第40話 Round-10
彼はそれでもいつものようにマシンを眺めていた。
ガレージの蛍光灯に光るNissan S12。
アイヴォリー・ホワイトのウェッヂ・シェイプは磨きこまれて夜目には新車のように
輝いている....
「......。」
その輝きをいつまでも保ちたい、と思いながら彼は、ガレージのドアを閉じた。
想う。
ボンネットの下の、鍛え上げられた心臓。
バンカラ・ユニットFJ20ET。
彼の手によってバランシング、モディファイ、チューンアップ...
ほとんど別物のエンジンのようなパワーを秘めている....
「.........。」
ガレージのオーヴァー・ドアーがゆっくりと閉じて、
山間の静寂が蘇る。
国道沿いの前の家とは違って、箱根山中の今の家はとても静かだ。
敷地も広く、思うようにガレージなども建築できるからその点は理想的なのだが....
どこか、あの前の家が懐かしく思える彼だった。
生まれ育った家は、今はもう思い出にしか存在せず....
そこに行っても、ただのさら地があるだけだ。
「....。」
その事を思うと、すこし淋しさを覚えるが、
でも、時は流れてゆくものなのだから....仕方ない。
彼は、普段の足にしているセルボ・モードのドアを開けて
ドライヴァーズ・シートに潜りこむ。
S12の走行距離を伸ばさないようにと、
普段の足に買い込んだのだ。
よく、走り屋たちがやるように彼もまた、マシンをとても大切にし、
それゆえ走りに集中する時にのみS12を使おうと
普段はこの車に乗っている。
軽快にセルフ・スタータは回る。
どこかルーカスのようなその作動音を聞き、彼は脳裏にロータス・スーパー7の事を
想い浮かべた。
.......あれから......
どうしたろう。
俺が言ったように、陸運事務局へ行ったのだろうか。
そして、住所から512の奴の家へ行ったのだろうか....
彼は、無造作にシフト・ワークを繰り返しながら
自宅前の坂道を下る。
軽快な4気筒のエンジン音は電気モーターのようだ。
....気になるなぁ.......
何か、なければいいのだけど。
そんな事を考えながら、ひょい、とステアして
ワインディングを右、左とクリアしながら
彼は街の方へ、とショート・ノーズを向けた。
・
・
・
・
・
・
その頃、僕は横田の家にまだ居た。
例の件について考え込んでいた。
まあ、考える必要ってそんなにないんだけど。
横田の家は、住宅街の外れの林の中だから
都市近郊としては珍しいくらいに静寂だ。
耳をすませば木の葉の触れ合う音が聞こえてきそうな程....
「じゃあさ、チャプマンが自分の意志であそこに居る、って仮定だとそうなるけど
.....。」
僕は静寂を破ったような気がした。
自分の言葉が木々の緑、に吸い込まれてゆくような不思議な感じ....
「....ん?。」
「だからさ、日本に連れてこられて、あそこに軟禁されてるとしたら?」
横田はしばらく考え込む。
「誰が、何の目的で?。」
と、つぶやくように答えた。
「チャプマンが何かを持っていて、それを必要なのか、それを公表されると困る奴ら
が居て...
「......というと?。」
横田は返す。
僕はちょっと気が急いて...早口になった。
「うん、だから...
イギリスで起きた事件が罠だった。
それで、チャプマンはその事件の証拠を握っている。
で、それを仕掛けた奴らになんとかしろ、と迫った。
なんたって有罪だからね。
で、困った奴らは死んだ事にして国外へ逃亡させるから勘弁してくれ、と頼んだ。
でも、コーリンは根っからのレース好きだから、南アでサーキットに顔を出して、生
きている事がバレテしまった....。」
「ふーむ...。」
横田は髭を撫でながら。
僕は、一気にしゃべった。
「で、困った連中は、日本にチャプマンを移送して、軟禁した。
でも、コーリンはレースカーが作りたい。
だから、日本のレーサー・コンストラクターに技術を供与している。
極秘で。
でも、コーリンは自由になりたいと思っている...。」
「そうだとすると、512の男が死んだのは?」
横田は、サングラスを取り、細い、鋭い眼光で僕を見た。
黒い瞳に白熱灯の光が跳ねて、ちょっと怖かった。
「で、イギリスの事件を不信に思った連中が、独自に捜査をして
証拠をつかもうと、512の男を別件で逮捕しようとした。
しかし、勇み足で失敗.....死亡事故になった。」
「...面白い推理だな。」
横田は、にやり、と笑い、さらに続ける。
「だとすると...一番の悪党ってのはその罠を仕掛けた奴らか。
そして、そいつらは警察機構の一部や、スコットランド・ヤードにも
組織の網が伸びている。
たとえば、オレの知り合いのブン屋もどこかに拉致されたか...
消されたか..
いずれにせよとんでもない組織だな、それは。
アルカイダとか北朝鮮どころじゃないな。インターポールも
手を出してないって事は...
もし、その推理が正しかったら、の話だがな。」
「うーん......。」
僕は、ちょっと考え込む。
「そこまでするかなぁ。たかが自動車メーカーの利益のために。」
「いや....。」
横田はすこし真顔で。
「連中もイギリスの事件だけで終わらせるつもりだったのだろうな。
でも、チャプマンが予想以上の反撃をして、慌てた。
証拠を掴まれた。
それで、嘘で固めて誤魔化そうとしたが、嘘ってのは大体が
バレルもんだな。それで、嘘に嘘を重ねて誤魔化そうとして...
どんどん話がでかくなった、と。
こんなところじゃないか?。」
「..........だったらさ、」
僕はふと、思い、言葉を継いだ。
「イギリスの事件の時に死んだヒト、って身代わりって事になるよね?
そんなに都合よく似たヒトが死ぬかな?。」
「その辺もわからんな。なにしろ遠い国で起きてる事だ。
だが....。」
横田は、窓のないリスニング・ルームで真空管、WE300Bの
灯りを見つめながら言った。
「ちょっと危険すぎるな、これは。本当に。
おまえのところにもまた変な連中がくるかも知れん....。」
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