美
「きれいだ・・・・その黒目がちな瞳、ふっくらとした唇、このなめらかな白い肌・・・・」
私の頬を優しく包んでいた彼の手がそっと、私の髪に触れる。
「柔らかなこの髪も、すべてが、愛おしいよ・・・・」
鏡の中の私は、自分でもうっとりとするほど美しい。
「本当に、美しい・・・・」
そう。完璧な美しさ。
そして彼はこの美しさの、虜。
彼の視線が、いいえ、何人もの男の視線が私の体のすみずみにまで注がれて、私はその視線のシャワーの中で、よりいっそう輝きを増すの。
さらに、美しく。
美しく・・・・あ・・・・ら・・・・いや、いやっ!
やめてっ、このままで、いたいの、お願い・・・・。
鏡の中の私は、本当の私。
美しい私は、どこにもいない。
彼も、大勢の男達も。
私は鏡の前で、ひとりぼっち。
どこからか、クスクスと笑い声が聞こえる。
1人、2人と、きれいに着飾った男や女。
私を見て、指さして笑っている。
「なに、あの子。変な顔。」
「かわいそうだな、女なのによ。」
見ないでよ・・・・見ないでっ。ほっといてっ!
どうせ私は・・・・
ああ、美しくなりたい。
あの、完璧なまでに美しい私に。
どうして私は、こんなに不細工なんだろう?
お父さんに似たって、お母さんに似たって、もっときれいになれたはずなのに。
なんで?
この頃の女の人は、みんなきれいだし。
私みたいに不細工な女の人、見たことない。
なんでみんな、あんなにきれいなんだろう?
どうして私だけ・・・・不細工なんだろう?
ずるい。
不公平だわ。
だってそうでしょ?
きれいな人なんて、それだけで取り柄じゃない。きれいなだけで、もう充分に長所になるじゃない。
きれいな人は、それだけで好きな人と両想いになる確率、高いのよ。ううん、向こうから一方的に好かれる確率だって。
それに、一目惚れされる確率だって、不細工な人よりずーっと、高い。
きれいな人は、性格がいいと、『きれいなのに性格もいい』って言われるわ。たとえ性格が悪くったって、プラスマイナス0よ。
それがどう?
不細工な人がいくら性格良くったって、それは当たり前なのよ。
性格まで悪かったら、『不細工なくせに、性格まで悪い』って言われるわ。どう転んだって、0より上には決してならないの。
天は人に二物を与えず、なんて絶対に嘘。
神様は決して平等なんかじゃないわ。えこひいきしてる。
愛している人間はとことん愛するけれど、そうでない人間は、平気で崖から蹴落とすんだわ。
だってそうでしょ?
与えられている人には、美貌から才能からなにからなにまで与えられていて、そうでない人からは平気で全てを奪ってく。時には、命さえも。
私は、命を奪われていないだけマシなのかもしれない・・・・いえ、違う。
きっと神様は、生きながら苦しんでいる私を見て、お腹を抱えて笑っているんだわ。愛すべき美しい人間達と、一緒に。
ああ、あの人のそばにいられたらなぁ。
でも、ここから見ているだけでも、満足だわ。あの人がいるから、こうして毎日通ってこられる。あの人を、一目見たいから。
どうせ私のことなんか、眼中にないんだから。
それに、あの人には、あの人のそばには、きれいな人がお似合いだもの。私なんかじゃ、ダメだもの。釣り合いがとれないったら、ありゃしない。
あっ・・・・
目が、合った。
でも、気のせい、よね?
だって、あの人が私のことなんて、見るはずない。きっとそうよ、きっと私の上を素通りして、違うところを見たんだわ。そうに決まってる。
本当は私だって、みんなみたいにあの人としゃべりたい。好かれなくたっていい。そばで、もっとそばであの人を見ていたい。もっとそばであの人の声を聞いていたいし、もっとそばであの人のすべてを感じていたい。
もっと私が、美しかったなら。
「やっと側に来てくれたね。」
鏡の中で優しげに微笑んでいるのは、あの人。
「ええ。」
そしてその隣に寄り添うように立っているのは、完璧なまでに美しい、私。
「ずっと、待ってたんだ。君を。」
「嬉しいわ。私もずっと、あなたを見ていたの。」
彼の手がそっと、私の手を包み込む。
「ずっと、この手に触れたかった。この髪に、この頬に。そして君を」
優しく、抱きしめられる。
「こうして抱きしめたかった・・・・もうずっと永く、とても強く。」
「私も・・・・私もよ。」
鏡の中の彼の目が、優しげに揺らめき、私の瞳をとらえる。
「もうずっと永いこと、君を見ていた。ずっと君のことが」
・・・・?!
