正夢
ああ、もういやだ。
なんで俺ばかりがこんな目に遭う?
俺が、何か悪いことをしたか?
会社に行けば、上司にはいびられ、部下にはバカにされる。
得意先との接待、って言ったって、酒の飲めない俺にはただただ苦痛なだけだ。
だいたいなんで接待というのに酒が必要なんだ?
それでも我慢して飲んで。
気分が悪くなればまた、上司に嫌みのひとつも言われる。
だったら、俺を接待の場になんか連れていかなければいいんだ。
訓練すれば、飲めるようになるだと?冗談じゃない。
そんなことは、酒の飲めるやつらの言い分だ。
それに俺は、そんなつらい思いをしてまで飲めるようになりたいなんて思わないね。
ああ、会社なんて、やめてしまいたい。
きっと俺は、会社という組織には向いてない人間なんだ。
それでも、家庭というものを持っている以上、そんな無責任なことはできない。
俺には、家族を食わせていかなければならない、という責任があるんだ。
そうだよ、俺がこんなつらい思いをしてまで会社にしがみついているのは、家族のためなんだ。
それなのに。
なんなんだ、あいつらは。
感謝の気持ちのかけらもない。
あいつはあいつで、毎朝布団の中から「行ってらっしゃい」だ。
それでも起きていればまだいい方。時にはぐっすり寝入っていることだってある。亭主が会社に行くっていうのに。
娘は娘で親を親とも思わない態度だ。まるで1人で大きくなったような顔をして。
「くそおやじ」だと?お前はその「くそおやじ」の娘なんだよ。
そして、「くそおやじ」に食わせてもらってるんだ、馬鹿者。
「うるさい」だと?
どこの世界に、子供を心配しない親がいるんだ。毎日のように朝帰りしやがって。
どこの馬の骨ともわからない変な男に騙されているんじゃないかと心配しているのに、「うるさい」だと?
まったく。
まだまだ子供のくせに口先ばっかり達者になりやがって。
・・・・昔はかわいかったのになぁ。
ああ。会社でストレスが溜まり、家でも安らぐことがなく・・・・俺の人生っていったい何なんだ?
俺は、こんな人生を送るために生まれてきたのか?
“悲観してると、精神衛生上良くないんじゃない?”
だっ、誰だ、お前は!
“これは失礼。俺は、ユーリ。”
ユーリ?
“ま、簡単に言うと、夢を司る者、になるかな。”
夢を、司る?
“そう。俺は、夢と現実の間に住み、夢を司る者。”
はぁ・・・・で、何か用でも?
“用、と言うか。あんた、だいぶ精神的に疲れているみたいだし。”
ああ、そうだ。確かに疲れている。
“無理も無いとは思うけど。会社でも家でもあんなんじゃ、ね。”
あんなって、お前、知っているのか?
“言っただろう?俺は、夢と現実の間に住む者なんだ。現実だって、見えてるさ。”
そうか。では君は、わかってくれるか?この私の惨めな気持ちを。
“わからなくも、ない。でも、ただ思い詰めてたって、何も変わらない。もっと明るい気持ちで生きないと、万事いい方向になんて進まないよ。”
しかし、考えてもみてくれ。こんな状態で一体どうやって明るい気持ちになれると言うんだ?
“溜まっているストレスを発散させれば?”
そんなことはわかっている!だが、私は酒も飲めない。ギャンブルにも興味がない。性格上、女遊びもできん。こんなんでどうやって発散ができるんだ?
“夢、だよ。”
・・・・夢?
“そう。夢で、ストレスを発散すればいいのさ。”
夢で?
“うん。その為に俺は、あんたの所へ来たんだ。”
でも、どうやって?
“それは、あんた次第だ。”
え?
“ああ、もう時間だ。ではまた、次の夢で。”
あっ、おいっ、待てっ!
はっ・・・・夢、か。
夢で、ストレス発散、か。
はっ、ばかげた話だ。夢が自分でコントロールできるわけがない。
単なる夢、か。
ああ、今日もまた始まってしまった・・・・。
「何度言ったらわかるのかねっ!まったく君は、同じ間違いを何度も何度も・・・・私の話を聞いていなかったのかっ!」
「いえ・・・・申し訳ございません・・・・・。」
はぁ・・・・また怒られた。でも、この間はこんなこと言ってなかったのに。
「君、すまないがこれ、やっておいてくれないか?」
「えー、俺今これやってるんですよ。」
「じゃあ、悪いがちょっと教えてくれないか。これは、どうやってやればいいんだい?」
「・・・・っ、この間も教えたじゃないですか。これはこうやって、こうです。まったく、これだからオヤジは・・・・。」
くそーっ!
