第5話
レイモンは顔を
「なぜ顔を
(ふざけんな。いつまでも掴んでんじゃねぇ)
そうは思うものの、ここでの最適な答えはソレではない。
「……あ、あの……し、心臓が持ちませんので……ど、どうかお許しください……」
「そうか」
ジークハルトは琥珀色の瞳を楽しげに
押さえつけられていた壁から距離をとって、改めてジークハルトの前に向き直る。
「……で、殿下。お、俺なんかに、お声をかけていただいて。お、御礼の申し上げようもございません……」
ここからていよく去るにはどうしたらいいだろうか。ひとまずはここから退出させてもらうことが一番だが、できれば寮まで入ったことを
「あ、あの……本当に、勝手に入ってしまって、申し訳、ありませんでした……」
すまなそうな声を出して、頭を下げる。顔を下げているため、視線の先には赤い
「よい。顔を上げろ。今夜のことは
言われて顔を上げる。レイモンは心の中でひっそり笑った。
「あ、ありがとうございます……! か、
「……お、俺、今夜のことは忘れません……お、御礼をも、申し上げます……」
もう一度頭を下げる。
「あ、あの……俺、失礼い、」
「レイモン・アスディア」
(ちっ……)
「失礼いたします」といって、去ろうとしたとき、高圧的な制止の声がかかった。かけたのはもちろん、目の前に立つジークハルトだ。
「……はい」
呼びかけをされた以上、しぶしぶ返事を出す。
「レイモン・アスディア。お前に興味が出た」
「それ、どういう……」
思わず本音が
「そのままだ。レイモン・アスディア。お前に興味が出た。それと、もう戻っていいぞ」
非礼を赦してもらえ、退出の許可ももらうことができた。だけれど、今後の接点は潰すことができなかった。それどころか、興味を持たれてしまった。
「はい……失礼いたします」
礼をとって階段の方へ向かいながら、レイモンは心底やっかいなことになったと思った。
早急に報告をして、対処を考えなくてはいけない。
一階まで降りて、先ほどジークハルトに伝えた裏口を通って寮を出た。
「とっとと魔界に帰りてえ……」
レイモンはぽつりと言葉をこぼして、遠回りをして寮へと向かった。
去っていくレイモンを窓から見下ろして、ジークハルトは冷めた目をしたまま口角を上げた。
「ランス」
「はい」
ジークハルトが呼びかけると、それに応じて一人の男が出てきた。平均の
「そっちはどうなった?」
「それが大変申し訳ありません。取り逃がしました」
ランスがそう答えると、ジークハルトは僅かに目を見開いて驚いた表情をした。だがすぐに戻る。
「お前がか? 珍しいな」
「申し訳ありません……」
「
手を当てて
「はい。それから剣の帯刀をお許しください」
そういうと、途端にひやりとした空気をまとい始めた。
「魔の者か?」
「わかりません。ですが、その可能性もあるかもしれません」
「そうか。だが
「ですが殿下の安全には変えられません」
「そうは言っても、条約があるからな。確証が持てるまでしばらくは守りを固めるより他ないだろう」
「すぐに人員を増やさせます」
そのまま礼をとって退出しようとする真面目な騎士を、ジークハルトが止めた。
「レイモン・アスディアについて調べろ」
「……先ほどの者ですね。既に警戒対象としました」
「警戒対象か」
くく、とジークハルトは笑った。
「ランス、明日の昼に連れてこい」
「レイモン・アスディアを、ですか?」
小柄な見かけに油断したとはいえ、騎士の家系に生まれ、
詳細はまだわかっていないが、レイモン・アスディアという男も危険人物には変わりない。そんな男を呼ぶのか。
そう思って、ランスは眉をよせて咎めるような目でジークハルトを見た。
「ああ。アレは面白そうだ」
「面白い、ですか……」
「お前が逃した男を捉えていたのもそうだが、言葉遣いが妙だ」
「言葉遣い、ですか?」
「一見、必死に丁寧語を使っているようだったが、
「貴人に使う言葉を……」
言葉を
「それからな、私を慕っていると言い、態度は明らかに好意を持つ者と同じだった。だが、脈拍は少しも乱れていなかった」
「でしたら明日連れてくるのは、ますます危険なのでは。ここでは護衛も限られますし」
難色を示した騎士に、ジークハルトはからりと笑った。
「確かにな。だが、頭が回るようで面白い。探るついでに退屈しのぎとして
ランスは聞き終えると、明日のことを考えてひっそりため息をはいた。ジークハルトが面白がることは、大抵
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