第55話 販売のトヨタ、技術のロータス
その老人は、小部屋に僕を手招きしたので・・・。
招かれるままに。
小部屋は事務室のようで、コンピュータがあり
ブラインドが下げられた部屋に
事務机。
資料が沢山。
ソファーが置いてある。
机には内線電話。
僕は、なんとなく事情を察し、誰なのだ?とは尋ねずに
そのソファに掛けた。
彼は、自分から話し始めた「キミは、F1エンジンのIMAにクラッチを付けると
主張した人?」と。
僕は頷く。
彼は「その通りだと思う」
僕は「それなら、なぜ?」
彼は「リカルドはダメだ。ダメだと自分たちが解ってるから
頑なになる。」
と、的を得た意見を述べた。
ダメエンジニアだから、自己流を通そうとする。それが主張だと混同する。
理論的な主張なら、誰でも納得するから
頑なにならなくて済むのだ。
僕は、若い。すこし短絡的に「ダメな部下は切ればいいでしょう」
彼は「そうしたいが、ここの意向でな」
ここは、確かにそういう所がある。
だが、そんなことをしているから、レースも勝てないし
出てくる車に魅力がない。
家庭用品として、販売サービスで売っているが。
それを払拭しようと、F1に力を入れたが
体質と言うものは、変わらないものだ。
特に、無借金経営なので
銀行も、株主の意向もほとんど参考意見程度である。
ある種、独裁国家のようだ。
その証拠に、山奥とはいえ
ひとつの都市のような研究所を作ったり。
工場のある地域などは、ひとつの都市が
この会社の敷地になっていたりする。
もたれあいで生きている。
そういう姿勢なので、新しい技術を生かそうとしても
あちこちにハナシを通さないと、出来ない。
それをしているうちにレースは終わってしまう。
僕は、なんとなく感じていた鬱屈したものに
彼が直面していたので
「辞めればいいでしょう」
と、言う。
彼は「できないんだ。キミは知っていると思うが
イギリスで、私は死んだ事になっている」
と、自ら語った。
「アメリカの会社と金銭トラブルでな。訴えられた。
詐欺だと、言いがかりだった。
しかし、どういう訳か・・・有罪で実刑判決だった。
服役はしたくなかった。
レースの、F1の現場に居たかった。
私は、日本の・・・当時世話になっていたトヨタが
その事を聞きつけて
「助ける代わりに、うちのF1を研究してくれ。
但し、あなたの名前は出せない」と言う・・条件を出した。
私は、政治圧力を掛けて
執行猶予判決にしてくれるのだと思い、それを了承した。
ところが・・・・。あとは、キミの知っている通りだ」
その後は・・・皆、知っている。
ナゾの変死、埋葬。
よく似た人が、南アフリカのキャラミ・サーキットで
目撃され、カー・グラフィックに掲載された。
同じ頃、南アフリカ・ロータス社を名乗る会社が
キット・カーのロータス7の改良型を作った。
お披露目パーティに、かつてのロータスF1が展示され
当時のレーサーも来た。
それが、まずかった。
噂を聞きつけたイギリス警察が、国際刑事警察を通して
南アフリカに捜査官を派遣した。
彼は「それで、密入国して、連れて来られたのが名古屋だった。
チャーター機で、堂々と入ってこれた。
そこからヘリでここに来て、あのV10のスーパーカーの面倒を見たが・・・
あれもFRに拘る、バカどもだ」
と、労働階級らしい口の悪さをみせた(笑)。
「ミドエンジン・V12にするべきだと、当初は私の主張を聞き入れたんだが」
僕は知っている。その試作車も走っていたのを。
「宣伝の為に、勝てという。F1に。ムチャクチャだ。
あいつらには愛想が尽きた。
私はもう、ここから出たいんだ。だが、出られない。」
そう、彼は僕に告げた。
僕に言って、どうなると言うのだろう?
国際犯罪を犯している・・・・。
のは、この人ではなく
この会社だ。
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