③登録

 5歳で<国教神の加護>を得た後、僕はより一層修行に励んだ。とは言ってもすぐにできることは少なかったし、畑の管理や生まれた妹の世話もあったりして、常に修行していたわけではないけれど。

 10歳までは基礎鍛錬として体作りを優先した。魔力や体力を中心にひたすら鍛えていく。わかっていたことだが、特に魔力は成長しづらくなってきているのがわかる。新しい刺激がないとこれ以上は難しいだろうか……、という迷いが出てきたところで10歳になった。

 そう、魔導学校へ入学できる年齢になったのだ。このあたりの魔導学校は幸い自宅から徒歩で行ける範囲にあるので、僕は自宅から通うことを選択した。登下校でランニングをするのが目的だったけど、それ以外にもやりたいことがあった。


 それは父に剣の指南を乞うことだ。5歳の頃からまじめに体を鍛えていた僕を、父は高く評価していた。かつて冒険者として頂が遠くに見えたことがあると言う父は、今でも剣の鍛錬を怠ることがない。そんな父に僕は毎朝鍛錬をつけてもらうのだ。


 朝は剣の鍛錬、昼は学園で魔法の授業、夕は妹の世話や畑の世話をして回る1日は、最初はとてもしんどかった。次第に余力が出てくると、その度に父は修行内容を重くし、級友たちはMPの多い僕を目の仇にして騒ぎ立て、妹は僕と遊ぶ時間が少ないと泣き喚いた。畑だけが僕の癒しという時期も少なくなかった。

 それだけ負荷をかけたのだから、この3年間の成長は著しかった。多くの学びがあったし、この濃密さは日本では味わえなかった。最初はおっかなびっくり倒していた魔物も、今では鼻歌混じりに倒すことができるようになった。

 そして今日、僕は13歳の誕生日を迎えた。






 13歳の誕生日、と言えば我が家では冒険者ギルドへの登録日である。父も母ももちろん13歳の誕生日に冒険者ギルドに登録した。回復魔法に関して非凡な才能を発揮している妹もまた登録することになるのだろう。それは3年後の話だが。

 そう、我が妹は未だ10歳でありながら、回復魔法に関してだけは13歳の僕をしのぐ実力を有しているのだ。MPやCALが常人に比べて2ランクほど高い僕ではあるが、その方法はこっそりと妹にも伝授している。それでも妹とは1ランク以上の差があるはずなのだ。にも拘らず負けてしまうのだから、それだけ才能があったということなのだろう。

 ちなみに回復魔法が伸びた理由だが、当然のように【身体強化】である。回復魔法がある程度形になったことで、僕はこの魔法の練習に取り掛かった。毎朝のようにあちこちを壊しては治したことで、僕の回復魔法は伸びていったのだが、妹が回復魔法を覚えてからは朝の鍛錬ではずっと妹が回復を担当している。本当は僕がやりたいのだけど許してくれないのだ。


 そんなわけで13歳、ギルドに行くためにきっちりと準備を整える。登録は朝の依頼争奪戦が終わった後に受付をして、およそ午前中で終了する。午後に簡単な依頼をこなせるよう、バックパックには必要な道具を詰めてある。学校の実習で野営の経験もある。周辺の地図や植生も準備してあるので、きちんと依頼はこなせるはずだ。

 出かける前にステータスを確認する。


―――――


Hard:ヴェンデリン・ヘールツ

固有能力:【ガイド】

肉体能力:【魔力操作V】【生活魔法VI】【身体強化II】【エメレンス語III】【魔力感知III】【剣術II】【重心移動II】【火魔法II】【土魔法III】【回復魔法IV】【耕作III】【持久走IV】


Lv:52

MP:D

STR:E

VIT:D

DEX:E

AGI:F

CAL:D


―――――


 AGI以外のステータスは既に常人を超えている。普段はばれないように身体強化魔法による重しをつけているし、魔法の威力も調整しながら活動しているから他の人にはバレていないはずだ。

