第2話 目

赤い花。ピンクの花。白い花。黄色の花。

緑の葉っぱ。緑の草。

青い空。青い海。白い雲。

すごく、きれい。

私は、その緑の草の中に寝ころぶの。

ふわふわして、気持ちいい。

赤いリンゴを食べて。オレンジ色のみかんもよ。黄色いレモンはちょっと酸っぱいから、遠慮するわ。

あ、そうだ。

紫色のブドウも食べたい。緑色のメロンも、赤いサクランボも。

あっ!

真っ黒なカラス。

だめよっ。それは私の!

取らないでっ。私のよっ。

誰か、助けてっ。


・・・真っ黒。いえ、真っ暗。

目、覚めたんだわ。

醒めちゃったんだわ。

「あら、起きたの?」

「うん。」

起きちゃったの。起きたくなかった。

だって夢の中では私、目が見えるんだもの。

何だって1人でできるし、1人でどこへでも行ける。

色だって、形だってちゃんと見えるの。

ちゃんとわかるんだもん。


きれいなきれいな夕陽。

太陽はね、空にいるときは白っぽいのに、昇るときと沈むときはオレンジ色なのよ。

海も、その光のせいでオレンジ色に染まるの。

きれい。

それで、太陽が沈むと、空もだんだん暗くなって、青から黒になるの。

そうすると、黄色くてまあるいお月様が出てくるのよ。

夜の町には、色とりどりの光があふれているの。

電気-ネオン。

ピンクとか青とか赤とかの。

とっても、きれいなのよ。

お星様もたくさん出ていて、流れ星が時々見えるの。

流れ星見つけたら、流れ終わるまでにお願い事3回言うと、そのお願い事が叶うのよ。


そう言ってた。

みんなが、そう教えてくれた。

でも、わからない。

オレンジ色って、本当はどんな色?

ピンクのネオンて、どんなふうにきれいなの?

流れ星が流れ終わるまでって、いったいどれくらいなの?

私、お願い事、言うこともできない。

だって、流れ星、見つけられない。


あっ!星が流れてる!・・・流れ星?

そうだ。お願い事3回、言わなきゃ。

目が見えるようになりたい、目が見えるようになりたい、目が見えるようになりたい。

言えた。

簡単じゃない。

星って、けっこうゆっくり流れるのね、だってまだ流れてるもの。

“願い事、叶えてやろうか?”

え、誰?あなた、誰?

“俺は、ユーリ。”

ユーリさん?外人さん?

“ま、そんなとこだ。”

お願い事、あなたが叶えてくれるの?じゃ、ユーリさんて、さっきのお星様なの?

“いや、俺は星じゃない。”

ふーん、違うの・・・でも、お願い、叶えてくれるの?私の目、見えるようにしてくれるの?

“そう。ただし、夢の中で。”

それじゃ、今と変わらないわ。だって、夢では私、目が見えるもの。

“違う。”

何が違うの?

“君が、現実で見るべきものをすべて、夢の中で見せてあげるんだ。わかるかい?”

・・・わからない。

“そっか。でも、すぐにわかるよ。次の夢でね。じゃ、またその時会おう。”

あっ、待って!ユーリさんっ!


・・・真っ暗。また、目、覚めちゃった。

でも、変な夢だった。変だけど・・・なんか、楽しかった。

ユーリさん。

また、会えるかな?

会えるよね、眠れば。

今夜、眠りにつけば・・・・。


・・・・会えなかった。

嘘つき。また会おうって言ったのに。次の夢でまた会おうって。

真っ暗。また、目、覚めちゃったじゃない。

真っ暗・・・あれ?

何か・・・何?何、これ・・・

「あら、起きたの?おはよう。」

お母さんっ?!

これ、お母さんっ!!

見える・・・・見えてる、私、目が見えてるっ!

お母さんっ、私目がっ!

「おはよう。」

あれ?口開いてないのに、しゃべってる、私。

足、動かしてないのに、勝手に歩いてるっ。

・・・何で?

あ・・・あれ、お父さん?お父さんって、こんな顔だったの?!

「おはよう。よく眠れたかい?」

うん。夢も見ないで眠ったわ、ぐっすり。

「うん。でもね、変な夢見た。楽しかったけど。私、流れ星見たのよ、夢の中で。」

え?

嘘よ。私、夢なんか見てない。

それに、流れ星見たのは、前の日の・・・・

「はい。ごはんよ。今日は、ソーセージとスクランブルエッグ。パンとオニオンスープよ。」

これ、昨日も同じだった。

「オニオンスープ?わぁ、久しぶり。私、大好きよ、このスープ。」

そう言えば、私が勝手にしゃべってる言葉も、昨日とみんな同じ。

これは・・・・昨日なの?

“そうだよ。君が昨日見るべきだった景色だ。”

ユーリ?!

“また会ったね。俺は嘘つきじゃないだろ?”

うん。でも・・・じゃ、これは、夢なの?

“そう。現実の君は今、ベッドで寝ている。今君が見ているのは、昨日君が夢から覚めてから再び夢を見るまでの間のことだよ。今度はわかったかな?”

