第3話

にぎやかな声が聞こえたと思ったが。なにをしていた」

「だ、第二王子殿下……」



 誰かが呆然としたように呟いた。

 ちらりと前をうかがうと、三人の二回生たちは見事に固まっていた。突然の王子の登場にしばし口を開いて呆けている者もいる。そからややって中央の二回生が口を開いた。そして、それに続いて他の二人も喋り出した。



「あの、ぼ僕らは、……僕らは別になにも……」

「そ、そうです、そいつが勝手に転んで、それを助けたんですよ」

「そうです。鈍くさい平民を、僕たちが、」



 言いかけて、右側の二回生がしまったと言う表情をした。

 第二王子である彼は、実力主義を念頭に置いているからだ。彼は貴族主義を掲げる第一王子とは違って、実力のある者を目にかけている。そして身分による偏見を唾棄だきしている。それはこの2ヶ月の間でも学園中で話にあがるほど顕著に認識されてた。

 だから思わず身分に触れた二回生は顔色をどんどん悪くしている。



「ここでは貴賎を問うてはいないが。忘れたか?」



 案の定、鋭い声色でジークハルトが問いかけた。



「い、いえ。あ、いやあの、……も、申し訳、ありません……」



 顔色を悪くした右側に立つ二回生が震えるようにしていった。



「も、申し訳ありません……」

「失礼をいたしました……」



そして先ほどと同じように二人も続くようにして謝罪をした。だが謝罪は全てジークハルトに向かっており、誰一人としてレイモンを見ていなかった。



「よい、行け」



 鷹揚にそういうと、三人はぎこちなく礼をとって、慌てるようにしてこの場を離れていった。ここにはレイモンとジークハルトの二人だけが残った。



「……ありがとうございます」 



 ジークハルトという人が現れただけで、引き下がっていく。特別なことをしたわけでもないのに、事態があっという間に収束していく。ただジークハルトという人が現れただけで。

 レイモンにはそれが少し面白くなかった。

 だけど助けてもらった以上、しぶしぶお礼を言った。



「礼には及ばん」



 王子である彼がこちらへと近づく気配があった。なんだ、と思って顔をゆっくりあげると、鋭い瞳とぶつかった。



(琥珀色……)



 ずっと遠目で見ていたとき、その瞳はてっきり金色なのだとばかり思っていた。だけどこうして近くで見れば、彼の瞳は金色と琥珀色が混じったような色をしている。こんな瞳は今までみたことがない。

 レイモンはその色に見惚れた。

 かちり、と目が合った気がした。分厚い眼鏡の下に隠した自分の瞳と。思わず、ばっと顔をそらした。

 だが、彼はまだこちらを見ているようだった。



「大分顔色が悪いようだな」

「……学園に入ったばかりで、緊張してしまって、それで……」



 レイモンがうつむいて、そう答えると



「自己管理ひとつできなくては己の能力を疑われるぞ。しっかりやれ」



 その言葉に、レイモンは自身の血が逆流したように感じた。かけられた言葉が、まるで神経を逆なでしたようだ。

 確かに今日の体調はすこぶる悪い。溜まった疲労のせいで、意地の悪い先輩をかわすことができなかった。だけど、それは全部ジークハルトの夜警のためだ。夜な夜な学園に忍び込んで違法行為に及ぼうとする魔族を返り討ちにし、朝からは学園に通うためほとんど休む暇がない。合間に休むしかない。こちらの予想以上に襲撃者が多く、まったく時間がとれないのだ。それでは体調不良になるのも無理はない。

 だが、レイモンのその努力のおかげで、ジークハルトは今こうして何ごともなくたっているのだ。


 レイモンもこの状況がよくないのは知っている。だけど、さて。これを引き起こしているのは誰か? 目の前に立つジークハルトである。



(……お前のせいだろうが)



 眼鏡の奥で、睨みつけるようにジークハルトを見た。ぎゅっと手を握りこむ。ふつふつと熱がせり上がってくるようだった。



「……気をつけ、ます」



 しぼり出すようにそう言うと、ジークハルトはなにも返さずにその場から立ち去っていった。その場残るどこか甘やかな香りですらも、いまのレイモンには苛つく要因だった。






「はあ……だる……」



 いっそのこと魔族に襲われてしまえ。自己管理をしっかりやれ、というなら、魔族たちからも自己管理でどうにかしろ。

 と、思わなくもなかったが仕事は仕事だ。私的感情で疎かにすることもできない。レイモンはいつものように木々の中から護衛をしていた。見上げた最上階の部屋は灯りがついていて、部屋の主がいることをあらわしていた。

 このままでは体が持たないこともわかる。だが増援ぞうえんを送るのが難しい理由もわかっていた。じわじわと閉塞感へいそくかんがして、レイモンは何度目かのため息をついた。


 なにかもっといい方法はないものだろうか。

 レイモンは考え出して、少しぼんやりしていた。だから今夜の襲撃者が寮のすぐそばまで来たとき、対応が遅れてしまった。ハッとして、気配のする方に視線を向ける。




(マズい……!)



 一瞬のことだった。

 襲撃者は寮に近づくと、するりと寮内部へ侵入をした。

 今まで寮の内部まで侵入を許したことはなかった。外で芽を潰していた。それで足りたからだ。だが、今夜の襲撃者はそうもいかないらしい。


 舌打ちをして、即座に4階へと転移する。転移した場所は、廊下だった。

 赤い絨毯カーペットがしかれた美しい廊下。天井から吊るされたシャンデリアの灯りがぼうっと内部を照らしている。壁にかけられた肖像画。黒に近い色をした大きな扉。

 そして、その扉をいままさに開けようとしている者。



「おい、それどういう意味だかわかってんだよな?」



 さっと両手をつかんで、ドアから離れた壁に叩きつけるように拘束した。レイモンと同じくらいの背丈。くすんだブロンドから覗く黒い瞳はレイモンを噛みつくように睨んでいる。本来であればかわいらしい顔立ちも、いまは歪んでしまっている。



「お前! なんだよ!」



 なんだもなにも、護衛である。

 襲撃者は扉に入ろうとしたところを、突如あらわれた地味な男に邪魔され、頭にきているようだ。



「特別警備部隊。魔人基本締結条約の第2条をもって、お前を捕らえることとする」



 レイモンは淡々と言った。



「な、離せよ!」



 法を犯そうとしてるヤツに、離せと言われて離すものがいるか。

 掴んだ腕にさらに力を入れる。どうやら痛かったようで、少しうめき声を漏らした。

 ここであっちに送ってもいいが、万が一にでも誰かに見られたら大ごとになる。さっきは焦っていて即座に転移したが、この廊下に誰もいなかったことは幸運でしかないだろう。



(とりあえず、コイツを連れてどっかに行ってから送るべきだな……)



 空き部屋でもないものだろうか。少し陰になっていて人目につかないところでもいい。

 場所を探すように見た。

 だけど今日のレイモンは迂闊うかつという言葉がぴったり当てはまるようだった。こっちへと向かってくる存在を、気にも留めなかったのだから。



「誰だ」



 低く、艶のある声が響いた。

 驚いてそちらを見れば、こっちへ近づいてくるジークハルトが見えた。



 (なんであっちに。部屋にいるんじゃなかったのかよ……)



 レイモンが呆気にとらわれている隙に、襲撃者は拘束を振りはらって、レイモンとは反対方向に走り出した。しまった、と思ってすぐ追おうとするも、今度はジークハルトがレイモンの手を掴んだ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る