第6話 食
いやだ。学校、行きたくない。
なんで、こんなことするの?余計なお世話だわ。
何が身体検査よ。
関係ないじゃない、私が何センチあろうと、何キロあろうと・・・・。
「やー、もう、あたし太っちゃった。きっと2,3キロ増えてるよ。」
「あたしもー。休み中食べてばっかだったし。あー、もう、ダイエットしなきゃ。」
「ほんと、やよねー、食べたらすぐ、太っちゃうんだもん。」
何よ、みんな心の中じゃそんなこと思ってもないくせに。
私の前でそんなこと、言わないでよ。
なにが、太っちゃったよ。全然太ってなんか、ないじゃない。やせすぎよ。やせすぎ。
私と比べたら、全然・・・・
食べたい、でも、やせたい。
やせたい、でも、食べたい。
一体どうすれば、やせられるの?
“そんなに、やせたいの?”
あなた、誰?
“俺は、ユーリ。”
ユーリ?
“そう、夢の中に住む者さ。”
夢の中に?
“そう。で、君はそんなにやせたいの?”
うん、やせたい。
“なんで?”
なんでって、だって私、太ってるんだもの。
“そうかな。”
そう、私、太ってるの。
“じゃ、太ってるとして、太ってることって、そんなに悪いことかい?”
悪いとかいいとかじゃなくて、いやなの。
“なんで?”
なんでって、だって、女の子はみんな、やせてるわ。やせてる方が、かわいいもの。
“そうかなぁ?”
そうよ。だから私は、やせたいの。
“じゃ、君の願い、叶えてあげるよ。”
え?
“やせたいんだろ?”
うん、そうだけど。どうやって?
“そうだな、やせるためには、より多くの運動をするか、食べる量を抑えるか、どっちかだ。”
私、運動苦手・・・・。
“じゃ、食べる量を抑える、という方向でいいね?”
うん。とりあえず、甘いものを食べられないようになりたい。
“甘いもの?”
うん。私、甘いものが大好きで、ついつい食べちゃうの。気づくと、食べてる。
だからそれが無くなれば、少しはやせると思うから。
“了解。甘いもの、だね。”
できるの?
“当然。”
ほんと?!
“俺は嘘はつかないよ。じゃ、目覚めてからをお楽しみに。”
えっ、ちょっと!一体、どうやって食べられなくするのよ・・・・?
「あー、今日の体育疲れたね。なんか、お腹空いちゃった。」
「あたしも!なんか食べてこうか?」
「うん、いいね。・・・あっ。」
「どうしたの?」
「なんでもないっ、じゃ、行こうっ!」
ほんとに、ほんとに甘いもの、食べられなくなってるのかな・・・・?
「あたし、あんみつ。」
「あたしはクリームみつまめ。」
「じゃ、私は、チョコレートパフェ。」
あの夢は、ほんとに、本当のことなのかな?
「やっぱ、疲れたときは、甘いものだよね。」
「うん。おいしー。あれ?食べないの、パフェ。」
「えっ、食べるよ、食べる!いただきます・・・・・っ?!」
な、なに、これ・・・・気持ち悪いっ!!
「どうしたの?手、止まってるよ?」
「だって、だってこれっ!・・・・あれ?」
さっきまであんなに、虫がうじゃうじゃいたのに・・・・
「どうしたの?」
「ん、なんでもない。さ、食べよっ。・・・・っ?!!!!」
・・・・やっぱりいるっ!虫、むしっ!!!
パフェの中が虫だらけっ!!
「ちょっと、どうしたの?ねぇっ!」
彼女達には、見えないの?あっ!もしかしてこれが、ユーリのやり方?!
じゃ、この大福も、今は大福だけど、私が食べようとすると、何かになるのかな・・・・あ゛っ!!
やっぱり、虫だらけっ!気持ち悪い・・・・
確かに、食べる気は失せる。
でも、お腹空いた。なんか食べたい・・・・
「あー、お腹空いたーっ。」
「あたしもあたしも。ねぇ、寄ってく?」
「さんせーい。あたしあそこのあんみつ大好き。」
「じゃ、寄ってこう!・・・・あれ?行かないの?」
「え・・・・うん。私は、いいや。」
「どうしたの?この頃甘いもの食べないね。」
「どっか具合でも悪いの?」
「ううん、そんなんじゃない。ちょっと、ダイエット。」
“調子はどうかな?”
ユーリ!
うん、おかげさまで、甘いものは全然食べなくなった。最初はちょっとびっくりしたけど。
“それは、悪かったね。でも、生半可なことじゃ、食欲というのは制御できないし。ちょっと手荒過ぎたかな?”
