②国志
異世界に誕生してから早5年、【ガイド】と二人三脚で僕は自身を鍛えていた。
主に鍛えたのは魔力関連だ。魔力は脊髄を芯にして骨を伝って全身に通し、その先で血管に乗せて全身に通わせるイメージで練習した。もともとある場所は小脳のあたりだろうか。じわりじわりと魔力を染み出すイメージで循環させれば、もともと魔力詰まりのようになっていた体の各所はスムーズに魔力を通すようになり、体が生み出す魔力を無駄に消費することもなくなっていった。
余剰の魔力は主に生活魔法と呼ばれる簡易魔法(球状の光や水、火を出現させる【
そんなこんなで5歳の僕のHardステータスはこんな感じになっている。
―――――
Hard:ヴェンデリン・ヘールツ
固有能力:【ガイド】
肉体能力:【幼児】【魔力操作IV】【生活魔法VI】【身体強化I】【エメレンス語II】【魔力感知I】
Lv:17
MP:F
STR:G
VIT:G
DEX:G
AGI:G
CAL:E
―――――
全体的に大人からは「早熟、かつ魔法の適性が高い」と思われているらしい。ステータスは確認する方法がないので、僕が持っているスキルなどは大人たちには確認できない。ただ、力を見せすぎると厄介なことになりそうなのは想像がつくので、できるだけ目に見えないところを鍛えるようにしている。
【ガイド】曰くゴブリンキングを倒すか死ぬまで異世界での生活は終わらないらしいので、積極的に狩りに行くつもりではある。100歳まで生きたら10時間寝続けることになるんだしな。
ところでゴブリンキングってどれくらい強くなれば倒せるんだろう。
――ゴブリンキングは冒険者ギルド指定A級災害種です。STRやVITがD程度、DEXやAGIがE程度の物理攻撃主体のモンスターになります。
「意外とステータスが低いんだね……、と思ったけど、この世界の成人の標準がFくらいだっけ。そりゃあ耐久と攻撃がDもあるとなかなか倒せないのか……」
――その通りです。物理攻撃主体で行くならそれ以上の研鑽を推奨します。魔法攻撃主体であれば攻撃魔法を習得して遠距離狙撃を推奨します。
などと【ガイド】にアドバイスをもらうものの、魔法の習得は結構難題だ。エメレンス王国では魔法は(生活魔法を除いて)10歳以上で魔導学校に通う生徒のみが習得できる。あと5年間は攻撃魔法も回復魔法も使うことができないのだ。
そこで僕が考えたのが身体強化魔法。魔力を筋肉に浸透させることで爆発力を得る魔法なのだが……、結論から言うとこれは失敗した。体が耐えられなかったのだ。身体強化魔法をかけて軽くジャンプしようとした僕は、両足の骨を折る大怪我をした。それ以来この魔法は使っていないし、体が出来上がる頃までは使わないことにした。
……本当は重り替わりに使おうかとも思ったのだけど、【ガイド】に「身長が伸びなくなります」と言われてしまえば中止せざるを得ない。
さて、エメレンス王国で5歳の誕生日を迎えると必ず行う
場所は王国国教教会。エメレンス王国ではこれ以外の宗教を認めていないため、宗教団体としての名称は王国国教としか伝えられていない。エメレンス王国外にはほとんど教会を設置しないほど、筋金入りの宗教だ。
そんな王国国教に対して、「自分は王国民である」と宣言するのが国志と呼ばれる儀式である。期間は5歳の誕生日以降、6歳の誕生日の前日まで。これを行わない場合、王国民としての市民権が与えられないため、ほとんどの子が5歳になった当日に儀式を行うという。
僕は少しだけ待ってもらっていた。普通に考えて、現代日本人が特定の宗教に入信しろと言われたら少なからず躊躇いを覚える気持ちは誰だってわかってくれると思う。
6歳になる前にゴブリンキングを倒せればそれでいいのだけど、残念ながらそれは難しそうだ。やむなく、僕は国教会に向かっているというわけだ。
ちなみに僕が今日国志に臨むことは誰も知らない。この儀式は基本的には親でさえ介入を許されないのだ。軽々しく「早く行け」などと言おうものならその日どころか30日は国志は受けられなくなってしまう。自らの意思で国志を受けることこそが、エメレンス王国国民になるために必要なことなのだ。
そして5歳でそんな難しい選択を迫る以上、そこには明確にメリットが存在する。それが<国教神の加護>と言われるものだ。何らかの利益をもたらすとして国内ではありがたいものだと教えられている。
ただし<国教神の加護>は誰にいかなる加護が与えられているのか全く分からない。この加護を受けるときに「加護について漏らしてはならない」と神に誓わされるのだという。これを破ると加護は失われ、王国民としての立場も失うことになる。
故に僕にとっては「何かわからないが加護がもらえる」「王国教とはいえ信教を強制される」の板挟みになって少し引き延ばしていたのだった。
