第4話 # round-2





僕は、回想する。

部屋のレコード室を。

奴の事を思い出すと、いつもこうしていた。

.........................................

そして、”Tim Wiseburg"を見つけだすのだった。

薄暗いレコード室は、どことなくノスタルジィをかきたてるような

雰囲気を醸しており、それはセンチメンタリズムを満たしてくれた。

この部屋であの曲を聴くことが彼の、そして私の鎮魂歌なのだ。

勝手な思い込みだ。

reqium・たましい・を・しずめる・うた。

だが、そんな物がひとの”想い”を作るのだ。

そして、そんな物が今は必要なのだ。

そう思わずにはいられない。

レコードをジャケットから抜き出した。

ターンテーブルを回転させ、静かにSMEを下ろす。

わずかな感触を残し、ローコンプライアンスMCはモビーディックの如く

黒い海原を泳ぎはじめる。

2SK1056、、2SJ160が爽やかなトリルを奏でる。

清流の如く、怒涛の如く。

意識はいつか遠退いて行く。

昨日も、一昨日も。今日も、明日も。

このようにして”純”は”不純”となるのであろう。

空想の中で、贖罪の思いを静めようと、努力した。

「巻き戻し、巻き戻し」念じた。

直面するのが怖かったのだ。

.......................................


「君は、どうする?」S12が突然言葉を開く。

「何の事?」僕は言う。

「レースに乗るのかい?」彼は聞く。

「まさか。」僕は、軽く微笑み、そう告げた。

あの連中が普通でない事は、彼も感じているだろう。

そして、最近、仲間内で頻発している事故の事を彼に話した。

「そうか、やっぱり...。」S12は言った。

「やっぱり?」

「この頃、事故が多いんだ。」彼はぼそっと言う。

「なぜだと思う?」

「・・・・。」

「噂じゃ、『とんび』が出ているって...。」

「『とんび』?」

「縄張りを回って、速そうな奴をつぶして歩くんだ。」S12は言う。

「何のために?」

「さあ?」淡々と彼は言う。その様子が可笑しくて、笑い出してしまった。

彼もつられて、笑い出す。

人気の少ないリノリウムのフロアに、笑い声が反響した。

「さて、と。」彼は立ち上がる。

「じゃあ。」といい、紙コップを捨て、「そろそろ行くよ。」

僕は頷き、席を立った。

いつのまにか夜は白み、パーキングの電灯が薄ぼんやりと光っている。


R32と512は、消えていた。


アルミ・ボンネットに朝露が水滴を作る。

僕は、トノ・カヴァをはぐり、コックピットに滑り込む。

革の匂いがする。

軽く、スロットルを開き、スタータを入れる。


Lucasのスタータが唸る。,,5秒、10秒,,。


爆発的にエンジンが掛かる。


ケント・ユニットの振動がボンネットの水滴を震わせ、

きらきらと光りながら落ちてゆく。


S12の彼も、エンジンを掛ける。

ディーゼル乗用車のようなリダクション・セルの音。

いかにも強固で堅牢。 羨ましい。


低周波の連続音があたりを震わせる。

FJ20特有のビート。

Ford711MのBeat。


微風が頬をなでた。

カストロールの香りが、甘く漂う。


革張りのシフト・ノヴを左右にJiggle。

ばねの反力を感じるクラッチを踏み、シフトを左に押し

1速に入れる。

1200rpmでクラッチを継ぎ、重いスロットルを踏み込む。

まるで自転車のようにあっけなく、“7”は動き出す。

S12のブリッピングが聞こえる。

彼も、クラッチを継ぐ。


アプローチ・ロードの凹凸を腰に感じながら、ゆっくりと本線に向かう。

2速にシフトアップ。

エスケープゾーンの植樹越しに、本線が見える。殆ど車はいない。

ダッシュボードのトグル・スイッチを下げ、右にウインカーを出す。

2速のまま、ゆっくりとスロットルを全開にする。

ウェーバーが、ハーモニィを奏で始める。


5500rpmで、3速へ。

S12の彼はいるかな?

