第48話 simulation
軽量を好むのは、チャプマンの性癖である。
それがあまりに行き過ぎるため、ドライバーが命を落としたりすることも
F1ではあった。
7でも、一時のものはフロントサス・スタビライザーと
アッパー・アームが兼用になっている。
その為、サスペンションの自由な動きが損なわれた。
後に改良されているが。
この「リカルド」の連中の主張も、そんな風に
ちょっと理論上、行きすぎなところがあったので
根拠を問うと、返答が出来ない。
その都度、誰かの指示を仰いでいるような・・・。そんな感じだった。
今はパソコンでメールが出来るのだが、そうではなく
「その件はまた後日」と・・・。
話しは単純で・・・・。
F1マシンは、モータ・アシストが出来る。
そのモータは、ジェネレータも兼ねている。
しかし、急加速時はエンジンの力を損ねる事もある。
モータ・トルクは、回転に比例して低下するからである。
磁気だから。
なので・・・
僕は機械式クラッチを付け、モータ・アシストを終えたらクラッチを切ればいいと言ったが
リカルドの連中は「クラッチの分、重くなるから制御でやりたい」と言う。
制御に電流が多く消費される。その為に、排気熱交換器の性能を上げれば
排気効率が下がる。
バッテリーを大きくすると重くなる。
同じか、かえって重くなるとシミュレーション結果を提示したところ
彼らは「持ち帰り検討する」と、答えた。
そんなことではF1シーズンが終わってしまうのだが、と・・・。
僕は思ったが・・・・。
リカルドに指示を出しているのは、誰?
僕らが研究主なのに・・・彼らがマシン開発の主導権を握っているようだ。
不審に思った。
打ち合わせを終えて、僕はコンピュータ・ルーム。ふたつあるうちの
サーバー・ルームに入った。
そこは、窓が無く
限られた人しか入れない。
ので、僕はいつもそこが静かなので、そこに居た。
セキュリティがあるので、入り口でIDカードをかざし
権限の無いものは入れない。
僕がそこで、少し考えを整理していると
真知子がにこやかにやってくる。
うすいグレイの制服のジャンパー。
スリムなスポーツ・レディなので、良く似合う。
まったく化粧をしないので、そのあたりも愛らしく
中学生のようだ。
誰もいないので、ここに来ると
柔らかな表情になる真知子。
「まーちリン」と、僕がわざと明るく呼ぶと
真知子は恥ずかしそうに、笑う。
その笑顔が可愛かったので、僕はいつもそう呼んだ。
この日・・・
かちゃり、と・・・その時、サーバ・ルームのドアが開いたので
真知子は、いつもの顔に戻り
自分のデスクのある、研究室に帰っていった。
入ってきたのは夏名だった。
小柄で痩せぎす、大きな眼鏡。色白で神経質そうな感じ。
いかにもソフト系、と言う感じのエンジニアである。
サーバ室に入れるのは、権限があるから。
並列処理用のシミュレーション・モデルを作る仕事が、彼女の任務だ。
と言っても難解なものではなく、C言語で言えば
各々の計算結果を「変数」と言う形でメモリに蓄えるが
その「変数」を、複数のCPUで並列処理する。それだけの事だ。
エンジンで言えば・・・
吸入空気=>
燃料量=>
例えばこの二つ。
並行して・・・・
気圧=>
温度=>
空気密度=>
マニホールド空気圧=>
吸入温度=>
が、加わって「吸入ガス」が計算される。
そこで初めて、燃料をどの程度噴霧するかが決まるのだ。
しかし。
マニホールド圧は、爆発圧力が支配的であるし
吸排気バルブ・タイミングの影響もある。
それらも並行に計算し、初めて計算可能になるわけだ。
普通は、それを近似計算でやるが
このシステムは、それをリアルタイムで行う。
スーパー・コンピュータあっての仕事である。
吸気だけでなく、燃焼・爆発・排気もあるのだ。
それら全てをシミュレーションするのが、ここの研究、だ。
世界のホンダですら、ここはまだ0次元計算だが
僕らは3次元で行っている。
エンジニアの誇り、だ。
夏名は、真知子が居なくなったので
朗らかな表情になり「こんにちは」と、丁寧にお辞儀。
「こんにちは」と、僕も挨拶。
真知子さんと、仲いいんですね。と
唐突に聞く。
この子は、少し・・・そういう、尖がったところがあって。
あまり、好きなタイプではなかったけど「いや、別に・・・」
夏名は「そうですか。ニックネームで呼ぶから」
と、ぶっきらぼうに言うところもコンピュータ屋さんっぽい。
僕は「じゃ、夏名っぺ、でいい?」
夏名は、びっくりしたように。でも笑顔で「お菓子みたいですね」
僕は「そーだったっけ。あの、クラッカーになんか、乗っけたの。」
夏名は「カナッペですね」
そうそう、と・・・僕らは笑った。
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