鏡の中には、私だけ。
いつもの見慣れた、本当の私。
「ずっと君のことが・・・・」
誰?あなたの側にいるその女は、誰なの?!
「君のことが・・・・」
やめてっ!その先は、言わないでっ!
「好きだったんだ。」
やめてっ!私の前で言わないでっ!!
お願い・・・・
そうね。
あなたもやっぱり、そうなんだわ。
当たり前よね。不細工な女より、誰だってきれいな女の方が好きに決まっているわ。
当然のことよ、仕方がないこと。
どうせ私は、こんなだし。
“どうしてそんなに、必要以上に自分を卑下するの?”
男が1人、不思議そうな顔で私を見ている。
あなた、誰?
“俺は、ユーリ。”
ユーリ?
“君は、自分を卑下しすぎだよ。”
ほっといてよ、あなたには関係ないわ。あなたなんかに私の気持ちは分からない。
“ああ、わからないよ。俺は自分が好きだからね。自分を好きになれない奴の気持ちなんか、わからないさ。”
なっ・・・・
“考えてもみろよ。自分のことさえ好きになれない人間を、いったい他の誰が好きになれるんだよ?”
だって、私はこんな不細工なんだもの。夢の中では、あんなに美人になれるのに。
“君は、間違ってるね、根本的に。”
なにが間違ってるのよ?
“人間はね、特に女の人は、誰だってどんな人だって、きれいになれる要素を持っているんだ。もちろん君だって、きれいになれる。だけど君は自らその要素を殺してしまっているよ。”
そんなの、嘘よ。きれい事言わないでよ!
“嘘じゃないさ。俺は、嘘はつかない。”
じゃ、なんで私は・・・・
“性格は顔に出るって、言うだろ?心がきれいであれば、精神的に充実した生活を送っていれば、その人はとても輝いて見える。とても、美しく見える。反対に、どんなに整った顔の人でも、性格が悪ければ、その人は醜く見えるのさ。これは嘘でも作り話でもない。ほんとのことさ。”
じゃあ、私は・・・・
“君は今、恋をしているね?”
えっ!なっ、なんでそんなことっ。
“俺はね、夢の世界も現実の世界もみることができるんだ。”
・・・・あなた一体・・・・?
“もったいないよ。恋をしてせっかくきれいになろうとしているのに、君の心がそれを阻んでいる。”
え?
“いい恋っていうのは、人を美しくするんだ。そして今、君はいい恋をしている。それなのに、必要以上に自分をおとしめている君の心が、それを台無しにしている。見てごらん。その醜い心が、顔に出ている。”
鏡の中には、不細工な私の顔。
これは、私の心・・・・?
“もっと、自信を持つんだ、自分に。自分を好きになるんだ。誰からも、自分からさえ好きになってもらえない自分なんて、かわいそうだろ?”
それはそうだけど。でも私、自信なんて・・・・。
“美しくなりたいんだろ?”
ええ・・・・。
“俺がその願い、叶えてやろうか。”
えっ?
“と言うか、君の願いを叶える手助けをするだけだけど。”
・・・・どうやって?
“鏡を見てごらん。”
鏡の中には、いつもの私。・・・・あら?
気のせいか、いつもより少し、きれいになったような気がする。
“鏡の中の君は、本当の君の姿だ。どう?少し、きれいになっただろ?”
ええ、なんとなく、だけど。
“これから毎晩、夢の中でこうして鏡を見てごらん。きっと、自分に自信が持てるようになってくるよ。たとえそれが、少しずつでも。”
はっ・・・・夢?
