかわからん」
「とりあえず、あのまま寝ちゃったわけだからシャワー浴びてすっきりしてきたら?」
「あぁ、そうしてくる」
彼はシャワールームに向かった。
わたしはそのまま朝御飯の準備を進めた。
しばらくすると真人(シント)が駆け込んできた。
「これはどう言うことだ!!?」
流石にパンツだけ履いた状態で飛び込んでくるのはちょっと勘弁してほしかった。
ーーーー手には彼の着替えとデバイスがあるから今は許す。
「じゃ、これはどう言うことかしら?」
わたしは今回のテストの結果を突き付けた。
真人は固まった。
「こっこれは・・・・」
「早速お役に立てる時がきたみたいね」
わたしはニコーっと笑った。
これを持って真人のやりたくない勉強をさせられる日々が始まったのである。
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