第3話 察せない男子3
「そうです」
「あそこの『マル秘・食パン王国』で食パンを買ったら入れてもらう袋よ。カバンってアンタ、紙袋でしょ」
「ありがとうございます。おばさん」
「だから誰がおばさんよ! 失礼な人ね」
元気は、結果的に捨て台詞を吐くかたちで女性の指差す店へと行った。
そこでおまけの食パンを買い、真ん中に大きく“秘”と書かれた、鮮やかなオレンジ色の紙製の手提げ袋を手に入れた。
翌日からさっそく、その中に仕事道具を入れて誇らしげに出社した。
他の従業員からは、奇異の目で見られたことは言うまでもない。
数日後、元気は仕事の帰りに勤務先の後輩である吉沢洋平(よしざわ・ようへい)を居酒屋ではなく、会社から徒歩で五分ぐらいの場所にある、小さな公園へと誘った。
「お疲れ様です!」
「お疲れ様です!」
二人はベンチに隣り合わせに座ると、街灯の明かりに照らされながら、缶ジュースで乾杯をした。
「今の気持ちどうよ?」
「仕事終わりの坂本さんとの一杯、一日のつかれが吹っ飛びますよ」
「だろう」
元気のおきまりの“最近どうよ?”的な問いかけに、後輩の洋平はスポーツマンっぽく爽やかに答えた。
吉沢洋平は、元気の一つ年下の二十七歳である。
背が高く、短距離走の選手のような立派な筋肉の持ち主であり、いかにもスポーツマンといった風貌である。
「やっぱ、仕事終わりは公園での一杯だって」
「はい! 飲み屋でもなくアルコールでもなく、公園での炭酸飲料。坂本さん、新しいですよ」
「そうか、“新発売の坂本さん”って呼んでいいんだぞ」
「はい。新発売の坂本さん、今日はごちそうさまです」
「照れるって……ん? ごちそうさまです? 新発売の坂本さんはそんなに甘くないって。ジャンケンで負けたほうのおごりだ」
元気はそう言うと、座ったまま左手に飲みかけの缶ジュースを持ち、隣に居る洋平のほうに身体を向けて、右手を胸の高さに上げてジャンケンのスタンバイをした。
「わかりました。負けても恨みっこなしですよ」
洋平はそう言うと、座ったまま元気のほうに身体を向けて同じ姿勢をとった。
「いくぞ。おでんのグー、ジャンケンポン……」
「……はい?」
「残念だけど吉沢の負けだ」
「“最初はグー”じゃないんですか? “おでんのグー”なんて聞いたことありませんよ」
「知らないのか? 今日から替わったんだって」
「そんなぁ、ずるいですよ」
洋平は、元気の明白な嘘によって敗者扱いされた。
抗議してやり直す権力者はあるのだが、正々堂々と戦って僅差で負けたときのような、悔しそうな表情をしている。
「はい、百円」
元気が手を差し出すと、洋平は何の疑いももたない様子で、財布から百円硬貨を取り出して手渡そうとした。
「……もらえないって。オレの財布、札しか入んねぇし。その代わり、次の休みに遊園地に行こうぜ」
「坂本さん……」
間違ったことをしている先輩が手を引いて優しく言うと、洋平は、今のはおかしなやり取りであったことに気付かない様子で、目に涙を浮かべて感動している様子である。
「行きましょう。楽しみにしています」
「そうか、二人で馬に乗ろうな」
「馬って、メリーゴーランドのことですね。喜んでお供します!」
「そうか。よし、飲め」
「はい!」
二人は、残りのドリンクを一気に飲み干した。
「パカッパカッ、パカッパカッ、パカッパカッ、パカッパカッ」
元気は立ち上がると、馬が軽快に走るような擬音を発しながら、スキップをして駅の方へと進んだ。
洋平は慌てて後を追った。
洋平は我に帰ったのか、元気と同じようにスキップはせずに、無言で伏し目がちに、恥ずかしそうにしながら小走りで進んだ。
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