逃避

平 遊

第1話

明るさが消えると、決まって「あの人」がやってくる。

やってくる?

・・・わからない。本当はどうなのか。

でも、「あの人」は、僕に呼びかけてくれる。

「今日はどうしたいのかな?」

”今日は・・・そうだな。恋がしたいんだ、あの子と。”

僕が告げると、「あの人」はしばらく黙って、そして僕の望みを叶えてくれるんだ。


-望み通り、僕はあの子と恋をした。

楽しくて甘い、記憶の片隅に残っていた、大切な想い出。


いつからだったろう?

「あの人」が僕の所へ来るようになったのは。

「あの人」がどんな人なのか、僕は全然知らないけれど、きっと天使がこの世に本当に存在するならば、「あの人」こそが天使なのではないかと、思ってしまう。


「次は、何がしたい?」

”・・・自由に、動きまわりたい・・・”

願えばすぐに、望みは叶う。

僕は自由に、動き回ることができるんだ。

あっちにだってこっちにだって、好きな所へ歩いてゆける。

おぼろげな記憶を頼りに、旅行にだって行けるんだ。


 -イメージの中でだけ-


やがて、明るさが僕を包み始める頃、「あの人」は僕の側から去ってゆく。

「じゃあね。また、明日。」

同時に始まる、何の変哲もない、時の流れ。


遠い昔には、きっと「人間」だったのであろう、僕。でも今は・・・

かすかに残っている記憶。

それが、「僕」の全て。

今僕にできるのは、「考える」こと、「思う」こと。

・・・果たして今僕は、「生きて」いるのだろうか・・・?


嫌だ、こんなの。もうたくさんだ!

ねぇ、キミ。僕の天使。お願いだよ。

僕はもう・・・

こんな状態から、逃げ出したいんだ・・・


『先生!№399-K、脳波に異常が出ています!』

『・・・電流を落とせ。培養液の濃度をチェックしろ。』

『はいっ!』

『しかし・・・これだけの脳が培養されている光景は、一種壮観なものがあるな・・・。』

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逃避 平 遊 @taira_yuu

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