わかったわ。でもなんか、不思議。

“不思議なんかじゃないさ。普通の人がみんな見ているものだよ。普通にね。”

でも・・・何か、怖い。だって、お母さんの顔もお父さんの顔も初めて見て・・・・。

“やめるかい?”

ううん、見る。見たい。

“じゃ、ごゆっくり。またあとで会おう。”


ユーリ?

“お呼びかな?”

・・・すごいっ、すごいわ。私ね、こんなだと思わなかった。

目が見えるって、こんなすごいと思わなかった。

色がこんなきれいだなんて、思わなかった。

お友達の顔も、先生の顔も、みんなわかった。

太陽も、雲も、空もみんな見えたのよっ。

ありがとうっ、ユーリ!

“そんなに、嬉しかった?”

うん。嬉しかった!でも・・・・

“でも?”

私の顔が、見えないの。自分の顔って、見えないの?

“見えるさ。”

どうやって?

“目が覚めたら、鏡の前に立ってごらん。そうすれば、次の夢で自分の顔が見える。”

鏡?

“そう。鏡だよ。それに映っている姿が、自分だ。やってごらん。”

うん。やってみる。

“じゃあな。もう時間だ。また会おう。”

うん。ありがとう、ユーリ。・・・・おやすみ。

“おやすみ、か。ああ、おやすみ。”


見えたわっ、見えたの、自分の顔っ。

ユーリ、私、自分の顔を見たのよっ。

“感想は?”

面白い顔。

“面白い?”

うん。面白い。私、変な顔だった。

“そうかな?君はかわいいよ。とてもね。”

そうなの?私の顔、かわいいの?・・・ありがとう、ユーリ。

でもね、顔って、面白いのね。みんな違うんだもん。

“たまに似ている人もいるけどね。”

そうなの?でも私ね、顔を初めて見た人は、あなたなの。だからみんなあなたみたいな顔だと思ってたんだけど・・・。

“どうした?”

みんな、全然違うの。あなたの顔が一番ステキだわ。

“それはどうも。”

ほんとにあなたの顔が一番なんだもの。・・・どうしたの?何でそんなにじっと私を見るの?

“君は、本当に目が見えるようになりたいかい?”

え?

“つまり、夢じゃなくて、現実の世界で目が見えるようになりたい?”

えっ、できるの?そんなこと。

“ああ、できる。”

ほんとっ?!

“ああ。ただし、そうしたら今後一切、夢は見られなくなる。”

えっ・・・

“そんなに、急ぐ必要はない。じっくり考えるんだ。じゃ、な。”

ユーリ・・・・。

夢が見られないって、それはつまり、あなたにも会えない・・・・


「ねぇ、夢って、毎日見る?」

「夢?ううん、昨日は見なかったよ。でも、なんで?」

「ん?何でも、ないの。ただちょっと、聞いてみようかなって。」


ユーリ。

“お呼びかな?”

あのね、あの、私・・・やっぱり、目、見えるようになりたい。

“そう。おやすいご用だ。”

でも、そうしたら本当にもう、あなたには会えないの?

“そういうことになるね。”

・・・寂しいな。

“目が見えるようになれば、そんなの消えてなくなるさ。”

でも・・・。

“大丈夫、心配ない。じゃ、俺はもう行くよ。”

待ってっ。お願い!今日はギリギリまで一緒にいて、ユーリ・・・・お願い。

“やれやれ、しょうのないお嬢さんだな。”

ありがとう、ユーリ。大好き。

 

“さぁ、目を開けてごらん。どう、見えるかい?”

「・・・見える、見えるわ!でも、ユーリ、これは夢?」

“いいや、これが現実。”

「だって、あなた・・・。」

“ギリギリまで君と一緒にいたら、こんな時間になっちまった。ついでに、お別れでもしていこうと思ってね。”

「ありがとう、ユーリ。」

“礼には及ばない。でも、君がそんなに喜んでくれて、俺も嬉しいよ。”

「ユーリ・・・」

“じゃ、今度こそ本当に、さよならだ。もう会うことは、ないだろう。”

さようなら・・・ありがとう、ユーリ・・・・


「おはよう、お母さん。」

「おはよ・・・あ・・・えっ、あなた1人でここまで?!どうしたの、どうやって?!」

「驚かないでお母さん、私、見えるのよ、目が、見えるのよっ。本当なのよっ、夢じゃないのよっ!」


「ここはね、流れ星がたくさん見えるのよ。特に今年は流星群の活動が活発だから、今夜もたくさん見られるんじゃないかしら・・・ほらっ、そこ。」

「えっ?・・・ないわよ、何も。」

「今、流れたのよ。さっと。一瞬で消えちゃうのよ、流れ星って。」

「えっ?一瞬で?!」

「そう。ちゃんと見てないと、見逃しちゃうわ。」

「そんなに、速く流れるの・・・。」

でも、あきらめない。

どんなに速くったって、願掛けするわ。

ちゃんと3回、言い切るの。

ユーリにまた、会えますように、って。

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