第3話 飛

「まったく、なんてバカなの、あなたは。そんなことしたって飛べるわけないでしょっ。」

「だって・・・・。」

「だって、じゃありませんっ!死んだら、どうするの?!今回もまた骨折だけですんだからよかったものの・・・打ち所が悪かったら、死んじゃうのよっ。」

「でも・・・・。」

「あなたは、そんなにお母さんを心配させたいの?」

「・・・・。」

でも・・・・でも、ね、母さん。

鳥だって最初は飛べなかったんだよ。

一生懸命高いところから飛ぶ練習をして、そしたら、始祖鳥というのになれたんだ。

飛べるように、なれたんだ。

だから、人間だって、僕だって、きっと・・・・


こーんなに、ほら、こんなに気持ちいいのに。

この気持ちの良さを知らないから、みんな僕をバカにするんだ。

きっと、始祖鳥も、他のやつらにバカにされたんだろうな。

でも、僕も負けない。

絶対、飛べるようになってみせる。

ほら、ちゃんと飛べてる。

今回は、大丈夫。今回は・・・・

・・・失敗、かな・・・・

・・・・あ・・・・


「何度言ったらわかるのっ!どうして・・・・どうして、こんなバカなまねばかりするの?あなた、そんなに死にたいの?!」

「違うよ、死にたいんじゃないよ。僕は、ただ」

「飛びたいだけ。もう、母さんその言葉聞き飽きた。確かに、夢を持つのはいいことだわ。素晴らしいことよ。でも、その結果がこれよ。いい?夢にも叶う夢と叶わない夢があるの。わかる?あなたの夢は、叶わない夢。絶対、叶わない夢なの。わかった?」

「・・・・うん。」

「わかったら、もう絶対こんなことしないでちょうだい。母さん、もうたくさんよっ。腕だけじゃなくて、足まで折るなんて、おまけに入院、だなんて。あなたももう、こりたでしょ?」

「・・・・うん。」

「お願いよ、もう、こんなことはしないでちょうだい・・・・。」


ごめん。

別に、母さん泣かせるためにやってるわけじゃないんだ。

死にたいわけでもないし。

ごめんなさい、母さん。

でも。

でもね、それでも僕は飛びたいんだ。

ただ、飛びたいだけなんだよ、母さん。

頑張れば、いつかは飛べる。

僕は、そう信じているんだ。

いつか、大空を飛び回ってみたいんだよ。


“君の願い、叶えてやろうか?”

・・・・誰?

“俺は、ユーリ。”

僕の願い、叶えてくれるの?

“お望みならね。”

キミは僕の願い、知ってるの?

“知ってるよ。”

他の人は、僕の願いは絶対叶わない、って言ってるんだよ。それを、キミは叶えてくれるの?叶えられるの?

“あぁ。そりゃ、現実に、というわけにはいかないけどね。”

どういうこと?

“君の願いは確かに、現実では叶うことはないだろう。でも、夢の中でなら、それを叶えることは可能だ。”

夢の中で?

“そう。夢の中でなら、君は自由に空を飛び回ることができる。現実と全く同じ空を、ね。”

・・・・キミはいったい、何者なの?

“そうだな。簡単に言えば、【夢と現実の間に住み、夢を司る者】というところかな。”

夢を司る?

“どうする?願い、叶えようか?”

うん。

“承知した。”

でも、本当に現実と全く同じ空を飛べるの?

“俺は嘘はつかない。ま、次の夢を見りゃわかるさ。じゃ、な。”

あっ、待ってっ、ユーリ・・・・


「どう?痛む?」

「ううん。平気だよ、母さん。」

「そう。でも、よかったわ。あなたがまた、ここから飛び降りてたらどうしようって、母さんヒヤヒヤしてたのよ。ま、ここは二階だから、死ぬ、ってことはないでしょうけど・・・・。」


あれ?

いつの間に、こんな高いとこに?

それに、腕も足も、すっかり治ってる。

ここから飛べたら、気持ちいいだろうなぁ。

でも、そうしたら、母さん、また・・・・

“大丈夫。ここは夢の世界だよ。”

ユーリ?!

“やあ。”

ここ、夢の世界?

“あぁ、そうさ。”

僕の、夢の中?

“ああ。”

じゃ、僕は、ここから飛んでもいいの?

“ああ、いいよ。”

それで、ちゃんと飛べるの?自由に?!

