第49話 7 and esprit turbo

だからと言って、僕が

真知子や夏名を7に乗せて、ドライブ・・・なんて事はしない。


7は、デートカーにはおよそ不向きなのだ。


フロント・ウィンドウがあると言っても、直立した板なので

風が巻き込む。


サイド・カーテンと呼ばれるドアをつけておかないと、ゴーグルなどで

目を保護しないとならない。



低いので、トラックや乗用車の巻き上げた小石や砂をまともに食らう。


サーキットまでの往復をするためだけのナンバー付きレーサーなのだ。




休日になると、明け方、まだ暗いうちに起きて、箱根に行った。

旧国道や、農道、峠族が来ない道を選んで走った。

そういうところを、60くらいで走るのが一番楽しい。




ガレージの中で、銀のカバーを掛けてある7。


埃を立てないように、後ろから巻き取って、台に置いた。


オートバイも置いてあったりするガレージは、部屋から階段で降りて来れるようになってい


る。



フォード、と記されている安っぽいキーの感触を、ポケットに確かめて。


乗り込む。


トノー・カバーを半分外す。外したものは助手席に置いておいて。


左足から、なんて儀式めいたことを言わなくても

考えれば上手く乗れる。

オリジナルのロータスより、ロード向けに補強してあるのだ。



スロットルをちょい、と呷ってガソリンをエンジンに投入する。


真冬でなければこれで掛かる。


セル・モータを回した時の反応で、アクセルを開けるか否かを感じ取るのだ。


この日は、すこし開いた。



呆気なく始動する。


ファーストアイドル、なんてものはないので

アクセルで調節する。


温まるまでは、そのまま。



チョークは一応ついているが、キャブレターにあるので

ボンネットを取らないと動かせないから、専らこのテで始動する。



すぐに温まり、ゆらゆら・・と不安定ながら

600rpm程度で回る。



タペットの音。

吸気音。

排気音。

全てが、美しい音楽のようだ。



薄紫の排気が、ガレージにこもるので


僕は、シャッターを開ける。


そして、シフトを1に入れる。


フォード・シエラの5速ミッションなので、左上が1。


知らないと、間違えて3に入れてしまう。



アイドルのままクラッチをぽん、とつないでも

そのまま走る。


軽量。それ故。



チャプマンが拘らなくても、ここまで何もつけなければ

軽くなるだろう。



ふと、記憶に残るのは・・・リカルドの連中の言う「軽量」が

チャプマンの意志だろうか、と言う辺り。


「まあ、軽いほうがいいよな」


とは思った。






ガレージの外に7を出して、シャッターを閉じた。





7に乗り込み、軽いクラッチを切る。

軽いと言っても、油圧ではないので

それなりの軽さだ。


ワイアの取り回しをきちんとしないと、摩擦で重く感じるし、切れたりする。





シフトはダイレクトだし、ステアリングもアシストはない。

ブレーキはさすがに油圧だが、マスターバックはないから


昔の軽自動車みたいな、板ブレーキである。


そこがいいのだ。


レーシングスピードになると、踏み応えがよく判る。




アクセルをひょいと呷ると、7は、弾かれたように進む。



このレスポンス、7ならでは。


コーナーリングは非常に楽だ。




まだ眠っている町を、静かに流して箱根を登る。



長いストレートで、キャブレターを気遣いながらアクセルを全開にする。



レーシング・サウンド。




これが、いい。



3速、4速・・・と、上げたくなる。


カーブも、慌てなければ何も起きない。


公道程度の速度では。



セオリー通りに乗れば。



ただ、危険なのは

ブラインドコーナーで遅い車が居る時、高速で入ってしまう事だった。



そうならないように走るのはFR、である。



基本設計が古いし、レーシングカーだから

それなりの知識が無いと、危険である。



流行っていたので、時折クラッシュした7を見かける事があったが

軽量ゆえ、何かにぶつかると走行不能になってしまう。



甘く見ると危険なのだ。




よく、ここで・・・出会う


ロータス・エスプリ・ターボの黄色。



その日も出会った。



いつも追いかけてきて。


先行し、後退し。


時には併進し。


そうして遊ぶのだった。



パフォーマンスはほぼ互角、ただコーナーは7のものだった。


慣性が違うから。



すう、と回り込む7。



だけど、同じことはできない。



大抵の車はそうだ。





この日も、そうして峠まで行って

僕は十国の方へ

彼はいつも通り、峠を越えて。

どこかへ行ってしまう。



ターボ・エンジンらしいガソリン臭を残して。



夜が明ける頃、僕はガレージに戻る。


いつもそうだった。


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