サイドミラーを見るが、震動で見えない。

と、轟音と共にウエッジ・シェイプが右側を駆け抜ける。


ブローオフ・ヴァルヴが、エア・バージ。

昔の空気銃を連想するようなサウンド。


すかさず、僕もスロットルを開く。

急に全開にしたので、一瞬ケント・ユニットがせき込み、Backfire。

マイク・ザ・パイプがハミング。

甲高い、ハイリフト・カム特有のサウンドが快い。


その間に、S12はフル加速を続ける。

淀みない加速は流石に過給エンジンだ。

恐らく、排気音からみて 1kg/cm2 程度はブーストしているだろう。

400psはあるんじゃないか?と思った。


ストレートでは、全く勝ち目がない。


よし。

コーナーで追いついてやろう。


しかし、追走できなければそれどころではない。

ゴグルをかけ、なおも全開で追う。


170km/hを越えたあたりで、緩い右コーナが見える。

路面に轍ができている。

S12は、ノーブレーキでアプローチを試みる。

だが、轍に進路を乱され、左右にふらつく。加速が鈍る。

スロットルを緩めたのだろう。


やや、直進性に難があるようだ。

スクラブ設定に問題があるのか?と思う。

タイアの操舵中心と、接地面の中心との差の事を

“スクラブ”などという。

単純には、操舵中心が接地面の中心より外側に

ある場合は外乱に弱くなる。

だが、いかにも緻密そうな彼のことだから、何か他の

原因があるのかもしれない。

などと、考えている内に、コーナーが近づく。


僕は、スロットル全開のまま、コーナーにアプローチする。

100km/hでは緩いコーナーも、鋭角のようだ。


アウトサイドより、大きく回り込む。

インサイド・アペックスをかすめる。灰色のコンクリート壁が迫る。

かまわず、5速フルスロットル。

サイド・フォースと、加速Gで、ステアリングが軽い。

フロント・ミドシップ・レイアウトは、プッシングアンダーが出やすい。

アウトに孕みながら、S12をかわす。

コーナーリングスピードの差だ。

流石はレーサーだ。(本来、レーサーとは、マシンそのものを指す。)


そのまま5速で、次のコーナーを目指す。


だが.......、ストレートが長い。


S12があっけなく追い越して行く。フル・ブーストだろう。

過給エンジン特有の排気の匂い。


最高速では、かなわない。


次の左ベンドにS12は差し掛かろうとしている。

アウトに寄り、フルブレーキング。後輪がロックし、白煙をあげている。

ややフロントヘビー気味のレイアウトなのだろう。

彼は、イナーシャを残したまま、ステアリングをわずかに切る。

荷重の減った後輪は、スモークを連れて美しい孤を描き始める。

そこで、ステアリングを戻しつつ、スロットルをじわり、と入れる。

仰角を持ったまま、S12はコーナーアペックスに向かう。

ピンポイント・ドリフトだ。


僕は、パワーロスを防ぐために、スライドを避ける。

アウトぎりぎりに寄り、ややスロットルを緩め、

軽く左足ブレーキングし、ステアする。

軽量故に、S12よりは進入速度を高く保てるのだ。

スロットルをゆっくり全開にする。

腰のあたりに慣性を感じる。

エンジンあたりを中心にして、ゆるやかなヨー・モーメントが、

孤を描き始める。

スロットル・コントロールで、トラクションを維持し、前に進める。

放物線を描きながら、インクリップを舐める。

遠心力に耐え切れず、アウトへ逃げはじめようとするのを計算に入れ、

スロットルで

姿勢を制御する。すると、そのままの姿勢で4輪が流れはじめる。

イナーシャ・ドリフトという手法である。

アイススケートのような浮遊感。

この瞬間が、最高だ。


S12のイン側で、side by side。

このままアウトへ逃げれば、立ち上がりでブロックできる。

だが、それをしないのが暗黙のルールだ。

1ライン開け、アウトへ孕む。

アウトサイドを、彼は全開でなめる。

僕も、さっきからフル・スロットルだ。


その瞬間、遥か前方に赤いライトが光った。


路肩に停止していた車の、赤いテールランプ。

僕は、反射的にアクセルを緩めてしまった。

“flush Back”したのだ。

また、起きてしまった。


S12は、訳が分からないという感じで、そのまま走って行こうとしたが、

コーナーを抜け、アクセルを緩めたようだった。



赤いテールランプ......トンネルの黄色い壁に映る多数の。

赤い光が、煉獄の炎を想起させる....。

いつも、こうして始まってしまう。



アクセルを戻したため前輪の荷重が増え、姿勢変化が起き、

前/後輪のスライド量が急変する。

こんな時、フロント・ミドシップは普通のFRより

ややミドシップよりの操縦安定性を見せる。

テールアウトしようと、モーメントが増えて行く。

カウンター・ステア舵角を強める。モーメントが相殺されて行く。

しかし、モーメントがつりあう頃には、殆どハーフスピン状態だった。



操舵をしながら、僕のイメージ・フィールドには

また、“あの図”が浮かんでいた。

地下トンネルで焼死した?奴の顔を。

忘れ去ろう、とするのだが。

バンダナに残る血染みの様に、消え去ることは無い。

バンダナが存在する限り、それも残っていく様に。


テールランプの赤。

漆黒に真紅。

紅蓮の炎。

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