“ああ、そうだよ。俺は君の夢を叶えるって言ったろ?”

本当に、飛べるんだね?!

“疑り深いなぁ。”

だって、だって僕、嬉しいんだ。ほんとに、嬉しいんだっ!じゃ、飛ぶよっ。見ててね、ユーリ!!

“ああ。”


うわぁ・・・・飛んでる、飛べてるっ。僕っ。

飛べてるよっ、ユーリっ!

“俺の言った通りだろ?”

うんっ!僕、鳥になったみたいだ。ほんとに、飛べてるんだねっ!あっ、学校が見える。

“そう。現実の世界と全く変わらない世界だからね、ここは。”

なんか、夢じゃないみたい。ほんとに飛んでるみたいだ・・・・僕は飛んでるんだ、空を飛んでるんだっ。自由に飛んでるんだっ!

“よかったな、夢が叶って。”

うんっ!ありがとう、ユーリ!

“どういたしまして。”


「良かったわね、思ったより早く退院できて。」 

「うん。」

「ちゃんと、お医者様の言うこと、聞いてたんですってね。」

「うん。早く治りたかったんだ。」

「そう、いい子ね。でも、また飛ぼう、なんて考えてないでしょうね?」

「もう、そんなことしないよ、母さん。」

「ほんとかしら?」

「ほんとだよ。だって僕の夢は、もう叶ってるもん。」

「え?」

「夢の中でね。」


ねぇ、ユーリ。

“お呼びかな?”

あのさ、この夢の世界は、本当の世界と同じなんでしょ?

“ああ、そうだよ。”

じゃあさ、このまま僕が海の上を飛んでいったら、外国にも行けちゃうの?

“もちろん。”

ほんと?!

“ああ。でも、危険だ。”

何で?

“海は時化もあるし、南に行けば台風もある。それに、大陸に行けば、ハリケーンも。そんなのに巻き込まれたら、大変だからな。”

大変って・・・・だってここは、僕の夢の中なんじゃないの?

“もちろんそうさ。でも、ちょっと難しいんだけど、夢と現実っていうのは、所々でつながってるんだよ。”

つながってる?夢と現実が?!・・・・それ、どういうこと?

”う~ん、説明しても、きっと君には理解できないだろうなぁ。ちょっと違うけど、君は『四次元の世界』っていうのを、聞いたことがあるか?”

うん。あるよ。不思議な世界だよね。

“そう。夢っていうのは、その、四次元の世界みたいなものなんだ。”

え?!そうなの?!

“厳密にいうと、違うんだけど。ま、似たようなもんだ。じゃあ君は、四次元の世界が、時々現実の世界に入り口を開けるっていうことも、知ってるかな?”

うん。突然人とか飛行機とかがいなくなっちゃうやつでしょ?バミューダ海域の、魔の三角地帯、とか。

“そう。良く知ってるね。実はね、夢の世界ってのも、それと同じように、時々現実の世界に入り口を開けることがあるんだ。”

へぇ、そうなんだ。

“だから、もし君が夢の中で台風に巻き込まれたりすると、そこが現実の世界とつながっているときには、君は死んでしまう、ということもあり得るんだよ。”

・・・・なんか、こわいね。

“ま、何も起こらなければ問題はないけど。”

ねぇ、ユーリ。その入り口っての、どこにあるの?

“決まってない。”

えっ?じゃあ、いつどこに現れるか、わからないの?

“俺にはわかるけど、いちいち教えていられないほどその数は多いし、場所もよく変わる。”

なんか、こわいよ・・・・。

“なんだ。案外臆病なんだな、君は。今までさんざん無謀な飛び方してたのに。”

だって。

“なぁに、心配いらないさ。いざというときは助けてやるよ。それとも、そんなに怖いんなら、もう、やめるかい?”

えっ?や、やめないよっ。やめないっ。だって僕は、飛ぶのが好きなんだ!

