第14話 # round-4






僕は、電話の無機的液晶画面をしばらくみつめていた。


.....と、そのとき、ドアサインの音がして、階下で呼び声がした。




「すみません!...ごめんください!」僕の苗字を呼ぶ....。



西洋的な造りの階段の手すり(父の趣味である...)の真鍮の感触を右手に感じながら、

僕は階下に降りた...



不要なほどに重厚な、ドアを開けると昨日の刑事が立っていた。

今日はふたりだ。


「....なにか、ご用ですか?」



「昨日の件で...何か、思い出されませんでしたか、と思いまして。」

「...あの、ちょっと聞きたいんだけど、たかが交通事故をどうしてそんなに....」


「捜査の事にはお答えできません。」

「それに、神奈川県の事を、どうして警視庁が調べるのですか?合同捜査になるほど

大変な事件だとは思えないけれど。」


「内部の事情については、お答えできません。」

「そうですか。」


「で、何か思い出されませんか?」

「...いいえ、何も。」


「そうですか、それでは、また。失礼。」

「あの、近所の目がありますから、あまりこないで下さい。」



「以後、気をつけます.....。」




警官、帰る。



6気筒のエンジン音がして、静かにPCは通過していった。



あの音は、1G-FEだな....。





ドア・ノヴの銅に、緑青が。

父の自慢だったこの家も、主を欠いては....。

ドアの閉じる音が、重々しく響いて。

玄関ホールに、また暗い静寂が。



僕は、なんとなく寂しくなって、地下のガレージへの扉を開き、階段を降りた。




しばらく乗っていなかった、オートバイを出してみるか。



半地下のガレージは、シャッターが下りていて薄暗い。



昨日のままの“7”が、カストロールの匂いと共に。

クローム・メッキの部分が、明かり取りからの外光でアクセントのように光る。






ガレージの隅の、シルヴァー・ターポリンのカヴァ。

それを被って、マシンは眠っている。

土埃、砂埃が堆積し、ほとんど薄茶色の物体となって。

リア・ヴュー・ミラーの部分をつまんで、カヴァーを外す。

こうすると、フュエル・タンクに傷が付きにくいのだ。

ざらっとした、砂の感触。埃が舞い落ちる。

ヘテロセクシュアルなカーヴを描き、マシンは姿をあらわす。


白と、赤のコントラスト。

紺色のアクセント・ライン。

ヘアライン仕上げの、アルミナムフレイム。

4本のマフラー。




GPマシン・レプリカという名の、夢。

闘争心。

“攻撃”は、競争というわかりやすい形での

解決を求め、このような機械を作ったのだ。

無駄な存在。

必要悪。

秘められた暴力性。

それらはみんな、都市という仮想現実に対する内なる自然の反乱である...。




メイン・スイッチを入れる。

グリーンのインジケータ・ランプが、眩しいくらいに輝く。

可変排気ヴァルヴの、サーボ・モーターが反転し、微かな音を立てる。

どうやら、バッテリーは大丈夫の様だ。



格納式になっているアルミナムのキック・ペダル。

ラバーすら付いていない、簡素なそれは薄くメッキが施され、機能美を見せる。

円周後方に引き出し、キック・ペダルを立て、始動を試みる。

サイド・スタンドを立てたまま、左足を地面につけ、キックする...が。

爆発の気配はない。



フュエル・コックを自然落下にし、ガソリンをキャブレタに送る。



負圧感応式燃料が滴下するのを待って、おもむろに再度、キックする。

2ストロークにしては、重い感じの足応えも、久しぶり。



....爆発の感じがしない。


...2度、3度。




生ガスの臭い。辺りに。


点火系統に、問題があるようだ。



僕はマシンを降り、サイド・スタンドをはらう。




....押しがけする、にしても...。



半地下のパーキングから、押し出さなくてはならない。

いったん、出てしまえば、後は坂だから、な。

...しかし、装備重量194kgは少々、手に余る。

バッテリーの負担を考え、イグニッションを切り

腰に力を溜めてマシンを押し出す。




...重い。



冷え切ったトランスミッション・オイルの抵抗。

ドライ・サンプ式という凝ったメカニズムが、こんな時にはネックになる。



2ストローク、2軸式V配列、4気筒エンジン。

必然が生んだ、機能性。

ひたすら走る為だけの存在。

一切の無駄がなく、しかし存在それ自体が実用性の一かけらもない。

攻撃性の象徴のような、マシーン。

それはいつの時代でも、男達の憧れの存在。

社会システムが抑圧する本能の代理でもある....。



クラッチレバーを切ってはみたが、ほとんど変化はない。

エンジンの背後にトランスミッションが乗るといった構造の為、仕方ないのだ。

スロープをどうにか押し出し、街路に出る。

たったこれだけのことでも、汗ばんでしまった。



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