ナイト・メア

平 遊

第1話 夢

小さな頃からいじめられ続け

何をしてもうまくいかない。

努力をしても、むくわれたためしが一度でもあっただろうか?

そんな僕のたった1つの・・・・そう、ただ1つのオアシスは、夢。

僕が夢に逃げて、何が悪い?

誰も、僕を責める権利なんて、ないんだ。

だって、そうだろ?

砂漠をゆく旅人がオアシスに身を休めたからといって、誰も非難はしない。ただ1つ違うのは-旅人はまた旅にでる。次のオアシスや目的地に向かって。でも僕は、僕には次なるオアシスも、目的地だってないんだ。

あるのはただ、照りつける太陽と限りなく広がる、見渡す限りの砂漠。そうでなければ、ゴツゴツした岩だらけの荒れ地。

もしかしたら、もう少し頑張れば、もっと居心地のいいオアシスが見つかるかもしれない。

でも・・・・僕は疲れた。疲れすぎたんだ。

身も心も・・・・


“夢と現実、とっかえてやろうか?”

あいつは言った。

驚くだろう。僕だって驚いた。

突然僕の目の前に現れてこんなこと言うんだから。

ほんとにそんなことできるのか?って聞いたら、あいつ、笑いながら言うんだ。

“当然さ。”

あいつの名前は、ユーリ。

曰く、『夢と現実の間に住み、夢を司る者』だとか。

僕にとっては、救いの神。

僕はユーリにすべてをまかせた。

僕をオアシスにつなぎ止めてくれる、この優しい神に。


カーテンの隙間から朝日がこぼれる。

こっちは、どっちだろう?

急いで机の上の、返却された答案用紙を見る。

-砂漠だ-

捨てなきゃ。また母さんに叱られる。

ビリビリに破って、ゴミ箱へ。

あっちじゃ、満点とってたのに。

いったいいつになったら、あっちとこっち、入れ替わるんだ?

ユーリ、いったい、いつなんだ?

“そう焦るなって、こっちも準備があるんだ。あと少しだよ。”

あと少し、か。

しょうがない。頑張るか、あと少し。


「よう、今日はいくら小遣いくれんだ?」

・・・ここが砂漠なら、こいつらはさしずめ、旅人の命を脅かすサソリってとこか。

「ちっ、しけてんなぁ。ま、ありがたく受けとっとくぜ。なくなったらまたよろしく。あ、これは礼だ、受けとっとけ。」

グローブのようなこぶしが目の前に迫り・・・・そして、笑い声。

ユーリ、もうたくさんだっ。早くしてくれっ!

と。

信じられないことが、起こった。

倒れているのは、僕じゃない。サソリ-いや、あいつだ。

この僕が、あいつを?!

この手で・・・?!

これが、お前の力なのか?ユーリ・・・・・


「大丈夫?目、覚めた?」

・・・あれ・・・・ここ・・・保健室・・・?

「いきなり倒れたって言ってたけど・・・・」

ってことは、あれは、夢?!

いや、こっちが、夢?

ユーリ、いったい、どっちなんだ?

“どっちだって、いいじゃないか。そのうちお前の望み通りになるんだから。”

そっか。そうだな。

じゃ、合格発表でも見に行くか。


-やっぱり、こっちが現実か。

あんなに頑張ったのに。

いつだって、こうなんだ。僕がどんなに努力したって、絶対に結果はついてこない。

第2志望がこれじゃ、第1志望なんてまるで望みがないじゃないか。

夢ではいつも、うまくいくのに。

夢では・・・・


全てがうまくいくんだ。

勉強すれば満点とれるし、練習すれば逆上がりだってできる。

サソリ達にいじめられることもない。

僕の方が強いんだから。

好きな女の子は、僕と仲良くしてくれるし、僕はだいたい、クラスの人気者なんだ。

父さんと母さんだって、もっと・・・・

「・・・・聞いているんですか?!まったく、こんなふうに破って捨てたって、お母さんにはちゃんとわかるんですからね。それはそうと、第2志望の学校、もちろん合格したんでしょうね?」

ああ、もちろんさ。夢の中じゃ、ね。

「・・まさか、落ちたって言うんじゃ・・・・。」

そのまさか、だよ。母さん。現実では。

「あ・・あ・・・・・どうして?どうしてあなたはそう、母さん達の期待を裏切るようなことばかりするの?」

・・・・こっちが聞きたいよ。

夢なら全てうまくいくのに、どうして現実はこうも・・・・。

いいんだ、もう。

いいんだ、僕は。

夢の世界に住むんだから。

現実とは全てが正反対の、楽しい夢の世界に。


いつも通りの朝、いつも通りの学校生活。

あれ?

