第5話 memory

連想が、妄想を呼ぶ....。

こんな状態を「悪霊に憑かれた」などというのだろうか?



変化して行くサイドフォースに、はっと気づく。

このままでは、いけない。立て直さなければ。

後続車に追突されないとも限らない。

大型ならば、踏み潰されてしまう。


スロットルを戻し、サイドフォースを弱める。

スリップロスで、速度を落とし、グリップを復活させる。

ハーフスピン・モーメントの反動で、テールがインを向こうとする。

その瞬間に、スロットルを開き、ステアリングを戻す。

カウンター・モーションである。


弱アンダーの体勢を作り、フル・スロットルにする。

プッシング・アンダー気味にマシンはアウトに飛んで行く。

アウトサイドぎりぎりに立ち上がる。トラックの残したタイアかすで、

断続的にグリップが変化するが、怖いのをこらえ、

スロットルを一定に保つ。

ストレートに立ち上がる。ほっとする一瞬。


S12の行方を追う。もう、遥か彼方まで行ってしまっているだろう。

追いつかない事は解りきっているが、スロットルを全開にし、

前方に目を凝らす。


緩い登りストレート。フル・スロットルで駆け上がる。

アペックスで、左に緩くカーヴ。

全開のまま、大きくラインを取る。Gを感じつつ、下りに向かう。

トラクションが抜けるため、オーヴァーレヴに気を付ける。

一瞬の無重力状態。エレヴェータで下るときのような気味の悪い感じ。


下り坂は、緩く左に曲がり、その先は鉄橋の大カーヴだ。


遥か前方に、ハザードを焚いてスローダウンしている車が見える。

薄明かりと、ヘッドライトの反射で良く見えない。


大型トラックを縫うように追い越す。パティキュレートが雲の様。

軽油の匂いがする。


大カーヴの手前で、スローダウンしていた車に追いつく。


S12の彼だった。待っていたのか。


ラインを右に取り、彼を追い越す。 左腕を上げ、親指を立てる。


彼もウインドゥを開け、右腕を横に出し、親指を立てる。

と同時に、シフトダウンしたようだった。FJ20の咆哮。


鉄橋の大カーヴに差し掛かり、ヒール&トゥで4速に落とす。

激しいアフターファイア。 サイドエキゾーストから炎が見える。


爪先を軽く意識し、F荷重をコントロール。

ステアリングを拳1個分程送る。


ヨー・モメントを感じ、滑らかにスロットルを全開。


ケント・ユニットの慣性を意識する。


腰のあたりを捉まれたように、弱オーバーステアの体勢に入る。

アウトリガー・サスペンションがしなやかに路面を掴んでいる。


FJ20のサウンドを背中に感じる。

ケント・ユニットのビートが全身を震わせる。


機械と人間。

プリミティヴな感情。 友情のような、仲間意識というか。


それも幻想だろうが。

男という生物は、そんな幻想で辛うじて

現世にわが身をつなぎとめているのだ。

「もしも、こいつがいなかったら....。」


その時、右肘に何かが触れたような気がし、驚く。


相対速度が100km/hはありそうな感じで、何かが通過した。

赤いマシン、F512、Gan-metallicの R32。


「何処に居たんだ?..。」


とっくに消えたと思っていたのに。

さっき停まっていたハザードは、奴等だったのか?


