第6話

 どうしたらいいの。せっかく獣の注意が私に向いても……。

 もっと獣をけしかけないとダメなのか。

 獣が少し頭を落とした。

 来るっ!瞬時にそう思い、枝を両腕でしっかりと持った。

 あと5mほどと獣に迫っていた。獣が地をけって、私に向かってくる。

 速い。獣に向かって枝を何とか振り下ろす。

 ガリリと不快な音を立てて、枝は獣にかみちぎられてしまった。

 私の手に残ったのは、長さ50センチほどの木の棒。

 だめだ。威嚇にもならない……。

 視線を逸らせば今にも懐に飛び込まれてかみつかれそうだ。子供は逃げただろうか?

 神経を研ぎ澄ます。かさりと音がして、目の前の獣が音のした方へ視線を向けた。

 まずいっ!

 子供が動いた音だ。私は迷わず子供に向かって駆けだした。

 獣は、私を相手にするか子供を狙うか迷いがあったのだろう。私が駆けだしたのを見送ってから行動を開始した。

 だから、私の手の方が速かった。獣は私が走るよりもずっと速く駆けられるけれど、動き出したのが早い私が勝った。

 私の両腕は、子供を抱き上げていた。

「木の上なら、獣は登れないはずだから、その枝につかまって!」

 子供を両腕で抱き上げ、持ち上げる。子供が手を伸ばせば届く位置に、人が乗っても折れそうもない枝があった。

 白い肌。白っぽい金の髪。おびえた顔で私を見ている。

 言葉が通じない?

「木の上に……っ」

 熱っい……いや、痛いのか、視線を痛みの走った足元に向けると、右足のふくらはぎをかまれていた。

 木から引きはがそうと、グイっと引っ張られるたびに、激しい痛みが全身の神経に走る。

「木につかまってっ!」

 この子を助けなくちゃ。

 視線を木の枝に向けると、子供が私の視線の先を追うように頭上の木の枝に向ける。

「そう、そこにつかまって」

 言葉が通じているのか、それとも単に状況から何をすべきか読み取ったのか。

 子供は悲鳴一つ上げずに、おびえた顔のまま手を枝に伸ばしてつかまる。

 子供の腕の力だけで登れるはずもない。しっかりつかまったことを確認し、お尻を押し上げるようにして、枝に上るのを手伝う。

 くっ。痛い、痛いのか熱いのか、びりびりと全身の神経に響く。

 肉どころか骨も砕かれてそう。激しく大きな立派な牙がふくらはぎにしっかりと食い込んでいる。

「いい、落っこちないように抱き着くようにしっかりいて。そこならあれも登ってこられないだろうか……ら」

 痛い、痛い。

 もし助かっても、もう右足はだめかもしれない。

 人形のようにきれいな顔をした子供だ。粗末なズボンとシャツを身に着けているけれど、髪の毛はきれいに短く切りそろえられている。顔にひどい汚れもない。服の粗末さとはアンバランスだ。いや、もしかするとこの世界では粗末ではなく普通なのかな。

 皺だらけで、体に合わないサイズの飾り気のない一応シャツの形、ズボンの形を保っているこの服が……。

 子供の顔から涙が落ちているのが見える。

 でも、それはぼんやりとしか見えなくて、あれ?私も泣いてる?いや、違う、意識がちょっと遠く……。

 子供は泣いているのに声を上げない。もしかして……声が出せな……い?

 どうしよう、だったら助けを呼んであげないと、この子はずっと木の上から降りることもできな……。

 ああでもだめ、意識が遠のく、力が出ない……。

 助けて……誰か。

 この子を、どうか、助けて……。

「大丈夫かっ!」

 男の人の声が耳に届く。

 ああ、よかった。これで……この子は助かる……。

 そこで、意識は途切れた。

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