第46話 スピードは麻薬

配属されたのはFP部、と言うところ。

FuturePlanning、未来企画と言う和訳だ。


ハイブリッド・システムもここで研究されたし

古くはガスタービン・エンジン、近年はEVや

空飛ぶ車、とかをやっている部署である。


格別、運転をすることはない。


それで、テストドライバーに頼む事が多いのは車体系の部署で

僕らエンジン技術(パワートレーン先行研究、と言われた)は


直接、テストコースに行く事は少ない。



それで、チャプマンらしき人の捜索をする機会も無かった。

なぜかと言うと、極秘研究をしている部署には

無関係な人は、そばに寄るだけでも警備に注意される。



たとえ社員でも、だ。



だから、僕のような外部の人間は、もし捕まったら首、だろう。




それで、平凡な日々をすごしながら機会を伺った。



そんなことは誰も知らないのだが。



カメラつき携帯も持ち込めないので、僕は

ラジオつきケータイに変えた。


ソニーのものである。



コンピュータ室で、それをイヤホンで聞いていると

真知子が、にこにこ。「なにしてるんですか?」



僕は「いや・・・ラジオ」


と言うと、「あ!これ、ラジオつきですかー。」と。

中学生のような話し方をする24歳、真知子。



素直な感情表現は、いかにもお嬢さんと言う感じ。

ものおじせずになんでも言う。



勉強を懸命にしてきて、研究も懸命。

だから、雑念がない。


オリンピックに出るアスリートみたいな純朴さがあって

そこは好ましいな、と思った。



「そう。ここに来るんで買い換えた」と、僕が言うと


真知子はにこにこ。「クルマ、好きなんですね」



僕は「はい。なんたって・・・・それで採用になった」



それは本当で、採用試験の時に

ロータス7レプリカを持っている、と言ったら

試験官がクルマ好きで、詳しく聞いてきたので

いろいろ話すと


「よし、あんた来なさい。」



と。




その話を真知子にすると「信じられないなー。」と、笑うので



「ホントだよ」と、僕が言う。




真知子は、僕の在籍する子会社の支配人を知っているので


「大橋さんだったら、言いそう」と言った。



大橋は、元々この自動車会社の課長級(主査、と言う)で

子会社の支配人に抜擢された。カー・マニアである。



大のクルマ好きで、ロータス7は買いたかったが・・・ついに買えなかったと

言うので

「今は200万ですよ」と僕が言うと。



本気で「買おうかなー」なんて言っていた。面接試験の途中で、である(笑)。





普段は疲れた感じで研究をしている真知子だが、誰も見て居ない時は

24歳なりのヴィヴィッドな感情を見せる、愛らしいところもあった。



面白い子だな、と思う。




「それで、乗せたんですか?」と、真知子が聞くので



「いや、まだだけど・・そのうち、来るんじゃ無いかな」と、僕。




「わたしも、乗ったことないです。ロータスは」と、真知子が言うので



「僕のはロータス・・・じゃないけど。」と、まあ、研究者なら知っているだろう事を言った。



真知子は、もちろん、と言う顔で「知ってます。ロータスはボディのあるGTカーに

したんですね」と。


ロータス・ヨーロッパのことを言った。



「そう。」と、僕は言って。「7はね、クルマって言うよりは

カートだよ、レーシングカート」と言った。



真知子は楽しそうに笑い「ホント。走れる玩具みたい」と。

可愛らしい口調で言った。




誰も入ってこないコンピュータ・ルームは

結構、女の子にとっても楽しい場所らしい。


ひと目を気にせずになんでも言えるのだろう。



真知子は、真っ直ぐな性格だから

男のエンジニアと論争して、論破されて

泣いたりする面もあった。


そんな時、ここに来て泣いていたりして。


僕は、その姿を見かけると


コンピュータ・ルームに入らずに、外に出たり。



そうすると、時折聞こえるV10サウンド。


明らかに、市販車ではない、叫ぶようなサウンドだ。


エンジン技術棟なので、テストベンチに据えられているのだろう。



僕らが居るのは7階だが、6階から下は実験室になっていて

様々なものがあった。


3Dレーザー造型機、測定器。


エンジンテストベンチ。


中に誰も入れないナゾのフロアとか。


そういう所から、その音が聞こえるのだった。




時折、テスト・ドライバーの連中が食堂に来る事があって。



一種独特の雰囲気がある。



彼らは大抵契約である。数ヶ月しかもたないからだ。

中には、事故で落命する者も居る。


高速周回路は、一番外のレーンは最高速度無制限で

そこを走り続けるには、特別なライセンスがある

レース経験者だけだった。


彼らは大抵、覚醒剤中毒患者のような雰囲気で

落ち着きが無く、視線も危うい。


スピードの刺激、死の危険。

そういうものに慣れてしまって、それが無いと

生きていけない、そういうものになっているのだ。


スピード・ジャンキー。


そう呼べるかもしれない・・・・。




「いつか落命しても・・・本望かもしれない」


僕は、東名高速で事故死した兄を連想した。



兄の方が車好きで、ドライビングセンスは良かった。

僕よりも7のドライブは上手。



でも・・・不幸にして。

そういう事はあるものだ。







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