第11話 on the road again

さあ、ゆくぞ。

妙に重厚な感じのトノ・カヴァのスナップを外し、センターのファスナを開く。

ナビ側のシートはそのままにして、左足からコクピットに滑り込む。

キーシリンダにFord 711Mのマスターを入れ、一段捻る。

瞬間、計器類が動く。身震いするかのように。




「・・・三菱のセルに変えようかなあ。」

車体全部を震わせて、Ford 711Mは目覚めた。

やや低めのアイドリングに、クランク・メタルのゴロ音。

英国製のエンジンらしく、クリアランスが大きい。

オイル管理を怠れば、途端にパワーダウンを被る。

そうした繊細さも、やはりMade in U.K. だ。

水温度計の針が、じわり、と動き始め、ウォーム・アップは完了だ。

静かに、クラッチを切り、シフトを1速に入れる。

金属の摺動する感触。オイルに濡れた表面を、シフト機構が滑らかに移動。

アイドル付近でクラッチをリリースすると、

さっきのFX-1200みたいに、唐突に走り出す。

ぐい、とスロットルをやや乱暴に踏み込むと、僅かなタイムラグをおき、

蹴飛ばされるような加速。

思わず、微笑みがこぼれる。

今日は、どうしよう。

このまま、帰ろうか。

それとも....。

少し、走ろうか。

迷いながら、ゆっくりと住宅街を流す。

どこかの大学の構内だろうか、ポプラの並木がそよ風に揺れている。

プールの飛び込み台が、水銀灯の冷ややかな明かりに照らされて、

涼しげだ。

断続的なBeatが頼もしい。

回転を低く押さえ、柿の木坂を登る。

丘の頂を越えると、緩いカーヴの向こうに、僕のガレージが見えてきた。

舗道に植えてある並木の間に、“7”を停止させ、

僕はガレージのシャッターを開けようとした。


と......。

物影から数人の男。

ぞろぞろと、現れる。

ただごとならない緊張感に、身構える。

「ちょっと、お尋ねしますが...。」

「・・・・・」

「今朝、東名高速を走りませんでしたか?」


「あなたがたは?」

「警察の者です。」

五十くらいの、黒い襟なし革ジャンの男、ぼそりと言う。

警察官、というよりは、どちらかと言うと犯人のようだ。

短く刈り上げた頭に、パンチパーマ。

街で見かけたなら、どう見ても筋もんだ。

「ちょっと、お話を伺いたいのですが..。」

顔に似合わない柔らかな言葉。

人権だのなんだのと、サツもたいへんだな。

「これから仕事なんだけど。」

本当は、休みなんだけど。

面倒には関わりたくない。

「どうして、僕に?」

「・・・今朝ほど、神奈川県で高速事故がありましてね。」

「・・・・・・」

「・・・・その事で、何かご存知ないか、と。・・・」



「知りませんけど。」

「赤いフェラーリが、高架から転落して、死亡した。」

刑事は、僕の顔色を見ながら、ゆっくりと話す。

背中を冷たい電流がながれるようだ。

別の、若い、背の高い刑事が、

「白い国産車と、外国製のスポーツカーが目撃されているんだが。」

「国産は沼津ナンバー、外車は品川ナンバーだそうだ。

あんたの車に似てるんだが?」

と、若い刑事は、威圧的に言葉をつなぐ。

なんの捜査だろう。

聞いても答える筈もないか。

さっき、横田が言ってた「税関」の関連か?

恰幅のいい、リーダーらしき年配者、

「行方不明になっとるんだよ。君のお友達が。」

「?」


「サーヴィスエリアで、車は発見されたそうだ。家族から届け出があってね。」

あの、S12のことか?

事故現場から「逃げろ」と言い残し、それきりだったが...。

「で、君の友達じゃないの?」

年配の刑事は、物腰柔らかく、しかし有無を言わせぬ。という感じで押してくる。

「・・・知りません。」

「目撃証言があるんだが!。」

さっきの若い刑事。どうやら、エゴと職権を取り違えている。

年配の刑事、それを制するように、

「じゃあ、何か思いだしたら、知らせてくれ。」

「・・わかりました。」

警察官たちは、ぞろぞろと帰って行く。

近所の人たちが何事か、と。

見るような、見ないような。


彼らの疲れ果てたような後ろ姿を眺めながら、

僕は、考えていた。

S12?

行方不明?

警察?

なんだか、掴めない。

とりあえず、"7"をガレージに入れよう。

半地下になっているガレージのシャッターを上げる。

埃臭いような、土臭いような湿った匂いが鼻を突く。

ガレージの隅のマシンたち。

熱すぎる、想い出。

シートをかぶって、今は眠りについている。

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