「でも流石にあまり引き延ばすわけにもいかないから……っと。すみません、国志を受けに来たのですが」
「ああ、おめでとうございます。奥の扉に向かってください。扉の前に立っている者がご案内します」
教会入り口で声をかけると、奥で立っていたシスターを案内された。シスターは扉の奥に進むと、高い天井の廊下の最奥にある部屋へと向かう。縦に杖、横に剣が交差するようにあしらわれた重そうな金属扉。絡繰の仕掛けがあるのか、シスターが手をかければ扉は大きな音を立てながら開き、暗い部屋の中に光がさしていく。
部屋の中にあるのは机に乗った黒々とした石板と、その正面に置かれた椅子だけ。四方は塗り固められた壁で覆われている。僕が入ったのを確認すると、シスターは【光球】を使って灯りを確保した後、扉を閉じた。
「ではその椅子におかけください」
「はい」
5歳児が座るには少々高い椅子は、登るためにわざわざ階段がつけられている。釈然としない思いを抱えながら階段を上って椅子に座れば、正面に石板とシスターの顔がやってくる。儀式場への案内だけかと思ったら、このシスターが国志を執り行うのか、と少し意外に思う。偉い髭の人が出て来たりするのかと思っていた。
「儀式について説明します。この儀式は、参加者の血液を石板に垂らすことで行います。血液は基本的には指先を切って垂らしてください。1滴で結構です。回復魔法を使うために私も待機しますが、基本的にやったことは自己責任になります」
「はい」
「よくあるのですが、見栄を張ろうとたくさん血を注ぐ方もおられます。大変危険ですし、儀式においてなんの意味もありませんので、くれぐれもやらないようにご注意ください。……こちらが、使っていただく針になります」
シスターから針を受け取ると、僕は躊躇いなく指先に差し込む。ぷつっと小さな音とともに、赤い血の珠が指先に現れる。
指先をひっくり返して血が石板に落ちるようにしたとき、石板の妙な黒さの理由に気が付いた。それだけたくさんの血を吸い込み続けてきたのだ、この石板は。
そんな僕の感傷を見なかったかのように僕の血は滴って石板を濡らし、その瞬間僕の意識は途絶えた。
目を覚ますと僕の部屋のベッドよりもはるかに上質なベッドに横たわっていた。もちろん
―――――
Hard:ヴェンデリン・ヘールツ
固有能力:【ガイド】
肉体能力:【幼児】【魔力操作IV】【生活魔法VI】【身体強化I】【エメレンス語II】【魔力感知I】
Lv:17
MP:F
STR:G
VIT:G
DEX:G
AGI:G
CAL:E
―――――
……妙だ。朝見たときと変わらないように見える。
「【ガイド】、<国教神の加護>はどうなった?」
――Sowl画面に表示されています。ご確認を。
「Sowl画面だって? そっちに影響があったのか……」
―――――
Soul:依光倫
位階:I
魂魄能力:【学習能力I】【獲得ソウル増加I】
精神能力:【算術II】【礼儀作法I】
機械能力:【異世界常識I】
KNW:I
INU:I
SWL:0
―――――
「……獲得ソウル増加?」
――はい、その通りです。具体的にどれだけ増加するのかはゴブリンキングを実際に討伐して見なければわからないでしょう。
「なるほどね……、これは人に話すわけにはいかないな……」
――その方がよいでしょう。
【ガイド】と今回獲得したスキルについての方針を決めたところで、起き上がって体を動かしてみる。違和感はない。これならこのまま帰っても問題なさそうだ。
僕は部屋を出ると(石板のあった部屋のすぐそばの部屋だった。たまに国志の最中に倒れる子はいるらしい)、シスターにお詫びをして教会を辞した。
この世界で使える<国教神の加護>が得られなかったのは残念だが、このまま異世界探訪を続けるのであれば有用なスキルを手に入れたことになる。それを確認するためにも、早く強くなってゴブリンキングを倒してしまいたいところだ。
―――――
【幼児】:未就学児であることを表すスキル。ステータス・耐性がダウンする。就学可能年齢になると解除される。
【生活魔法VI】:【
【身体強化I】:体内魔力を偏らせることで肉体の動きに爆発力を設ける魔法。緻密な制御が必須で、肉体が仕上がっていないと歩くたびに骨折などということになる。
【エメレンス語II】:エメレンス王国で標準的に使用されている言語。IIでは平易な読み書き会話が可能。
【魔力感知I】:魔力の多寡や動きを感知するスキル。スキルレベルによって得られる情報量が増加する。Iでは魔物がいるかどうかをギリギリ察知できるかどうか。
【獲得ソウル増加I】:獲得ソウルが増加する。詳細不明。<国教神の加護>で得られたスキル。
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