こっちは、どっちなんだ?ユーリ。

“どっちだって、いいじゃないか。よし、準備はできたぞ。”

準備?なんの準備だ?

“入れ替える準備だよ。夢と現実とをね。”

・・じゃ・・・もう入れ代わったのか?!

“まだだ。あとはタイミングを見計らって・・・・。”

タイミング?何の・・・・おいっ、ユーリ!

何だよ、まったく。でも、ま、いっか。

よし、じゃ、発表でも見に行くか。

見れば、わかるし。こっちがどっちだか・・・・。


-砂漠、か-

予想通りだ。

第2志望が落ちたんだ、第1志望落ちるのは、当然といえば、当然のこと。浪人、かぁ。

夢の世界ではいったい、どんな生活を送れるんだろ。

きっと、第1志望に受かって、楽しい大学生活でも送るんだろうなぁ。

今から楽しみだ。

あ・・・青だ・・・・。

点滅してる。

走らなきゃ・・・・・-あっ!

車・・・・・・。


「何で・・・・どうして・・・・どうして、こんなことに・・・・。せっかく第1志望に受かったっていうのに・・・・いったい、どうしてっ!先生、この子は、この子は本当にもう・・・・。」

「残念ですが、意識が戻る可能性は、皆無に等しいと・・・・。」

「そ・・・んな・・・・。」


ユーリ?

“お呼びかな?”

いったい、いつになったら、入れ代わるんだ?

“おやおや、気づきませんでしたか?もう入れ替えましたよ。”

え?

“あなたが車にはねられた、その時に。”

え・・・・だって、全然夢の世界とは・・・・

“あなたの夢は、現実とは反対の世界ですよね?”

ああ、そうだよ。

“今の世界が、現実の反対、ですよ。”

え・・・じゃ・・・・まさか・・・・

“そう、現実のあなたは、第1志望の学校に合格し、楽しい大学生活が待っているはずでしたのに・・・・惜しいことをしましたね。”

い・・・・やだっ、元に戻してくれっ。

“わがままだなぁ。”

たのむっ、元に・・・・

“できないね。”

何で?何でだよ!

“現実の君は、眠ったまま夢を見続けている状態、つまり、植物人間だからさ。”

な・・・んだって・・・・?

“君が望んだことだ。望み通り夢の世界で生き続けたまえ。”

いやだっ、こんな・・・・こんな世界なんて・・・だって一生僕は、浪人生・・・・。

“そういうことだ。”

いやだぁっ。

“じゃ、やめますか?”

・・・え?何を?

“夢を見ること、ですよ。”

できるのか?

“もちろんです。”

どうやって?

“あなたが夢を見ないようにすればいい。夢を見られないように・・・・現実のあなたが、ね。まぁ、早い話が、あなたが死ねばいいんです。”

死・・・ぬ・・・?現実の、僕が?!

“なにも急ぐことはないですよ。じっくりとよく考えて・・・・。”

待てっ。このまま一生、夢の中で砂漠のような生活を送るくらいなら、いっそ死んでしまった方が・・・・。

“どうしますか?”

たのむ、夢を・・・やめてくれ・・・。

“承知いたしました。では、もうお別れです。再び会うことは、ないでしょう。”


「先生、お願いです・・・・こんなあの子をずっと見続けていくのはもう、耐えられない・・・・。」

「では、装置を外しますか?」

「ええ・・・・お願い、します・・・・。」


呼吸停止

血圧低下

心拍停止


「瞳孔反応なし・・・ご臨終です。」


終わった・・・・終わったよ、ユーリ。ありがとう・・・・

“ありがとう、か。どういたしまして。”

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