・・・・いかんいかん。我慢だ。ここで事を起こしては、クビにされるだけだ。
「ただいま。」
「あら、早かったのね。」
「早くちゃ悪いか?」
「そんなこと言って無いじゃない。」
「腹減った。飯は?」
「え?食べるの?いやだわ、何にも作ってないのに。ラーメンでも食べてよ。そこに入ってるから。」
「・・・・わかった。あっ、おい。どこ行くんだ、こんな時間に。」
「いちいちうるさいなぁ。お父さんにはカンケーないでしょ?ほっといてよ。」
「こら、待ちなさいっ!まったく・・・・おい、お前もあいつに何か言えよ。こんな時間から出かけるなんて。おいっ、聞いてるのか?」
「えっ?なに?もう、うるさいわね。テレビ聞こえないじゃないのよ。ラーメン見つからないの?もうっ、1人じゃ何にもできないんだから・・・・。」
はぁ・・・・疲れた。
何なんだよ、一体。
俺って、何なんだろう?
何のために生きていて、何のためにここにいるんだ?
“おやおや。さらにストレスが溜まっちゃったみたいだね。”
あ、ユーリ。
“さ、溜まったストレスを吐き出すとしますか!”
えっ?今から?
“そう。”
どうやって?
“そうだな、こういうのはどう?あんたがどうしようもなく怒りを覚える人に、その怒りをぶつける、とか。”
はぁ・・・・。
“じゃ、怒りを覚える人を思い浮かべて。”
ああ、たくさんいるけど・・・・とりあえず・・・・わっ!
ぶっ、部長っ・・・・
“会社の上司だね。じゃ、その人に怒りをぶつけてみてよ、思いっきり。ああ、心配することはないよ。ここはあんたの夢の中だし。どうぞご自由に。”
自由に、していいのか?ほんとに、いいのか?!
“ああ、俺は嘘はつかないよ。”
じゃ・・・・いくぞっ。
テメーなんかに俺の気持ちが分かるか、このアホッたれーっ!!
“どう?”
サイコーの気分だ!すっきりしたよ。
“それは良かった。”
これからも、できるか?
“あんたがお望みとあらば。”
じゃ、頼む。
“承知しました。”
ああ、何て清々しい目覚めなんだ。
久しぶりだなぁ、こんな気分は。何年ぶりだろう。
こんなに張り切って会社に来たのも、久しぶりだ。いいもんだなぁ、溜まったストレスを発散できるっていうのは。
「おや、なんかいつもと違うねぇ。」
「あ、部長。おはようございます。」
当たり前だよ、夢の中であんたをこてんぱんにやっつけてやったんだからな。
「何かいいことでもあったのかね?」
「いえ、なにも。」
「しかし、今日はえらく張り切っているじゃないか。その調子で、今晩も頼むぞ。」
「・・・・は?」
「接待だよ。いやぁ、今晩は楽しみだ。期待してるぞ。」
・・・・悪夢だ・・・・。
ちっくしょぉー、部長のヤロウ、今に見てろっ!今晩もこてんぱんにのしてやるっ!
「ただいま・・・・あん?」
もう寝てやがんのか?
「あら、お帰り。遅かったのね。じゃ、私寝るから。」
「おい、ちょっと水、一杯くれないか?」
「自分で飲みなさいよ。そこにコップあるでしょ?」
「お前なぁ、亭主が働いて帰ってきたんだぞ。その態度は無いだろう?」
「なに言ってんのよ、好きで飲んできたくせして。」
「好きでって・・・・お前っ!」
「明日も会社なんでしょ?早くお風呂入って寝たら?」
・・・・こんのアマっ!!
ユーリっ!
“お呼びかな?”
今日も頼む。
“OK。じゃ、昨日と同じように怒りをぶつけたい人を思い浮かべて。”
・・・・亭主を亭主とも思わない女・・・・思い知らせてやるっ!
“では、後はご自由に。”
ああ、ありがとう。
さて、どうしてくれようか・・・・?
本当にこの頃、えらく調子がいい。
ストレスが発散できると、こんなにも違うものなのか?
体調だけではなく、気持ちの面でもいい調子だし、気のせいか物事がいい方向に転んできているような気もする。
でもなぁ・・・・俺がストレスを発散できるのは、夢の中だけなんだよなぁ。
まぁ、それだけでも前と比べれば雲泥の差なんだが。
しかし、どんなに俺が夢の中で部長にたてつこうが女房に怒鳴り散らそうが、現実の俺はちっとも変わらない。いっそ夢がそのまま現実になってくれたら。
そんなことは、不可能だろうが・・・・。
“不可能ではないよ。”
ユーリ・・・・それは、本当なのか?