“そうこなくっちゃ。じゃ、どうぞごゆっくり。”


海ってずいぶん大きいんだなぁ。

あっ、飛び魚っ。

気持ちよさそうだ・・・・よしっ、もうちょっと低く飛んでみよう。

わぁ、魚が見える!きれいだなぁ・・・・この潮の香りも、いい匂いだぁ・・・・うわっ。


「ほら、起きなさい。朝よ・・・まっ、どうしたのっ!あなたなんでこんなびしょ濡れなのっ!それに、何?この塩辛い臭いは・・・・いったい、寝てる間に何をしてたのっ!」

「・・・・海に、行ってたんだ。」

「海?!バカも休み休み言いなさいっ。家から海までいったい何キロあると思ってるの?!まったく・・・・ほら、早く着替えなさいっ!」

「だって母さん!ほんとに海に行って、波をかぶっちゃって・・・・」

「はいはい、わかりました。でもね、水浴びしたいなら、そう言いなさいね。それとも、海に行きたいの?だからわざと、塩水を浴びてたの?まったく、水浴びもいいけど、何もパジャマのまま浴びることないでしょ。しかも、びしょ濡れのまま寝るなんて。見なさいっ、お布団が濡れちゃってるじゃないの。まるでオネショしたみたいよ、恥ずかしい・・・・。」

ほんとなのに。ほんとに海に行ったんだよ、波をかぶったんだよ、母さん、夢の中で・・・・


ユーリ?

“やぁ。えらい目にあったね。”

まったくだよ。助けてくれるって言ったのに。

“あれは俺のせいじゃないね。君が勝手に波をかぶったんだから。あんなに低く飛ぶのが悪いのさ。それに、生死に関わるような事でもないし。”

う、ん。そう言われれば、そうだけど。

“いい経験をしたと思って、これからはもっと良く注意することだな。”

わかったよ、ユーリ。


「・・・・・月は、地球の周りを回っている『衛星』です。この月には、アメリカのアームストロングがアポロ11号に乗り宇宙に向かって出発し、人類史上初めて、その足跡を月面に残しました。そして、地球というのは、太陽のまわりを、円を描くようにして周っています。この一周する時間、これがちょうど一年になり、そして・・・・」

月。

宇宙。

僕も、行ってみたいなぁ。


ねぇ、ユーリ?

“お呼びかな?”

僕は、夢の世界では、どこへでも自由に飛んで行けるんだよね?

“もちろん。”

じゃあさ、宇宙にも行けるの?

“不可能ではないけど、お勧めはしない。”

どうして?

“災難に遭う危険性が非常に高いからさ。つまり・・・・”

つまり?

“死ぬ確率が高い。”

なんで?

“宇宙には、地球上よりも遙かに多く、夢の世界の入り口があるんだよ。だから、何か起こればだいたいそれは死に直結するし、何も起こらなくても、まず呼吸ができないからね、人間は。宇宙に行った時点で、ほとんどが死につながるんだ。”

でも、死なないかもしれないんでしょ?

“確率としては非常に低いけど。”

僕、行ってみたいなぁ・・・・。

“俺は、やめておいた方がいいと思うけどねぇ。”


「・・・・それでは、今日は昨日話した宇宙について、映像で観てみましょう。これが、宇宙から見た地球です。そして、これが、月。これらは共に、太陽のまわりを・・・・」

うわぁ、きれいだなぁ。こんなにきれいなのかぁ、すごいな。

やっぱり僕も行ってみたいなぁ、宇宙・・・・。


ユーリ、やっぱり僕行きたいんだ、宇宙に。見てみたいんだ、地球も月も、自分の目で!

“そうか。でも、覚悟はしておいてくれよ。何か起きたとしても、地球上とは違って、俺にはほぼ助けられないと思ってくれ。”

うん。わかってる。

“・・・・そこまで言うなら、止めないけど。”

じゃ、行って来る。

“気をつけて。”


うわぁ・・・・すごいきれいだ。

理科の授業で見た映像よりもずっと。

あっ、月だ!

よーし、降りちゃお。

足跡は付かないけど、しょうがないか。夢だもん。

それにしても、何も起こらないじゃないか。

まったく、ユーリったらさんざん脅かすから、僕も相当覚悟してたのに。

でも、もう帰った方がいいかな?何が起こるかわかんないし。

・・・・あ、地球。よぉーし、戻るぞっ。

・・・・う・・・・あ、つい・・・・熱いっ!!!!


「ほら、いつまで寝てるの?朝よ・・・・きゃぁあああっ!!!!」


「体だけ、ですか。布団も枕も特段気になる点もなく、動かされた形跡もない。これは・・・・この国では初めての例ですね、人体自然発火の・・・・」


“だからやめとけって言ったのに。”

でも、僕嬉しかった。だってこの目で本物の宇宙が見れたんだ。ほんとだよ。ほんとに嬉しかったんだ。

ありがとう、ユーリ。

“ありがとう、か。どういたしまして。”

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