殆ど一瞬。という感じで、疾風の如く駆け抜ける。

流石に速い。コーナーの向こう側に消えて行った。


と。思う間もなく、野太いサウンドが....吹っ飛んで行く。


「S12?」


だが...。

視界を遮ったのは、赤い光だった。

LED高輝度赤色灯。

「覆面か...?」「交機?」


慌てて、エンブレする。


R33だ。どう見てもNormalではない。


R32に食いつかんばかりに接近する。


「...?」


何故だろう。あんな走行をするのは。違法じゃないか。

それに、僕らもスピード違反しているのに、無視だ。

まあ、それはいいけど....。


R32は、フル・ブーストでぶっ飛んで行く。500ps級だろう。

しかし、tail to nose だ。

R33も、かなりのものだ。


高速は、谷あいのワインディング区間へと続いている。

ブラインドコーナーが多いので、追尾しても解りにくい。

corner to corner 。追いかけてみる。


S12が、やや無理気味にブレーキングを遅らせ、

コーナーに突っ込んで行く。


ガソリンとオイルの匂いのする気流が、傍らを吹き抜ける。

ラリーファンファーレの快音。


「事故るなよ...。」


慎重に、後からついて行く。


コーナー曲率のためかペースが落ちたので、楽について行ける。

軽量の強みだ。


しかし、重量級各車は、コーナーと格闘している。

激しいスキール音。ゴムの焦げる臭い。


谷あいを渡る風が、首筋を撫でる。思わず身震いする程に、寒い。

もう、秋なのだろうか。

中央分離帯のつつじの木が、緑色のベルトみたいに見える。

一段高い位置の上り線から、トラックのディーゼルノックが雷のように。


512がややリードし、R32、R33。

インベタの512/R32を、アウトからR33が狙う。


少し離れて、S12。


登り勾配のきついこの辺りは、トルク重視のセッティングが良い。

コーナーも、フットワークを第一に考えた方が楽だ。

その点、我が“7”は余裕だ。

元々中速重視の足回り、トルク型エンジン。

低重心、フロント・ミドシップ・レイアウト..etc。

走るため、曲がるため、止まるため。

必然性が、ディテールを作る。


右コーナーで、R33がモーションをかける。

ぎりぎりまで減速をせず、outsideの路側帯に突っ込む。


小石や、砂が飛んでくる。


アルミラジエターに穴があいたら大変なので、慌ててインへ逃げる。

S12も同様に。おそらくインタークーラーを気遣っての事だろう。


「こいつは...本当に警官か?」


R33のブレンボから、火花が散る。120 マフラーから、炎。

アウトに寄れないR32は、仕方なく減速する。


512は?.....。左ハンドルの利点を生かし、ラインブロックを試みる。

左アウトぎりぎりまで寄せようと、強引に移動。


既にアウト・アペックスからインに向かおうとしていたR33は、

ラインをクロスさせ、512をパスしようとする。

512は、ブロックラインを使ったため、失速。慌ててインを狙おうとした..。


スロットル・コントロールをミスり、大きくテールアウト。スピン体勢だ。

ミドシップの、限界付近は本当に難しい。


フル加速体勢だったR33は、インへ逃げようとする。

しかし、イン側にはR32がいる。


鈍い衝撃音。


R32の左フロントと、R33の右リアがぶつかる。

瞬間的にブレーキングしたR32は、そのままアウトへ飛んで行き、512の

リアをかすめる。


R33は、ゆっくりと右回転しながら、512の右ドアに折り重なるように接触。


潰れた紙風船のような赤い物体は、戦車のような重量に弾かれ、

スローモーションのようにアウトに滑って行く。


右コーナの出口は、短い鉄橋だ。


防音壁は、鉄橋との接続部分が途切れている。


その僅かなすきまに吸い込まれるように、512は高架下へ

吸い込まれていった。


重苦しい、衝撃。

実弾演習の、着弾を想起する。


縺れて絡む2台を、イン側の僅かな隙からS12がすり抜ける。


僕も、それに続く。



R33は、防音壁にこすりながら停止する。

R32は、スピンしながら体勢を戻し、転落は辛うじて免れたようだった...。


短い鉄橋の路側帯に、左ぎりぎりに止める。


少し離れて、 S12がハザードを焚いて、停止する。


コックピットを右足から這い出し、砂とタイア滓だらけの路上に立つ。

コンクリートの高架橋脚に排気音が反響して地鳴りのよう。


橋の欄干から、落下地点を確かめる。


おそらく助かるまい。20mは優にある。


「何やってんだッ!!」


S12が怒鳴る。R33のドライヴァーは、シートにもたれ、ぐったりしている。


蹴飛ばさんばかりの勢いでドアに駆け寄る。サイド・ウインドを叩く。激しく。


R33の男は、サングラスをしていた。私服警官だろうか。


S12に気づくと、1速に叩き込む。

あせっているのか、ギアが鳴る。


S12を振り払い、R33は急発進した。


「馬鹿野郎!」


彼の容貌からは想像が出来なかったが、激しい正義感の持ち主のようだ。

その、アンヴァランスな感じ。不思議な、人好きのする。


「おかしいな...。」彼は僕の方を振り向き、呟く。


「何が?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る