ううん、いいの。おかげでちゃんと制御できてるから、甘いものに関しては。
でもね・・・・
“まだ何か?”
まだもなにも、全然やせないのよ、私。ちゃんと甘いもの食べてないのに。
やっぱり、甘いもの食べないだけじゃ、ダメなのかな?
“そうそうすぐには、やせないんじゃないかな。”
そうかなぁ?やっぱり、甘いもの食べない反動で、他のもの食べちゃうからいけないのかなぁ?
”それはあるかもしれないね。”
じゃ、他のものも食べなくすればいいんだ!
“それはどうかな?”
だって、そうでしょ。食べなきゃちゃんとやせられるもの。
ねぇ、ユーリ。甘いものだけじゃなくて、食べ物全部、食べなくすること、できる?
“できるけど・・・・”
なに?
“人間は、生きていくためには、食べなければならないんだ。必要なエネルギーを補うために。それを全部絶ってしまう、ってのは・・・・”
平気よ、やせたらまた元に戻してもらえばいいもの。そうでしょ?
“まぁ、そうかもしれないけど。”
大丈夫よ。余分なエネルギーがこんなに体に蓄積されているんだから。少しの間くらい、食べなくたって死にはしないわ。ね。お願い、ユーリ!
“わかったよ。”
ありがとう、ユーリ。
「おはよう。うわぁ、いい匂い。」
「おはよう。ほら、早く食べちゃいなさい。遅刻するわよ。」
「うん。」
お腹空いた。でも・・・・うわっ、やっぱり、食べられなくなってる!
「どうしたの?食べないの?」
「う、うん。行ってきます。」
ほんとに、食べられなくなってる、すごいっ。
まぁ、あんなに虫をウジャウジャわき出されたら、どんなにお腹空いてたって、食べる気も失せるけど。
でも、今度こそ、ちゃんとやせられそう!
「ねぇ、なんか、やせたんじゃない?」
「え?ほんと?」
「うん。顔とか。でも、なんか『やつれた』って感じもする。」
「体の具合、悪いんじゃないの?大丈夫?」
「大丈夫。ダイエットしてるだけだから。」
うれしい・・・・うれしいっ。
『やせた?』なんて言われたの、初めてっ。
なんか、体も軽くなったし。
やせるって、こんなに気持ちいいことだったのね。
今までなんでやせられなかったんだろう?こんなちょっとやせただけで、こんなに気分が変わるなんて。
もっとやせたら、もっと新しい世界が見えるかもしれない!
頑張ろうっと。
“調子はどう?”
あっ、ユーリ。
すごくいい!全然違う自分になったみたい。
“そっか。じゃ、もうこの辺でやめておこう。”
えっ!?やだっ、まだまだやめないわっ。
だってまだ私、太ってるもの。
“だけど、このまま続けるのは危険だよ。”
大丈夫。自分の体のことは、自分が一番よくわかるから。
“ほんとに大丈夫か?”
うん。もっともっとやせるんだもの。
“どうなっても、知らないよ・・・・”
「ねぇ、すごいやせたね。」
「そう?ふふ。ダイエットしてるんだもん。」
「でも、あんまり急にやせると体に悪いって言うよ。」
「大丈夫。自分の体のことぐらい、自分でわかる。」
「そうだけど。あんまり無理なダイエットしない方がいいよ。」
余計なお世話よ。私がダイエット成功したこと、ひがんでるんでしょ。
ふふん。いい気味。
今に見てなさいよ。もっともっとやせて、みんなを驚かせてやるんだから。
誰よりも、やせてやるんだから。
そうすればもう、身体検査なんて、怖くないっ。
「まったく、面倒くさいよねぇ、持久走なんて。」
「ほーんと、ただ走ってるだけだし。」
「これだったら、100メートル10本走った方がよっぽどいいよねぇ・・・・ちょっとっ?!」
「えっ・・・・あっ。」
目の前、真っ暗。頭がぐらぐらする。
私、なんか・・・・変・・・・
「ちょっと、大丈夫?ねぇ・・・・先生、先生っ!」
あれ?ここ、病院?
なに?この管・・・・点滴?
いやっ!
こんなのしたら、太っちゃうっ!
なんなのっ、これ!
なんでこんな・・・・
“だから言ったろ?”
ユーリ!
これ、なんなの?私、どうしたの?
“君は、極度の栄養障害で倒れて、この病院に運ばれたんだ。”
栄養障害?
“そう。だから、これ以上は危険だって言ったんだ。”
だって・・・・。
“もう、気が済んだだろう?”
えっ?
“元に戻すよ。”
いやっ。まだだめっ。
“まだわからないのか?これ以上は命に関わるんだ。”
だめったら、だめっ!
