第45話 要塞

通うにしても、流石に7では通えないので

雨の日用の、トヨタ・スプリンターで通うことにした。


「目立たないからちょうどいいな」と。


案外な山の中のその研究所は、驚いたことに

鉄道の線路も敷かれている。


使われては居ないようだが。



更に、驚く事はヘリポートもある。

自家用ヘリでそのまま、国際空港へも行ける。



「これで密入国したか」と、僕は思った。


カルロス・ゴーンみたいに、荷物コンテナに隠れて

セントレアあたりから、自家用ヘリで着てしまえば

まったく解らない。


「ホンダみたいに、自家用ジェット、はないけどな」


とは思ったが、定期便のチャーター機が

北海道、仙台、東京、名古屋と飛んでいる。


それでVIPは移動している。


「つまり・・・これに紛れてしまえばなんでも出来るわけか」



合点した。



僕は、そのことに無関係に仕事はした。



とてつもなく巨大なこの研究所。


東名高速ー新東名の間の敷地が全て、この会社のもので

更に、新東名から北側、東富士演習場の辺りまでが森林で

その中に高速サーキットがある。



ニュルブルクリンクとまでは行かないが、10kmくらいは周回長がありそうだった。



駐車場まで自分のトヨタで行き、そこからは徒歩。


僕は研究職だから、時間に追われる事はない。

タイムカードもない。


徒歩で北門まで行き、ゲートにIDカードをかざすと

通行可能になる。


自動車は、ETCのようなゲートがあり、同様にIDカードをかざせば

入れる。




ゲートの前にバス停がある。


広いので、所内をバスが走っているのだ。



10分歩けばいいので、僕はだいたい歩く。



バスを待っている女の子が「あ、おはようございます」


彼女は真知子と言う。

東大工学部の出、で・・・。


僕が東大工学部に出入りしていたから・・・。


それで、ちょっと話が合ったりした。


城戸真亜子、と言う感じの優しい雰囲気の子。



けっこう頑張ったんだろうな、勉強。

そういう感じで、無理してる感が強かった。


同じ研究室で、エンジン・シミュレーションのエア・モデル担当。


僕は燃料担当なので、関連はある。


今は、内緒だがF1エンジンのシミュレーションをしていた。


それが、あまり上手く動作しないので・・・そこが、僕の経験を生かすところ。



ずらーっ、と並んでいる中には、他にも知っている顔がある。


メタルフレームの眼鏡をかけた、痩せぎすの女の子が

会社の制服を羽織って、僕にぺこり、とお辞儀をした。

夏名である。


この子は、シミュレーションモデルを作る担当で

外部のエンジニア。

僕と似ている職種だ。



元々は、プログラマーらしく

そういう、線の細い感じ。



僕はバスには乗らず、歩いて広い所内を歩く。


緑が多く、元々ある自然林をそのまま残しているのは

試作車が見えなくなるような配慮である。


ご存知、AFカメラが錯乱する迷彩模様を施した車も沢山あり・・。

中には見たこともない車も多い。


アルミ・ボディの1000ccミドエンジン4WD、これはコンセプトカーらしい。

ちょっと見、ロータス・ヨーロッパのようだ。



そして、べたべたに車高の低い、これはミド・エンジン10気筒と

FRの10気筒。


ふたつの仕様が存在していた。


ナゾの試走車である。


それが、深夜に限り走り回っていた。


「F1で勝った時に発売」


そういう噂だったが・・・勝てない。



所内にある、C-11といわれる棟の中、エレベータで車が運搬できる棟で

中に、F1、F2などで使われた車両が保存されていた。


その棟は、特定のIDを持った人間しか入る事が出来ず・・・。




なぜか、ナゾのイギリス人コンストラクター、リカルドと言われるグループの

イギリス人たちが来ていて。


シミュレーションの事で、僕らに話しを聞きに来たり。

実際にコンピュータを貸してあげたり。


スーパー・コンピュータにかけるモデル・ジョブを見たりした。



プログラムを見ると、明らかに市販車とは異なる燃焼状態だった。



「制御で困っているんです」と、いろいろと聞かれたりした。



「モータ・アシストの負荷扱いを」と、聞かれるので


彼らは電気は素人だから、僕は「負荷は磁気ですから、回転数と磁束、それと

間隙です。あとは慣性ですね」と言うと


「その統合モデルを作って欲しい」と言われたので


「制御ではなく、高回転加速時は機械的にクラッチを離したほうがいいのでは」と言った。



モータは、高回転ではトルクが低いからだ。






シミュレーションで結果を出すのは難しい。

あくまで近似的なものだから、である。


だが、誤差の傾向を把握すれば

制御であれば・・・解決は可能である。



そんな事をしながら、数ヶ月が過ぎた。



リカルドの青年たちは、よく、テストコースに隣接している別棟に出かけて行った。


エンジンテストベンチは、そこにもある。


そして、時折

明らかにF1エンジンの音が、聞こえる時もあった。


回転数が異常に高いから、すぐに解る。


深夜や早朝に、高速周回路を走っているのだろう。


寮に住んでいる真知子や、夏名は

そんな風に言っていた。


「とても、乾いたエキゾーストが聞こえるわ」と。




僕は、そこに何かがあるのだろうと思った。



確かに、警察だろうと特高だろうと

ここまではは行っては来れない。



事実、産業スパイが捕まると・・・・秘密の小部屋に連行されて

出てこなかった事もあった。



この研究所には、ご丁寧に

隣接して火葬場もあるのだ。


そうしてしまえば、証拠は残らない。




僕が捕まえたわけではないが、そのスパイは

僕らのエンジン研究棟に、キャノンのハイビジョン・カメラHV10を隠し持って

入り込み。


屋上に出て、電気工事を装って「何か」を撮影したらしい。




僕はたまたま、それを見かけたのだけれども


階段で降りていった彼は、監視カメラに映っていたらしく・・・・

所内の警備に捕まり、連行された。



この所内には、そうした意味不明の部屋がいくつもあり・・・。


何に使われているかは不明だった。





「クルマの盗撮くらいで、そこまでするかな」と、僕は思った。



でも、密入国・・・・だったり。

チャプマンを匿っていたら。有り得る。


イギリス当局を騙しているのだから。


勿論、日本国も。




・・・・なぜ?何のため?




それは疑問だった。



「あの、テストコースの側の棟に行けば、何かが解るだろうな」と

僕は思う。


だけど、そんな機会は無かった。



ヘタに動けば、僕も消されるかもしれなかった。

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