“あぁ。だけど・・・・。”
なんだ?
“夢をそのまま現実にしてしまう、つまりあんた方の言う『正夢』にしてしまうと、夢における『絶対的な安全』、というのがなくなってしまうんだ。”
どういうことだ?
“つまり、夢の中で、不注意でちょっとしたケガをしても、それはすべて現実のこととなってしまう、ということだよ。”
なんだ、そんなことか。それは現実に生きているときだって、同じことだろ?
“まぁ、そうだけど。夢の中っていうのは、予想もつかないことがよく起こるからね。気も緩みやすいし。”
大丈夫大丈夫。だから、な?頼むよ。
“そんなにお望みなら、お引き受けするけど。”
頼む。
“承知しました。”
「おはようございます・・・・部長っ、どうしたんですか、その顔?!」
「ああ、なんだかわからんが、気づいたらこうなってたんだ。昨日、飲み過ぎたのかもしれんな。」
・・・・?!
そうだ、これは・・・・俺の夢が正夢になったんだっ!
初めてストレス発散したとき、標的は部長だった。
すごい、すごいぞユーリ!
ははっ、いい気分だっ!
なんて素晴らしいんだ。
これからの俺の夢はすべて、現実のものとなる。
なんか、希望がわいてきたぞ。
今まで悲惨だった俺の人生、これからどうしてくれよう?
とりあえずこうして、部長を押しのけて、俺が部長になる。
へぇー、部長席から見る窓の外って、結構景色いいんだ。知らなかったな。
それにこの椅子の座り心地、ヒラの椅子とは大違いだ。
どれ、この下にはなにが見えるんだ?
ああ、表通りか。それにしても、いろんな人が歩いているもんだなぁ、あくせくと。
・・・・あっ!うちの、娘?!
なんだあの男はっ!俺より年上じゃないか!
腕なんか組みやがって・・・・おいっ、そこの男っ!俺の娘に手を出すなっ!
おいっ、聞いているのかっ・・・・
うわっ!!
はっ・・・・夢、か。
それにしても、いやな夢・・・・夢?!
これは、正夢。ということは・・・・?!
俺は、死ぬのか?
いやだ・・・・いやだっ!
「あなた・・・・あなた起きて。時間よ。」
「ん?ああ・・・・え?なんだお前、起きてたのか?珍しいな。」
「ええ。あなたの言ったとおりだったわ。私が間違ってた。これからはちゃんと妻のつとめを果たすつもり。さ、朝御飯できてるわよ。これから1日働いてもらうんだもの、ちゃんと栄養取ってもらわなくちゃね。」
・・・・ああ、これは俺のストレス発散2日目の夢。
やはり、すべて正夢になっている・・・・
ユーリ・・・・頼む、助けてくれ。
“お呼びかな?”
俺、夢の中で窓から落ちたんだ。
“そのようだね。”
俺、死ぬのか?
“あの高さじゃ、まず助からないだろうね。”
そ、んな・・・・。じゃ、正夢を取り消してくれ!
“承知しました。”
えっ!できるのか?!
“ああ、できるよ。今晩の夢からならね。”
今晩?!それじゃ、意味ないじゃないかっ。
“そうだろうね。”
そうだろうね、って・・・・俺が言っているのは、俺が窓から落ちた夢からのことだ。あの夢から正夢を取り消して欲しいと・・・・。
“それはできない。”
なんでっ!
“あんたが見た夢によって、あんたの人生はもう既に決まっているんだ。それを今更変えることなんて、できない。”
そんな・・・・
“それに、俺は言ったはずだよ。夢を正夢にしてしまうと、夢の中での絶対的な安全、というのは無くなってしまうってね。それでも、と言って望んだのは、あんただ。”
しかし・・・・
“もう、残り少ない、決められた人生を生きて行くしかないよ。”
そ、んな・・・・
これからやっと明るい人生を、生きて行くはずだったのに・・・・。
あと残り5日。
でもだからって、好き勝手できるわけじゃない。
なぜなら俺は、俺の見た夢の通りに行動しなければならないから。
・・・・これじゃ、まるで、飼い殺しだ。
せめて夢だけでも、いい夢を見たい。
・・・・これぐらいは許されるだろう、ユーリ。
頼むよ、お願いだ・・・・。
“おやすいご用だ。”
ありがとう。
“残り少ない期間ではあるけど、俺が用意した最高の夢で、目いっぱい楽しんで。”
ああ、そうするよ。
ありがとう、ユーリ。
“どういたしまして。”
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