第32話 vz R32 GT-R



背後で、セル・スターターが起動する音がした。

高回転型のそれのけたたましいノイズ..

僕は、気にも止めずにそのまま3rdで登り坂をのんびりと走らせた。


ざらついた路面のアスファルトの感触が直に。

ダイレクト・コネクトのステアリングに伝わってくる。


背後のノイズは一端途切れたか、と思うと

モーターボートのようなくぐもった共鳴音を発して

急速にこちらへ向かってくるようだった。

エア・バージの音がし、また全開のエンジン音。


...振動でよく見えないルーム・ミラーにそれが

映ったか、と思うと片側ニ車線のこのロードで

走行車線を走る僕を対向車線から、そいつはパスしていった。


....R32...

沼津ナンバーか...

遠ざかりながら、太い排気音とガソリン臭さ閉口しながら、僕はぼんやりとそれを見送る..


....!?


...あいつは...。


と、思いついたと同時に僕は、ダブルを踏んでギアを2ndに落し、スロットルをスムーズに全開にした。


リンク・リジッドのリア・サスはがっちりと荷重を受けとめ、それをロードに伝える。

ハイリフト・カムのOHV特有のトルクフルなアクションでマシーンは力強く、確実にロードを蹴る。


....追いつくか。



名だたる高速コースのこのロード、もしR32が全開でふっ飛んで行ったなら、ます追いつかないだろう。

しかし、あのドライヴァは峠族だろうから

バトルの相手がいなければ、スローダウンするだろう、

と僕は考えた。

エスケープ・ゾーンにパークして、速そうな車を見ると

追尾する。

「とんび」と呼ばれるような連中のやることだが、

その猛禽類のような呼び名のように

相手が無ければ飛ばさない、のが奴等だ。

そう、車は奴等にとって刀剣のようなもので

不要に振り回したりはしない。

そして、奴等は中世の騎士のように

自分のプライドを掛けて戦うのだ。


僕らのような外車族には、奴等は手を出さないのが普通。

だが、"7"のようなキットカー乗りは、普通の外車族とは違い、熱い奴等も多い。

だから、僕の事を狙ったのか?...


などと、考えながら回転計をパワフルに駆け巡る

指針を視界の隅に置き、エンジン音でレブを探り

シフト・アップを重ねる。

緩い右コーナーを、そのままインサイドからクリア。

登り坂でフロント荷重が少ないが、速度が高いので

かまわず全開のまま軽くステアする。

リアに全荷重を乗せ、フロント・ミッドシップ構成の

このマシンは放物線を描き、アウトへと流れてゆく。

このコースは何度も走っているので、次が短いストレート、そのまま左コーナー、という事も判っている。

ショート・ストレートの半ばでレブ・リミットが近づくが

左コーナーのRがちょっと強いのでシフト・アップはせず、左足で軽くブレーキ。

モーメントに従い、テール・アウト気味になるところを

ステア戻しで抑え、一発で左コーナークリップに付く。

これも、いつもの事。

ほぼ、ニュートラル・ステアのまま慣性で4輪ドリフトし、左コーナーをクリアする。

もともと軽量なので、派手にスキールしない。

ザーッ、とホワイトノイズのような音が流れるだけだ。


スロットルを微妙に制御し、カーヴのRに合わせる。

アウトクリップを舐め、直線に出る。

穏やかな登り坂を全開で駆けあがる。

ウェーバー・ツインチョークも我が意を得たり、と

深く共鳴音を奏で、マイク・ザ・パイプがそれに応える...。


遥か、直線の終わりに...

丸いテールランプが見えた。


気付かれて、逃げられたら困る、と僕は点けていた

ルーカス・スリーポイントを消灯した。

..が。


丸いテール・ランプは、突然暴発した銃のように

野太い排気音を轟かせて、ぐんぐん遠ざかって行く。



...まずいな...


どうも、奴は追ってくるのを待っていたようだ。

しかし、こうなったら追うより他に道はない。

偶然出会ったあの時のR32。

今逃がしたら、今度はいつ会えるとも判らない。


直線的な過給エンジンのトルク特性そのままに、

ガン・メタのR32は、登り坂を下り坂の如き勢いで

駆け登ってゆく。


....ついて、行けるか。



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