 魔法であれ剣術であれ、スキルレベルIIが1つでもあれば冒険者としては一端を名乗ることができる。僕はよほど失敗しない限り冒険者でやっていけるだろう。


 盾と剣を模した看板のある木造平屋建て、右手にはそれぞれ相手の顔が見えないような受付カウンターと依頼掲示板、左手には待機時につまめる軽食店と資料棚、手前にはたくさんの長椅子が置いてある。そんな建物が冒険者ギルドだ。

 僕は入口で受付待機用の木札を受け取って、番号が呼ばれるまで依頼掲示板を眺めることにする。

 依頼掲示板はいわゆるギルドランクごとに分かれていて、ギルドランクはE~Aの5段階。Sランクがあるとまことしやかに囁かれているが、都市伝説の域を出ないらしい。ゴブリンキングの討伐は指定A級災害種だけあってA級の複数パーティーレイド推奨だ。そんな依頼はめったに張り出されないらしいが。

 僕はE級の掲示板で面白そうな依頼を適当に見繕うと、画鋲を抜いて丁寧に剥がしとる。普段から乱暴に扱われているのか、羊皮紙四隅の上の2つは穴だらけになっていた。

 椅子に掛けてしばらく待てば木札に書かれた番号を呼ばれる。受付ブースは区切られていて、受付嬢と椅子にかけながら対面で会話ができるようになっている。


「冒険者の登録を。それからこの依頼を受けたいと思うのですが……」

「わかりました。まずは登録からですね。こちらへ記入をどうぞ」


 念のためにと尋ねられた代筆の要を丁寧に断り、羊皮紙に名前と年齢、前職を記入する。僕はこれでも貴族の端くれなので、普段から着ているものが平民より少しばかり豪華だ。そういう人なら概ね代筆はいらないとの判断だったのだろう。

 受付に提示された金属片に血液を垂らせば過去の賞罰も確認できるらしい。【時空魔法】・【動物魔法】・【解析魔法】の技術が組み合わされているとだけ伝わっているらしいこの技術は、いずれの魔法も失伝したために再現できなくなっているそうだ。

 問題ないことを確認の上でE級の仮登録木札を受け取り、依頼も無事に承認された。こまごまとした注意事項などを向こうの異世界ものの知識と擦り合わせて大きな違いがないことを確認する。


「丁寧にありがとうございました」

「こちらこそ。あなたのような未来ある若者に、早くD級に上がって討伐依頼を受けてもらえると助かります」


 こうして僕は無事冒険者の立場を手に入れた。最もE級では街中の雑用くらいしか受けられないのだが。街中で武器を携行するだけの「信頼」を生むための階級がE級なのだ。

 なのでこの世界では仮登録木札を持っているE級に絡む冒険者モドキテンプレモブは存在しない。武器の所持も許されない一般人に絡むバカは「自分はE級における信頼を投げ捨ててでもこいつを潰したいと思っているバカです」という自己紹介をしているようなものだからだ。当然どれだけ優秀な冒険者でもE級からやり直しになる。飯のタネを賭けてまでそんなことをする奴はいないのだ。

 ちなみに僕の受けた依頼は畑の開墾作業。【土魔法III】による土中の障害物除去や【耕作III】まで上げた技術で午後いっぱい働くことになる。終わったら実家の畑の手伝いもあるので、まるで冒険者になったとは思えない仕事をすることになるが……。

 何にせよ元の世界では一生やろうとは思わなかったことを、時間を気にせず試せるのだから楽しまなければ損だ。もしかしたら睡眠時異世界探索プログラムとやらは、そういう楽しみ方をするものなのかもしれない。



 冒険者登録をしてから3か月ほどは朝起きたら訓練、午前と午後に依頼を1件ずつ、夕方に実家の畑の手入れをするという生活を繰り返した。時折午前か午後の依頼を受けずに街の外で魔物との戦闘を行って、勘が鈍らないように気を遣う。

