第31話 Ford 711M
僕は、"7"のカヴァについたホコリを飛ばさないように
ゆっくりとフロントから巻きとって、ガレィジの隅に丸めた。
トノ・カヴァのファスナーを開いて、ドライヴァーの
入るスペースを作る。
この、一体感がいい。
パセンジャー・シートにバッグを置くと、僕は711Mのキィを入れて
ロールバーにぶらさがり、シートに潜る。
渋いスロットルを二度、全開にして
そのままアクセルにはふれず、ルーカスを唸らせた。
しばらく乗らなかったので、バッテリィが少し弱っていたが、なんとか始動した。
加速ポンプを刺激しないように、しずしずとスロットルを踏み、回転を1500rpmに。
ファストアイドル、なんて気の利いた物はないから
このまま、スロットルでウォーミング・アップ。
シャッターを開いていないのでノイズがこもるけど
まあ、しょうがない。
午前3時だ。
新聞屋とコンビニのあんちゃんくらいしか起きてない時間だ。
水温計の針が動くのを待って、僕はスロットルを戻す。
ゆらゆらと、機械式回転計は600rpm付近に指している。
シャッターを静かに、ほんの1mちょっと開ける。
車高が低いから、これで十分だ。
アイドリングでクラッチをつなぐ。
スロットルさえ開かなければ意外と静かだ。
半地下のガレージの外に出して、シャッターを下ろす。
また、静かにスロープを昇って、通りに出すと下り坂の街路を
僕はイグニッションを切り、惰性で下った。
もちろん、近所への気遣いのつもりで。
こんな時、ノン・パワーアシストのシステムは便利だ。
こんな使い方をされるとは、チャプマンも思いもしない、だろうが。
坂を下り切る寸前に、僕はシフトを2ndに入れ、クラッチをつなぎ
そのままエンジンを始動させて裏通りをいつものよう環八へ、と進んだ。
なんとなく、東名へ乗りたくなかったので
第三京浜国道に乗った。
保土ヶ谷、横浜を抜けて。
西湘バイパスに入ったが、ここは覆面が巡回しているので
注意深く、リミットを守って。
相模湾の向こうは、そろそろ夜明けの匂いが漂っている。
小田原に入ると、覆面の巡回コースから外れるので
3rdに落として、全開。
ウェーバーが、咳込みながらガスを吸う
ちょっと、スロットルが乱暴だったようだが
次の瞬間、711Mは弾けるようなサウンドを
コンクリートの高架橋に轟かせ、580kgのアルミ・ボディを
ゴム紐ではじくように引っ張る。
すぐにレヴ・リミットに当たり、軽くシフト。
4速でフルに引っ張り切る前に、緩い右コーナー。
アクセルONのまま突っ込み、ステアする直前にOFF。
フロントサスが横っ飛びするようにインに向く。
すぐにステアを戻す頃には、マシンは出口を向いている。
また、全開。
派手にテール・アウトするので、少しステアをアウトに切り、抑制する。
次のストレートを抜けると、ターンパイクだ。
クール・ダウン・ラップのつもりで、僕は5thに入れて
そのままの速度を維持すると、ターンパイクへとマシンを進めた。
水曜の朝とあって、ターンパイクは誰の姿も見えない。
僕は、回転を低く抑えて、ハイリフト・カムOHVならではの
トルク感を楽しみながら、のんびりと坂を登った。
こういう時の"7"は、いかにもクラシック・カーのレプリカの様に振る舞う。
ウェーバーのキャブも、どことなく古典的なサウンドに聞こえる。
コーナーをひとつひとつ、なめるように走る。
エスケープ・ロードにマシンが一台。
視界の隅をかすめたそいつは、ガン・メタリックのR32-Rだ。
「......。」
なんとなく、記憶の隅に何かを感じたが
僕はそのまま、"7"との走りを楽しんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます