第4話 子供
「あたしには問題はないのよ。ちゃんと検査もしてもらったんだから。問題ありませんって言われたんだから。」
「じゃ、タイミングが悪いんじゃないのか?」
「あたしの体よっ。自分の体のことくらいわかるわよ。ちゃんと基礎体温もつけてるもの。間違いないのよ。」
「じゃ、しょうがないだろ。」
「そんなことないっ。あなたに問題があるのっ。ちゃんと検査受けてよ。」
「やだよ、なんで俺が。」
「欲しくないの?赤ちゃん。」
「できないもんはしょうがないだろ。」
「ねぇっ。」
「仕事で疲れてるんだ。もう寝る。」
「もうっ!」
いつも、こう。
最近、ずっとこんな感じ。
友達だって、もう何人も【ママ】になってるのに。
子供、欲しい。
欲しいなぁ、赤ちゃん。
なんであたしには、できないんだろ?
なんで?
・・・彼も病院行って検査受けてくれればなぁ。
子供、欲しい。赤ちゃん、欲しい・・・
“願い、叶えてやろうか?”
誰っ?!
“俺は、ユーリ。”
名前なんて聞いてない!あなたいったい、何者なの?!何でここにいるのっ?!ここは私の家・・・
”そ。あんたはあんたの家で、今眠ってる。”
眠ってる?ってことは・・・・
”ここは、あんたの夢の中だ。”
あたしの、夢の中?・・・・で、あなたは、ユーリは一体、何者なの?
“俺は、夢の世界の住人さ。”
なんだかおとぎ話みたい。夢の世界だなんて。
“おとぎ話、ねぇ。ま、捉え方は人それぞれだと思うけど。そんなことより、あんたの願い、叶えてやろうか?”
あたしの願い?
“そう。ずーっと願っていたじゃないか。”
それって、赤ちゃんのこと?
“そうさ。子供が欲しいんだろ?”
そう、そうよ。だって、あたしにだけできないんだもの、赤ちゃん。
“生物の生き死にってのには、運命、ってやつが大きく関わってるからね。それでも強く願う、ってのが、人間の性なんだろうな。そんなに欲しいのか?子供が。”
もちろん!
“簡単に言うけど、子供を産み育てるってのは、そう簡単なことではないよ?”
そんなの、分かってる。
“それでも、欲しいのか?”
だから、欲しいわよ!って、あなた、あたしに子供でも授けてくれるつもり?
“あぁ、あんたが望むのならね。”
ほんとにっ?!でも、どうやって?
“あぁ、1つ言っておくけど、現実の世界であんたに子供を授ける、ってことは、さすがにできない。俺が叶えられるのは、あんたの夢の世界で、ってことだ。”
どういうこと?
“つまり、あんたが眠りについてみている夢の中で、あんたの願いが叶う、ってこと。”
じゃ、あたしは夢の中で妊娠するってこと?
“そう。”
で、夢の中で子供を産むの?
“そのとおり。”
その子供はちゃんと育つの?
“もちろんだ。ただ、子供の成長の早さについては、現実の世界とまったく同じ、ということにはならないけどね。”
ふうん・・・・ま、いいや、ちゃんと育つんだったら。でも、ほんとにそんなことできるの?
“俺は嘘はつかないよ。”
じゃ、ほんとなのねっ?!これであたしもやっと【ママ】になれるのねっ!!
“ああ、そうだ。ただ、1つだけ忠告しておく。”
なに?
“夢の中とはいえ、あんたは母親になるんだ。ちゃんと自覚を持って育てることだな。”
わかってるわよ、そんなこと。
“それならばいいんだが。子供にもしものことがあったら、大変なことになるぞ。”
大変なこと?
“夢の中のあんたの子供は、確かにあんたの子供だが、同時に夢の世界の住人全員の子供でもあるんだ。くれぐれも気をつけてくれよ。”
わかったって、しつこいわねぇ。
“これは失礼。じゃ、次回からの夢をお楽しみに。”
「やけに機嫌がいいんだな、今夜は。」
「そう?」
「ああ。昨日とは大違いだぞ。なんかあったのか?」
「まぁね。楽しみなんだ、夢が。」
「夢?」
「そ。夢。じゃ、おやすみ。」
ユーリっ!!
“お呼びかな?”
何これっ、なんでこんなに大きいのよっ、お腹っ!!昨日から数えたって、まだ1日しか経ってないのにっ!
“だから言ったじゃないか、成長の早さは現実の世界とは違うって。”
でも、こんなんじゃ、生まれたってすぐに大きくなっちゃって、あたしのことなんて抜かしちゃうじゃないっ。
“そんな心配することはないさ。ずっとこの早さで成長する訳じゃないからね。”
それならいいけど。けっこう重たいのね、なんだか自分の体じゃないみたい。
“そりゃそうさ、子供の分の体重があるんだから。”
わかってるけど!こんな重たいとは思わなかった。
“その分じゃ、妊娠、出産、子育ての知識なんて、全然ないだろ?”
あたりまえじゃない、やったことないんだもん。
“そんなんで、ちゃんと子育てできるのか?”
できるわよっ、・・・たぶん。
“頼りないなぁ。差し出がましいようだけど、今からでもちゃんと勉強したら?言っておくけど、俺に頼ろうなんて思わないでくれよ?。”
えっ・・・・じゃ、あたしはどうすればいいの?
“今の時代、いくらでも調べる手段はあるだろ。”
まぁ、そうだけど。でも、めんどくさいなぁ。
“・・・・先が思いやられるな・・・・”
「なんだ、これ?えっ、おまえ、もしかして・・・・!!」
「ちがうわよ。できてないわ。」
「じゃ、なんで?」
「勉強しないといけないのよ。なんにも知らないから、あたし。」
「なんにもって、だってお前、妊娠した訳じゃないんだろ?」
「夢で妊娠したのよ。」
「夢で、っておまえ・・・・?」
「もぅっ、うるさいなぁっ!これ知っておかなきゃ、寝れないんだからっ、話しかけないでっ!!」
「・・・・?」
ユーリ・・・・ユーリっ!
“お呼びかな?”
ここ、どこなの?それに、お腹が痛いの・・・すごくお腹が痛いのっ!なんでっ?!
“ここは病院。お腹が痛いのは、陣痛。・・・やれやれ。”
えっ?!じゃ、もう生まれるのっ!
“そういうこと。頑張って。”
頑張って、って・・・・ちょっ、待って、ユーリっ!たすけてっ・・・・痛いっ!!
もう、いやっ、たすけてっ!!
『はい、頑張って。もう少しですからね、お母さん。赤ちゃんも頑張ってるんですから・・・・』
もう・・・・・いやあぁぁっ!
オギャァァァ オギャァァァ
えっ?生まれたっ?!
“おめでとうございます、お母さん。”
ユーリ?
“生まれたよ、ほら。”
あたしの、赤ちゃん?
“元気な赤ちゃんだ。ほら、抱いてあげて。”
うん。赤ちゃん・・・・あたしの、赤ちゃん!
ありがとう、ユーリ。
“礼を言うのはまだ早い。大変なのは、これからだ。くれぐれも、ちゃんと育ててくれよ。”
うん。わかってるわ。
「ねぇ。」
「ん?なんだ?」
「もし、もしよ。子供ができて、男の子だったら、あなたどんな名前がいい?」
「どうしたんだ、昨日から。お前、変だぞ?」
「なんで?いいじゃない、子供の名前くらい考えたって。」
「いいけど・・・・でもなんで男なんだ?」
「だって、男の子なんだもん。」
「はぁ?ま、いいけど。そうだな、翔ってのなんか、かっこいいな。」
「じゃ、それにするわ。」
「・・・・はぁ?」
「おやすみ。」
「・・・・???」
ねぇ、泣きやんでよ、なんで泣きやんでくれないの?ちょっと、翔ったら!
“おっ、やってるね。”
ユーリっ、この子、全然泣きやんでくれないの。
“おむつ、濡れてるんじゃないの?”
え?あ、ほんとだ。もう、めんどくさいなぁ。
“仕方がないさ。小さい子ほど手が掛かるんだから。”
でも、こんなにめんどくさいとは思わなかった。
“最初に言ったはずだ。簡単なものではないって。”
そうだけど・・・・。
“母親の自覚を持って、しっかり育てることだな。”
・・・・。
「おい、寝ないのか?」
「・・・・うん。」
「先に寝るぞ。」
「うん。」
「お前、クマすごいぞ?寝てないのか?」
「うん・・・」
「どうしたんだよ、なんで寝なかったんだよ。」
「だって、めんどくさいんだもん。」
「・・・・・???」
はっ、寝ちゃったんだわ、あたし!ああ、もぅっ、うるさいっ、泣きやめっ!
何なのよ、泣いてばっかり!またおしめ?もう、いい加減にしてよっ!さっさとねろっ、このガキっ!
「おい、お前この頃顔色悪いぞ。クマもずっと消えてないし。大丈夫なのか?」
「うん・・・」
「ちゃんと医者行って診てもらった方がいいぞ。どっか悪いのかもしれないし。」
「うん・・・」
「おい、聞いてるのか?」
「うん・・・」
「今日はちゃんと寝ろよ。」
「・・・・だめ・・・・」
「だめ、じゃない。寝ろ。」
「いや。寝たくないの。」
「だめだ。体壊すぞ。」
「いやっ。もう、いやなのっ!もう、たくさん・・・・・」
オギャァアアア オギャァアアア
これさえいなければ・・・・この子さえいなくなれば、心ゆくまで眠れるのに。
殺す?
まさか。あたしの子よ。
でも、ここはあたしの夢の中。
夢の中で人を殺したって、罪にはならない。
そうよ。
これは単なる夢でしかないのよ。
そう、単なる、夢。
オギャァアアア オギャ・・・・
「行くぞ。」
「え?どこに?」
「医者だ。」
「お医者さん?なんで?どっか悪いの?」
「俺じゃない。お前を診てもらうんだ。」
「あたし?なんで?あたしなんともないよ。もう、大丈夫なんだ。」
「そんな顔色悪くて、大丈夫なはずないだろ。自覚症状がないだけかもしれないじゃないか。」
「違うのよ、ほんとに、大丈夫・・・・」
「いいから、行くぞ。何ともないんなら、それでいい。診てもらうだけ診てもらうんだ。」
「・・・・と、こういう訳なんです。先生、うちのは、どこか悪いんでしょうか?」
「だんなさん、奥さん。これはですね。」
「なんでしょう?」
「おめでたです。」
「えっ?」
「奥さん、妊娠してらっしゃるんですよ。」
「・・・・ええっ!」
「妊・・・・娠・・・・」
「精神の不安定は、そのせいでしょう。」
「やったじゃないか。子供だ、俺達の子供だっ。」
「う、ん。」
「どうした?嬉しくないのか?あんなに子供欲しがってたじゃないか。」
「・・・・あたしにちゃんと、育てられるかな・・・・?」
「なんだ、そんなこと心配してんのか。大丈夫だよ。俺だっているんだ。それに、親がなくても子は育つ、っていうじゃないか。」
「・・・・そうね。あたし達の、あなたの子供だもんね。きっとちゃんといい子に育つわ。」
あの子と違って。
ん-、久々の、安眠。
“大変なことをしてくれたね。”
あっ、ユーリ・・・・
“子供を、殺すなんて。”
だって、あたしの言うことちっとも聞かないし、泣いてばっかりだし、うるさいし。それに、これは夢なのよ。夢で人殺したって、罪にはならないでしょ。
“確かに、現実の世界でいう罪にはならない。だけど、俺は最初にあんたに言ったはずだ。子育ては簡単ではないと。そしてそれはあんたも承知していた。それなのにあんたは・・・・”
うるさいわね、しょうがないじゃない、やっちゃったことは。
“あぁ、しょうがないな。じゃ、これからあんたに起こることも、当然しょうがないってことだな。”
えっ?なにそれ?
“これも、最初に言ったはずだ。子供にもしものことがあったら大変なことになると。そして、子供はあんたの子供であると同時に、夢の世界の住人全員の子供でもあると。”
あっ・・・でも、だって・・・・
“みんな、怒っている。それどころじゃない。恨んでるよ、あんたを。この先何が起こっても、俺は知らないよ。”
えっ、何が起こるの?どうなるっていうのよ、ねぇっ、待って、ユーリっ!
『よくもあの子を・・・・』
『無責任女め・・・・』
『我らの子を・・・・』
『返せ・・・・』
『あの子を返せっ!』
「おいっ・・・・おいっ、大丈夫かっ!」
「はっ、はぁ・・・・うん・・・・」
「また、だいぶうなされてたぞ。お前ほんとに大丈夫か?」
「大丈夫よ。ごめんね、起こしちゃって。」
「ああ、俺はいいけど。ちゃんと寝るようになったと思ったら、今度はうなされて続けて・・・・もう1回、医者行くか?」
「ううん、ほんとに大丈夫だから。」
『返せ・・・・返せっ・・・・』
『あの子を返せっ!』
いやっ、いやぁっ!助けて、お願いっ、もう、やめてっ・・・・ユーリっ!
“だから何が起きても知らないって言っただろ?”
お願い、助けて・・・・
“難しいね。彼らは相当怒ってる。手のつけようがない。”
お願い、お願いよ。このままじゃあたし、どうにかなっちゃいそう。
“子供殺しておいて、よくそんなことが言えるな。”
それは・・・・悪いと思ってる、ほんとに、悪いと思ってるわ。ごめんなさい。だから、助けて!お願いっ、何でもするから!
“何でも?”
ええ、何でもするわ。
“だったら、返すんだな、子供を。”
え?
“彼らは自分たちの子供を奪われたことを怒っているんだ。それも、不当に。だから、怒りを鎮めるには、子供を返すほかない。”
どういうこと?
“あんたには、現実の世界で子供がいるね。今はまだお腹の中だけど。”
・・・・なんで、知ってるの?!
“俺は、夢と現実の間に住む者だからね。現実も見えているのさ。さて、あんたは何でもする、と言ったね?”
ええ、言ったわ。
“じゃ、あんたの子供を、こちらへもらおう。”
えっ!?
“いいね?”
・・・・わかったわ。でも、どうやって?
“それは、こっちにまかせておくんだな。”
えっ、ちょっと・・・・ユーリ?・・・・うっ!
「うっ、はぁっ・・・・あっ」
「どうした・・・・おいっ、どうしたんだっ!」
「お腹が・・・・あなたっ、お腹が、赤ちゃんがっ!」
「おいっ、しっかりしろっ!待ってろ、今救急車呼ぶからな、しっかりするんだぞっ。」
「先生、うちのは・・・・家内はっ」
「ご主人でいらっしゃいますね?」
「はい、そうです。あの・・・・」
「奥様は今、薬で眠っておられます。ただ・・・・」
「ただ・・・・?」
「当院へ運ばれたときには母子共に非常に危険な状態でしたので、母胎の方を優先いたしました。」
「じゃ、子供は・・・・」
「残念ながら・・・・。」
ごめんね、あたしの赤ちゃん。ごめんね、翔・・・・
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