第33話 daikan-yama

僕は、Ford711M-unitのトルクをフルに発揮させるよう

オーヴァー・レヴに気遣いながら。

コーナーでなるべく失速しないようにフルエンシーな

ラインを取った。

ステアリング・モーションと慣性だけでコーナーする。

かなり、ぎりぎりのセンでカーヴを舐めて行く。

それでも、高速コーナーの連続するこのコースでは..

速度計は右に振れたまま、真上より左には戻らない。


あの、R32はおそらく500ps級だろう...

まともに逃げられたら、まあ追うのは不可能だ。


...たぶん...

奴はバトりたいだけだろう。


だから、適当に車間が開けば、またスロットルを緩めるだろう。

そう考えながら、それでもフル・スロットルを続ける。

少し、タペットの打音が大きくなってきた。

油温が上昇してきたのだろう。

もともと丈夫なエンジンだが、カムのカジリが出易いのがこの711M-unitだ。

それを嫌って、853cに乗せ代えたりする奴もいるが..


などと、カムの具合を気にしながら僕は、峠が来るのをひたすら待った。

早朝とあって、往来する車がほとんどない事を良いことに、コーナー・アプローチではアウトぎりぎりに寄せて

慣性重視、のラインを取る。


対向車がいたらオダブツだが、幸いここは見通しも良い。

慎重に、ミリ単位でステアしながら。

さっきからスロットルは戻していない...


長い直線。

シフトを5thへ。

オイルの焼ける匂い。

ウェーバーが叫んでいる。


微かに..R32が残したオイル香、過給エンジンらしいガソリン臭。


まだ、それほど遠くへは行っていないようだ。


長く、長く感じられた登り坂のコーナーをクリアすると、

突然視界は開け、緩い左コーナーの向こうに富士山が見えた。


...どうやら、ヒルクライムは終わり。

勝負だったらボロ負けだが、土台、クラスが違いすぎる。


僕の目的は奴に会う事だ。

で、なければ追ったりはしない。


ロード左右のパークに、奴の姿を探す。

大抵、あの手の連中というのは頂上までは行かずに

どこかのパーキングに止めて、また次の獲物を狙う、

というのが奴等の生態だ...



....いない。



そのまま、ハーフスロットルで登りつくすと、ターンパイクの頂上まで来てしまった。

ここは、頂上側には料金所はなく、そのまま一般道へと接続している。

左右にはドライヴ・インがあり、パーキングが閑散と。

奴の姿はない....。



終点、T字路。


どっちだ?...





クラッチを切り、耳を澄ます。


朝靄の彼方、僅にRB26DETTのサウンドが聞こえる。

僕はその音のする方向へ、とステアした。


ここからは狭い、ワインディングだ。

低速、下り坂。


ならこっちのもんだ、とばかりにペースを上げる。


今日は、ヒルダウンセッティングになっているし。

フロントのスタビを締め、前後、225/50-15を入れてある...。


ここも、幾度となく走りこんだロード。


コースのすみずみまで、頭に入っている。

最初のコーナーまでは平坦路。

だが、そのコーナーの途中で下り勾配の左、急カーヴに変化する。

しかも、路面は逆カントが付いている。

有名な難所。

よく、オートバイが転倒している場所だ。

僕は、慎重にスロットルを抑えて

アウト寄りから直線的に立ちあがりラインを取ろう、とする。

それでもマシンの全荷重が右の前輪にかかる。

Aアームのしなりがステアリングに伝わってくる。

すばやく、ヒール&トゥ。

瞬間、マイナスのトラクションが抜け、マシンが揺れる。

フロント・サイドのスペイス。フレイムがぐい、としなる。


秒の間隙でクラッチをつなぎ、ややスロットルを開く。

ステアしていた右腕を緩め、スロットルを踏む。

荷重の抜けたリア・タイアをLSDは蹴り、テールが滑らかに流れる....

