第6話 警官
「1人でパトロールなんて、変だ。」
言われてみれば、そうだ。普通、交機は2人1組で行動する筈だ。
「それに、事故処理しないで逃げるなんて。」
「上司にばれるのが怖いんじゃないか?」
「それにしては、やけに堂々とバトル?してたな。赤灯まで点けて。」
「本当だ。」
僕は携帯電話で、119する。レスキューを呼ぶ。
無駄だと解ってはいるが。
あんな奴でも、死んで欲しくはない。
ついでに、ACPの横田に電話する。
「-------あ、横田、俺だよ。」
「-------なんだ、シュウか。何だよこんな朝早く。」
「-------実はさ、ちょっと妙なんだ。」
「-------何が?---」
僕は、事の顛末を話す。眠たげな横田の声が、次第にはっきりとしてくる。
「-------成る程。そいつは妙だな。」
「-------おまえの知り合いにさ、桜田門番がいたろ。A新聞の。」
「-------ああ。」
「-------あいつが喜びそうな話だろ。」
「-------うむ。それでナンバーは?」
僕は、512と、R33のナンバーを伝えた。
「-------解った。それじゃ。」
無愛想に、横田は切る。いつものことだ。
奴の、髭面を思い出す。
背中を突つかれ、我に返る。S12の彼だ。
「早く、逃げろ。」
「えッ」
「関わり合いにならない方がいい」
そう告げ、彼は自分のマシンに戻ると、サイドウインドから腕を前に振り、
走り出した。
遠く、サイレンの音。レスキューだ。
僕も“7”のcockpitに滑り込み、Ford711M の 安っぽい
プラスチック・キーをひねる。
停止直後なので、たやすく再始動した。
何気ない振りをして、走行車線に合流し、100km/hで次のインターを目指す。
S12は、どうしたろうか。
もう、影も見えない。
対向車線を、R32のパトロールカーが吹っ飛んで行く。
インターチェンジで高速を降り、T字路を右折し、国道に入る。
妙な感じになってきた。
「さて、と。」
気分を変えよう。と思っていたのに。
どうしていつもこうなるのだろう。
あの時も、そうだった。ほんのはずみだったのだ。
殺そう、などと本気で思った訳では無かったのだ。
machine.
ヒトの内なる欲望は契機を求め流離う。
加速する快楽。危険への誘い。
猛り狂った攻撃性の hi-fi amprifier。
no-negative-feedback.
時として、とても低位な。
しかし、基調。
いつしか、路面は緩い勾配に。
二級国道の、荒れた路面。
80km/h程度を3rdホールドで、右、左。
カーブを機械的にこなす。
カーヴィング・ターンのように、
自然発生的な慣性が。
そうして、僕はnaturalに。
原初に戻る、無意識に。
立ち上がる、加速する。
ゆるやかなサイド・フォースの消失に同期させるように。
断続的に、tractionが変動する。
路面状態があまり良くない。
テールが小刻みにぶれる。
カウンター。腕が反射的に。
瞬時に体勢が変化し、強く全身に加速Gを感じる。
コーナーを抜ければ、長い直線に。
道の両側には、細長い草が生い茂り風にそよぐ。
美しい。
自然な、ストレートヘアの女のような。
土の匂いがする。
'70のアメリカン・ロックを想起する。
砂の風紋にも似た、草の揺らぎ。
砂。砂漠。
”乾いた都会”、東京砂漠なんて揶揄されたりする。
しかし、それは違う。
cityには、virtualな魅力がある。
enrergy。emotion。
だから、僕も。
遠く、対向車線を、平たい銀色が近づいてくる。
「・・・?」
300SLのようだ。
低いexhoust-note。すれ違う。
黒眼鏡の初老の紳士が左手をあげる。
僕も、右手をあげ、Lucasを鳴らす。
爽やかな一瞬。wonderful-moment。
boschのsoundが返ってくる。
その音に、S12の彼を思い出す。
あいつは、どうしたのだろう。無事に帰っただろうか。
沼津ナンバーだったから、そのまま高速で行ったのだろうか。
その頃、白いwedge-shapeは、苦悩していた。
「どうして....引き離せねえんだ。」
FJ20の野太い咆哮。負荷を得て、弾けるような。
しかし、room-mirrorの中のぬめっとした物体は、小さくならない。
S15だ。
250ps。軽量body。そして、6thの存在するtransmission。
恐るべし、純正マシン。
one-off,specialとしちゃ、意地でも負けられねえ。
彼は、セッティング変更を試みた。
EVCのup/downキーに触れる。1.5にset。
ついで、ecuのプログラムを変更する。
シフトアップし、フル・スロットル。
conpound-gaugeの白い指針が跳ね上がる。
長いストレート。
ルームミラーの射影は、じりじりと小さくなっていくようだ。
高速道と並走している鉄道高架を、前方から銀の錐型が駆け抜ける。
彼には、一塊のように見えているに違いない。
架線のsparc。風塵。
交差して、白い流線型が後方から。
彼らをゆっくりと、追い越そうとする。
相対速度は殆どない。
白い紡錘形は、ゆっくりと流れ去ろうとするかのように見える。
相対速度という現象のせいだ。
光学的情報の観測が常に真実を伝えているのならば、
“相対性”理論における観測結果は、如何なる物理現象が
観測対象に発生している事を示すのであろう。
アルバート・アインシュタインよ!
FJ20は、丁度トルク・ピークを迎えている。
回転計は、3時方向を下り始め、
コンパウンド・ゲージは、2時方向をぴたりと動かない。
過給圧がうまく設定通りに作動しているのだろう。
直線的な加速感が、脳幹部に重くのしかかる。
白い紡錘形の尾部が、静かに近づいてくる。
ルーム・ミラーのS15像が、少しづつ小さく見え始める。
レヴ・リミットを迎える。
すばやく左足に力を込める。
ダイアフラム・スプリングが反力を強くレスポンスする。
スロットルを瞬間、緩め、シフトノブを右上に押し上げる。
平板な感触を伝え、あっけなくメタル・クラッチディスクが密着する。
スロットルを、全開にする。
コンパウンド・ゲージは、一瞬9時方向に跳ね返り、7時を示した後、
急激に右に振れ始める。
回転計は、12時辺りに落ち着き、右にじりじりと登り始める。
高速域になれば、機関出力だけでは解決できない問題が生じる。
”空力”と言われる状況のことである。
空気分子との摩擦で生じるこの現象が、「水の星」と
呼ばれるこの惑星を分厚く包む(可視的には無に近い)気体の
存在を意識する一瞬。
それは、あたかも宇宙空間エーテル説を彷彿とさせるに十分だ。
見えざる空気の分子が、彼と彼のマシンの前途を妨害する。
ルーフの端、トランク・リッド、フロント、スポイラー...。
纏わり付き、絡む様は、自由な魂を現世に縛るしがらみのようでもある。
しかし、実存している以上、物理現象から逃れることはできない。
魂が浮遊できないのと似た理由であろう。
もし、遊離することがあるとしたら、そこは 恐らく"other world" だろう。
並走する高架鉄道の、白い紡錘形がゆっくりと近づいてくる。
ふと気づくと、ルームミラーの物体は消え去っていた。
「?」
彼は不審に思った。
左サイドに、ぬめっとしたS15が近づいていることに驚く。
「....!」
「ノーマルじゃなかったのか!?」
クロスレシオ・ミッションの利点を生かし、S12とのシフト・ポイントの差で
車間を縮めてきたのだった。
いずれにしても、ノーマルではないようだ。
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