だって私、まだまだ全然やせてないものっ。
“十分やせたじゃないか。君は全然、太ってなんかないよ。”
嘘っ。気休めなんて、言わないでっ。
“俺は嘘はつかないって言ったろ?”
でも、いや。
お願い、まだやめないで。
“君がそんなに望むのなら、俺は構わないけど”
うん・・・・ありがとう。
「あら、また全然手を着けないで。どうして食べないの?こんなんじゃ、退院できないわよ。」
「食べたくないの。食べられないの。」
「食べたくなくても、食べなきゃ。病院でちゃんと栄養を考えてくれてるんだから。そうしないと、また点滴になっちゃうわよ。」
「いやっ、点滴はっ!」
だって、太っちゃう・・・・
なんか、体が軽い。
うれしいっ。やっと、やせられた!
やっと私も、標準の体型になれた!
でも、だるい。
体は軽くなったのに、体を動かすのがつらい。・・・・なんで?
“そりゃ、必要な栄養をとらなければ、体は弱るからね。当たり前のことだよ。”
ユーリ・・・・だって、私は食べるとすぐ太っちゃうんだもの。
私が必要な栄養をとると、すぐに太っちゃうのよ。やせるためには、しょうがなかったんだもの。
“でも、もういいだろ?もう、充分にやせただろ?”
うん、そうね。
“じゃ、もう戻すよ。”
・・・・うん。
「はい、今日はちゃんと食べましょうね。」
「うん。いただきます。」
これだけやせたんだもの、多少は太っても大丈夫よね。
それに、これぐらい食べたってそう太りはしないわ。
それにしても、久しぶりのご飯。美味しそう・・・・前はこれが全部虫まみれになって・・・・っ?!
「どうしたの?ダメよ。今日はちゃんと食べなきゃ。」
「う、うん。」
まさか!
そうよ、気のせいよね。
だって昨日ちゃんと約束してくれたもの、ユーリは。嘘はつかないって。
でも・・・・
「もう、しょうがないわね。ダメよ、無理にでも口に入れないと。ほら、口あけて。」
「う、ん・・・・やっ!いやっ!!」
「どっ、どうしたの・・・・」
うそっ?!いやっ!
なんで?!
なんで・・・・食べられない、こんなの、こんな虫だらけのっ!
ユーリっ!
“お呼びかな?”
なんでっ?!
ちっとも元になんか戻ってないわっ。どうしてっ!昨日約束したじゃないっ。
“俺はちゃんと元に戻したよ。”
嘘っ!
だって今日、食べようとしたのに・・・・
“それは俺のせいじゃない。”
どういうこと?
“長く続けすぎたんだ。もう、条件反射のようになってしまったんだよ、食べ物を見たら全て、虫だらけに見えてしまうってことが。”
えっ・・・・じゃあ、もう元には戻れないの?
“戻れないこともないけど、時間はかかると思う。”
そ、んな・・・・。
“俺はちゃんと忠告したよ、これ以上は危険だって。君が自分の意志で決めたことだ。”
そんな・・・・
「・・・・さん、検温の時間・・・・まっ、ダメじゃないですか、点滴外しちゃ。」
やめて、いやなの、点滴は。太っちゃう・・・・。
「あなたは点滴でしか栄養がとれないんですからね。さぁ、じっとして下さいね。」
いやよ、やめて!点滴は、いやなの、お願い・・・・
“このままだと、ほんとに命に関わるよ?”
ユーリ・・・・
“した方がいいんじゃないの?点滴。”
だって、点滴は一番太るのよ。
“太るったって。”
せっかくやせたのに、もう、太りたくない。前の私には、戻りたくない。
“太りたくないって、きついこと言うようだけど、今の君はやせすぎだよ。もっと太るべきだ。それに、前の君だって、そんなに太っちゃいなかった。”
そんなの、嘘よ。私は・・・・。
“いいや、嘘じゃない。それに。”
・・・・それに・・・?
“女の子はね、少しぐらい太ってた方がかわいいんだよ。”
・・・・?!
「検温の時間です。あら、今日はちゃんと点滴してるんですね。・・・・っ?!先生、先生っ!」
“まったく君は、頑固だな。”
うん。
“いいのか?こんなことで一生を終わらせて。”
いいの。自分で決めたことだもの。それに、願いも叶ったし。
“やせたこと?”
そう。だって私、一生太ったままで、やせられないと思ってたんだもの。
嬉しかった、やせられて。
“それはよかった。”
うん。ありがとう。
・・・・私、なんだか眠くなってきちゃった。変ね、もう眠っているはずなのに。
“これから本当の、永い眠りにつくんだよ。”
永い、眠り?
“おやすみ。・・・・いい夢を。”
うん。おやすみ、ユーリ・・・・
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