緊張の一瞬。

スロットルを加減し、同時にステアをやや当て、

反モーメントを制御しながら、ゆっくりとスロットルを全開にする。


下り坂なので、蹴飛ばされるように580kgのアルミ・ボディは加速する・

次は、緩い右コーナー。そのまま短いストレート。


コーナー・アプローチでスロットルを瞬間戻し、

同時に軽く右へステア。

左・モメントを得たフロント・ミッドシップは、軽くノーズを右・インサイドへ巻き込む。

スタビを締め、ワイドリムをおごってあるので

この程度のモーメントでは破綻しない。

ダンピングの効いたフロントが、路面の荒れをよく吸収している。

ライトなコーナーを軽く、クリアして

短いストレートをまた、全開。


次のコーナーにアプローチする、R32の丸いテールが赤く光り、重量級らしく慎重にコーナーするのが見えた。



短いストレートを全開で。

シフト・アップする間もなく、コーナーだ。

フル・ブレーキ。

ブレーキ緩めを直線の内に行い、ややブレーキを残したまま、リア・タイアのグリップを腰に感じつつ、

滑らかに、慎重にステアを右へ切る。

このコーナーは、かなり深く回り込んでいる。

ワイド・タイアのグリップが強すぎ、すこし剛性不足気味のフレイムが、エンジンの重みをやや、持て余す。

ついで、ディファレンシャル・ギア・ユニットの慣性が

じわり、と腰に伝わってくる...


慣性を生かしたまま、ゆっくりとスロットルを開く。

ハーフ・スロットルのまま踊っていたタペットのノイズが静まり

軽快なキャプレーションのサウンド。

スロットルを大きく開いてゆくと、それはやがて叫びに変わり

リア・タイアのトラクションがモーションとして意志を伝える。

生き物のようなフィーリングは、このマシンの一番の魅力。

嬉々としてテールを振り、それにカウンター・ステアで答える僕の意志にまた

返答するかのようにテール・スライドを止め、直線的に立ちあがろうとする。

すこし長めのストレートに出た。

緩やかな下りで、続く左コーナーはスリッピーなロード。

コーナーアウトにはパーキング。


R32は、その強力なパワーに物を言わせて。

このストレートを既に半分程駆けぬけていた..

僕も、"7"のスロットルを全開にして、追跡する。

コーナーで速度を落とさなかったので、慣性のついた

アルミ・ボディは下りストレートを疾風の如く。

クラッチを切っているような勢いで、レブ・カウンターが盤面を駆け巡る..

リミッター、なんて洒落た物はないので

オーバーレブさせないように、耳を澄ます。

機械式回転計は、瞬間表示に遅れがある、からだ。


シフトを4速に入れるかどうか、という辺りでストレートは終わり。

R32のテールまで、あとちょっとで手が届く。

奴は、コーナーアプローチぎりぎりまでブレーキを

抑えるつもりらしい。

しかし、重量があるので、もちろんブレーキングポイントは"7'より手前だ...。

この速度では、あの重量級マシンだとアプローチがきつい。

たぶん、対向車線へ出、アウトサイドからスピードを落とさずに入ろうとするだろう。

4WD、アンダー傾向のあるR32だから、下りコーナーは慎重になる...


僕はそう読み、イチかバチか、ブレーキング勝負に出た。

消灯していたルーカス・スリーポイントを点け、後続を知らせる。

とうに気付いている筈だが、一応はレースのマナーだ。

R32は、アクセルを戻さずにアウトサイドへ出た。

ミクスチャが濃いのか、生ガスの匂いがする。

ヘッド・ライトの光に黒煙がうっすらと残る...


R32は、ゆっくりと対向車線へ出、スロットルを戻す。

さっきから全開のままの僕は、そのままコーナー・インサイドへマシンを滑り込ませる。


....まだだ。

....まだ....


ガン・メタリックのR32に並ぶ。

奴はブレーキングに入った。


...まだ。


R32が、後方へ吹ッ飛んでゆく。

ブレーキングをはじめたのだろう。


.....!。


フル・ブレーキング。

ノン・パワーアシストのブレーキベダルを蹴飛ばすように踏み込む。

225-50/15は、急にマイナス・Tractionを与えられて

一瞬、スキッドするがすぐにグリップを取りもどす。


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