第34話 out corner


背中超しに、RB26DETTのレーシング音が聞こえる。



フロント・ミドシップ・レイアウトの重いFord711M unitが、前にのめる。

ディファレンシャル・ユニットが横へ逃げようとする。

軽く、ステアでそのモーメントを交わしながら、インサイド・クリップにマシンを向けようと

ヒール&トゥしながらゆっくりと左にステアする。

ウェーバー・ツインチョークが、やや咳込む。


さっきから逃げ場を求めていたディファレンシャル・ユニットがベクトルを得

滑らかに右へ振れはじめ、僕はその動きを読み、静かにカウンターを当てる...

テイルはさっ、と右へ出、スロットルを当てるとその迎え角を記憶したように動かない。

左、インサイドのタイアがクリップを舐め、モーメントでアウトへ少しずつ逃げる...

スロットルを滑らかにワイド・オープン。

ステアをゆっくりと戻しながら、アウト・クリップを目指す。

580kgのアルミ・ボディは平然、と。

緩い放物線を描きながら、アウトへと向かう。

見たところ、対向車はない。

ほっと、安堵の瞬間。

またひとつ、コーナーをクリアした...

僕はあといくつ、コーナーをクリアするのだろう。

クリアできるのだろう...

いや、あの男たちのように、クリアできないコーナーがある

のかもしれない..

クリアできなかったコーナー、はそいつにとって文字通り人生の終わり、だ。

比喩ではなく、なんの変哲もないカーヴ、がそいつの人生を終らせるのだから。

スピードがゼロになった時、ヒト生を終る、のだ..



僕は、RB26DETTの排気音が聞こえない事に気付き

ブレーキを踏み、そのまま路肩にマシンを止めた。

ロールバーに手を掛けて振り向くと、R32の姿は無い。

コーナーリング・ラインを見出せなかったのだろう。

まさか、開けたインサイドに入ってこれるとは思わなかったのだろう。

並みのマシンでは、あの速度からイン・キープでクリアするのは不可能だからだ。

奴は、インに寄ることが出来ずに..

コーナー・アウトにあるパーキングにエスケープしたに違いない...

あの速度からでは、如何なるタイアをもってしても

アウト・キープではR32の巨体はコーナー・クリアできない筈だ。

下り坂、スリッピィ・コーナー。

フロント・ヘビー4WDとしては健闘した、というべきか。

しかし、物理法則にはかなわず、R32の前輪はコーナーリングを拒否した..?...




僕は、ニュートラルにしていたシフトを1stに入れ、Uターン。

ゆっくりと、コーナーのところまで戻る。


アウトコーナーには、R32の付けたであろうブラックマークが

パーキングの方へ一直線に伸びていた。

その行方を眼で追うと

フロントをこちらに向けたガン・メタリックのR32がエンジンをストールさせ、停止していた。

広いパーキングの中に幸い、車が居なかったらしく

スピン・ターンで止めたのだろう...


僕は、ゆっくりと"7"を、1500rpmで微速前進させ、

奴のそばに行く。


忘れかけていたが、バトルが目的じゃあない。

奴には聞きたいこと、があったんだ...




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る