おかしな夢だった。夢で説教されたの、初めてだわ。
でも、妙に心に残る、あの人の言葉・・・・ユーリ。
自信、か。
自分を、好きになる・・・・。
きれい事だわ、そんなの無理よ。だって私はこんなに・・・・?!
えっ?
いつもより少し、ほんの少しだけど私、きれい・・・・
あの夢は、本当なのかしら?
こうして私、少しずつきれいになっていけるのかしら?
そしてあの人と、しゃべれるようになれるの?
いつかはあの人の側にいられるように、なれるのかしら?
自分に自信を持てば・・・・自分を好きになれれば・・・・
鏡の中には、本当の私の姿。そして、私の心のすべて。
でも、以前のように不細工じゃない。
少しずつ、ほんの少しずつ。でも、確実にきれいに・・・・美しくなってきている。
そして、そんな自分に私は自信が持てるし、自分を好きになり始めている。
ああ、ユーリの言ったことは本当だった。
“当たり前。俺は嘘はつかないよ。”
ユーリ、ありがとう。私・・・・
“礼には及ばないさ。俺はただ、手助けをしただけだよ。”
でも、あなたがいなければ私、今でもきっと不細工だった。あなたのおかげなの。
“違うね。君には元から美しくなる要素があった。君は自分の力で美しくなったんだよ。”
そんなこと・・・・
“でも、気をつけて。美しさは両刃の剣だ。過ぎたるは及ばざるがごとし、という諺もあることだし。今の謙虚な気持ちを忘れないで。”
えっ・・・?
“いつまでも、心美人でいてください、ってことさ。”
あっ、また目が合った。
絶対あの人、私を見ている。
私に、気がある?
そうかもしれない。だって私、こんなにきれいになったんだもの。
前の私からじゃ、想像もつかないことだわ。
きれいになるって、こんなに楽しいことだったのね。まるでいつかの夢のよう。
人の視線がこんなに気持ちいいなんて、思いもしなかった。
私を見つめる多くの視線が、心地いい。
私は美しい。美しくなったんだわ。
私はもう、前の私じゃない。
私は誰よりも、美しいの。
みんなが私を見る、それがなによりの証拠。
あの人だって、絶対に私が好き。そうに決まっている。
だって私は、美しいんだもの。
あ、あの人だわ。なに、話しているのかしら?
もしかして、私のこと?
「本当に変わったよな、彼女。」
「ああ、最近随分きれいになったよなぁ。」
「うん、でも・・・・。」
「なんだよ?」
「俺は、前の彼女の方が好きだった。」
・・・・・・・・?!
どうして?どういうこと?
なんなの、あの人。
昔の私の方が好きだった、なんて!
あの人、趣味悪い、悪すぎる。
だいたいなんのために、私がきれいになったと思ってるの?
なんなのよ、どうすればいいの?
ねぇ、私は、どうすればいいのよ、ユーリ・・・・
“だから言っただろ?美しさは、両刃の剣だって。”
なによ、それ。
“彼は・・・・君の恋した彼は、どうやら女を見る目があるようだね。”
は?どこがよ。
“彼は、上っ面だけで人を判断するような人間じゃないってことさ。今の君は、どうやら彼には不細工に見えるらしい。”
バカ言わないでよ。今の私が不細工だったら、前の私はどうなっちゃうわけ?
“俺が言ってるのは、君の心のことだよ。”
・・・・?
“心は、性格は必ず顔に出る。今の君は、前の君よりずっと不細工だ。”
なっ・・・・
“見てみろ。これが今の君だよ。”
嘘・・・・嘘よっ!私こんな不細工じゃ・・・・
でも、鏡に映っている私は、誰がどう見ても・・・・
“君は、上っ面の美しさを求めすぎるあまりに、心の美しさを手放してしまったんだな。”
そ、んな・・・・
“残念だよ。君はもっと美しくなれると思っていたのに。”
・・・・私、どうすれば・・・・
“もう、俺に手助けできることはないよ。さよなら。”
待って、ユーリっ!おいていかないでっ!
鏡の中には、本当の私。
そして私は、ひとりぼっち。
どこからか、クスクス笑う声がする。
「バカね、あの子。」
「ああ、まったくだ。」
いいの、もう。ほうっといて。
どうせ私は・・・・
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