 依頼は肉体作業が中心なので、STRやVITがよく伸びている印象がある。下水道の掃除など汚い作業も多く、気づけば【毒耐性I】【病気耐性I】まで取得していた。逆に言えば、その程度しか目立ったスキルの獲得はできなかったとも言う。もっとも3か月はスキルを手に入れるには短い期間だ。手に入っただけでも御の字だろう。

 そして今日、僕は冒険者ランクがD級に上げられることになった。E級からD級に上がるのは早くて半年近くの下積みを必要とすることが多い。騎士爵とはいえ貴族の倅――特に両親が冒険者出身である――ということ、それから休みなく働いたことが評価されて早めの昇級になったのだとか。

 これで僕も討伐依頼が受けられるようになったので、ウキウキしながらD級討伐依頼を探す。ゴブリンやコボルドなどの軽量級亜人、ウルフやゴートなどの四足害獣の依頼が多い。どれも常設依頼なので、倒せば倒しただけ報酬や評価が加算されるようになっている。両親とともに幾度となく倒してきた魔物たちだが、冒険者として戦うのは初めてだし、慎重に行こう。


 僕はそれから1月で無事C級に昇級を果たした。


―――――


Hard:ヴェンデリン・ヘールツ

固有能力:【ガイド】

肉体能力:【魔力操作V】【生活魔法VI】【身体強化II】【エメレンス語III】【魔力感知III】【剣術II】【重心移動II】【火魔法II】【土魔法III】【回復魔法IV】【耕作III】【持久走IV】【毒耐性I】【病気耐性I】


Lv:55

MP:D

STR:D

VIT:D

DEX:E

AGI:E

CAL:C


―――――


【剣術II】:斬撃を中心とした剣状武器の扱いに長けることを表すスキル。IIもあれば騎士見習いの訓練でトップの成績を収めることができる。


【重心移動II】:戦闘時に挙動の読みにくい移動を可能とするスキル。対面で使われるとぬるりと動いて見えるため、間合いの判別難易度が上昇する。


【火魔法II】:火に関連する魔法が扱えることを表すスキル。この世界では魔法に名前が設定されていないので、ファイアボールとかファイアアローみたいな魔法は存在しない。ただし名前を叫ぶことで魔法の発動補助が可能なため、ファイアボールとかファイアアローみたいな名前を使うことはよくあることである。


【土魔法III】:土に関連する魔法が扱えることを表すスキル。IIIになると砂場に城を作る程度の量を扱うことができるとされる。MP量によって前後するため、ヴェンデリンが使用する場合はさらに多くなる。


【回復魔法IV】:生物の回復に関連する魔法が扱えることを表すスキル。一般に神の加護と呼ばれ、魔導学校でも教示を乞うことが可能だが、発現できるものは少ない。IVまで来ると切断を除くほとんどの外傷や、数か月寝込むような病でも治癒することが可能。


【耕作III】:耕作をより効率的に行うことができるスキル。農作業を毎日続けている他、【剣術II】【重心移動II】【身体強化II】のようなスキルが補助しているため、成長速度が早い。


【持久走IV】:持久力が増加するスキル。名称こそ持久走だが、走ることに限らずあらゆる持久力が増加する。


【毒耐性I】:毒物に対する耐性が向上するスキル。Iだと腹痛で苦しむ程度の毒物であれば影響を受けなくなり、それ以上に強力な毒物に対してはわずかに耐性を得る。


【病気耐性I】:病気に対する耐性を得るスキル。Iであれば主に数日寝込む程度の軽微な感染症の影響を受けなくなり、それ以上に重篤な病気に対してわずかに治癒が早くなる。


【時空魔法】:古に存在したと言われる魔法。詳細不明。

【動物魔法】:古に存在したと言われる魔法。詳細不明。

【解析魔法】:古に存在したと言われる魔法。詳細不明。

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