第9話 porsche boxter


料金所の初老の係員が、思い切り手を伸ばしてチケットを手渡そうとする。

"7" は極端に低いため、それでも届かない。

僕はシートベルトを外し、中腰になってそれを受け取る。

トノ・カヴァの中のショルダーバッグにそれをしまう。

うっかりすると、飛んでいってしまうからだ。

その動作を、訝しげに係員は眺めていた。


しっかりとした感触のシフトを握り、1stへ入れる。


クラッチを踏む。

相変わらず、エンジンが熱いときは渋い。

ワイアの取りまわしを変えようかな。

ややスロットルの扱いが雑だったのか、テールがぶれる。


蹴飛ばされるように加速し、ランプウェイを駆け上がる“7”。


加速Gと、サイドフォースで、息苦しい。


本線上は、空いている。


2ndに上げ、軽く加速。


バックミラーに、大きな夕日が映っている。

眩しい。


エンジンの振動で、光芒が揺らぐ。


直線的なトルク感に惹かれ、さらにスロットルを踏み込む。


Mike-the-Pipeが、リードを取り始めた。






シフト・アップ。

思い切りスロットルを踏み込む。


速度が乗っているので、スロットル・ワークに気を遣わなくても良い。

弾けるトルク感。


ゴムひもではじかれたような増速。

軽量マシン、OHVのハイリフトカムならでは。



今朝の鉄橋を、反対側から渡るとき、落下地点辺りに人影が見えたような気がした。



「.....。」


何とも言えない、嫌な感じ。


胸の奥の方に、何か黒いものが詰まっていて、流れ出ない。

次第にそれは、気管に広がり、空気を遮断していくかの様だ。


何か、思い出せない何かが僕の中でもがいている。


振り切るかのように、フル・スロットルにする。


開放的なエキゾースト・サウンドが、それでも甲高く聞こえる。




鉄橋を渡ると、トンネルの緩いコーナーだ。


4速のまま、瞬間的にスロットルを戻す。間髪入れず、ステアする。

鋭いレスポンスで、side-forceがかかる。

直ぐ、フル・スロットル。


モーメントを与えられ、姿勢を乱されたマシンは、簡単にテールアウトし始める。

低次元だが、楽しい方法だ。


通常のFRマシンなら、左足ブレーキで行うところ。

だが、controllableなこいつは、スロットルワークだけでいける。



スロットル全開のまま、ステア修正をし、仰角を持ったまま Apex を通過する。


峠のローリング族みたいな、馬鹿げたコーナーワーク。


でも、快感。





いつのまにか、空気は冷たさを増し、光線も暖色系から寒色へ。


空気に質量が存在することを実感として経験しながら、


僕は東へと向かった。


速度を上げていくと、次第にサスペンションへの入力が設定域へ。


飛び跳ねるような動作が、しっとりと落ち着いたハンドリングに変わる。


ダブル・ウイッシュボーンが、フィードフォワード・サーボのように

滑らかに上下する。


<流体力学>などという言葉と無縁なデザインは、抗力によるパワーロスを

半ば暴力的に無視している。

それはそのまま、現代から'60へのタイム・スリップのように

"Classic"を意識させながら。


そんな風な事を考え、遠い過去の彼の地に思いを馳せる。


自動車趣味の楽しみの一つ。



kent-unit 711M は 、有機的なsound を奏で続けている。


少し、澄んできた空気に、遠い星の輝きがゆらぐ。




前方の進路は大きくうねり、上下している。

多摩川を渡れば、もうすぐ用賀だ。


さて、と.....。




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