第22話 別件逮捕
「もう、さがっていいぞ。」
そう、男は制服警官に告げると、
「はい、失礼します。」
と気張った声で、制服は廊下へと消えた。
???????
「あんた、警官なのか?」
「まあ、似たようなものだ。」
「だったら、なんであんなことをするんだ!」
「...悪かった。いや。」
男は、無表情に。
しかし、さっきの制服とは違い、不快な印象ではないのはどうしてだろう。
なんとなく、警官らしいイヤラシサが感じられない。
虎の威を借る狐のような、というか。
そのことが、不思議な感覚だった。
「....ところで、君は、この男を本当に知らないのか?」
革コートのポケットから、銀塩写真。
モノクロームの顔写真は、あの512の男だった。
「.....偶然、あっただけ、さ。」
僕は、不思議に本当の事を話した。
男は、黒眼鏡に眉間の縦皺。
その、鉄面皮のような表情が微かに緩み、
「....そうか、わかった。いろいろ、すまなかった。」
真実を話している事が理解された、ということで、僕は安堵した。
思う。
あの刑事や制服たちに話せなかったのは、なぜだろう。
多分、僕は、連中の胡散臭さを忌避したの、かもしれない。
真偽を見抜く目の無い者特有の、疑り深さ、ごまかし、嘘、誘導。
男、としては堕落した連中の、狡猾さ。
そんなものに、生理的に反感を抱いたから、なのだろう.......。
誇り。
真実。
男の存在、意義。
それらを全て奪い去ってゆく、もの。
かつての男が、身を挺して守った“社会”。
そいつが、今、男たちの心を歪めてゆく、誇りを奪う、真実から遠ざける。
詐術を生存戦略とした、卑劣な連中どものせいで。
しかし、かつての男たちの残党は、反乱を企てている、かのようだ...。
RZVは、水銀の明かりの中で、どこか寂しげに見えた。
キーを入れ、イグニッションを。
緑色のランプが、少し滲んで見えた。
キックで静かにエンジンを掛け、3000rpmでゆっくりとスタート。
街路灯の白銀が、フュエル・タンクに流星のような軌跡をつけて、
飛び去ってゆく。
....R31の汚れたフロント・グラス越しに。
男は、どんな思いで、2ストロークの排気音を聞いていたのだろう。
遠ざかるRZVを見、少し汗で湿気た仏蘭西煙草に、シガーライタで点火した。
サングラス越しの眉間に、深く縦皺が寄り、
紫の煙がただ、たなびいていた。
通過する車のヘッド・ライトが、黒眼鏡に光りの筋をいくつも作り、
脂汗の滲んだ頬に陰翳を浮かびあがらせた。
僕は、RZVので夜の町をあてもなく流しながら、
あの男に感じた奇妙な親近感の理由を探していた。
....どこかで、あの感じ...
Deja vu というのは、ふつう人物にはあてはまらないんだっけ..?
細かい振動と、2stroke-oilの燃える匂い。
TZ-typeのグリップを軽く握りながら、スロットルを開く。
環状8号を右折して、外回り方向へマシンを進めた。
なんとなく。
agvのヘルメットに、夜の空気が忍んでくるようだ。
そろそろ、今日に終りを告げる頃...
オーヴァー・パスにさしかかった。
いきなり、1速にシフトしてそのままフル・スロットル。
レヴ・カウンターは盤上を駆け昇り、V4ユニットは整然と仕事を始める。
しかし、その発生トルクの落差は、Riderには唐突な変化として感じられる....
8000rpmを迎えて、最大トルクを得たRZV500Rは容易に前輪をリフト・アップ。
オーヴァー・パスのアンジュレイションも加勢して、
僕は愉快な気持ちになり、ちょっと腰を引き、フロントの荷重を抜く。
オーヴァー・パスの頂上を越えたマシンは、そのままフロントを持ち上げ、
下りに差しかかる。
瞬間、リア・タイアが離陸する。
すかさず、スロットルを気持ち戻す。
こうしないと、オーヴァ・レヴでエンジンを破壊してしまう..
リアが着地。の瞬間、タイミングをあわせてスロットルを更に開く。
Michelin M48は、小さく悲鳴をあげる。
ゴムの焦げる匂い。
....飛行機が着陸する時も、こんな感じだったっけな...
僕は、幼いころの家族旅行で搭乗したYS-11のエンジン音や、コンベア880の
流麗なフォルムを想起し、それとRZVの美しいテイル・カウルのラインをイメージ像で
overlap させていた...
と。
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