第19話 7月24日(土)
エスカレータで上階へ移動する。休日の昼過ぎという事もあってか、学生らしき人がちらほらと見えた。男女の数人ほどが笑いながら通り過ぎていく。
「だーかーら、俺が欲しいわけじゃないって! たまたま買ってきてほしいって頼まれただけだって。
「そこで僕に振られてもなぁ……。あ、
「おい、スルーするなっ!」
「そうですね、私はやっぱり水着を新調しておきたいですね。ほら、合宿用に準備しないと!」
「あ、それいいかも。アタシも一緒に行く!」
和気あいあいと楽しそうに話していた。
今頃もしかしたら俺も唯や七海と一緒に回っていたかもしれないのに。こうやって李衣菜も一緒に四人で楽しく店を回れた……いや、わかんないな。二人がいたら李衣菜と関わることもなかったのかもしれない。
俺がたまたま一人で、たまたま彼女の傍を通りかかって、たまたま彼女の方から俺に声をかけた。だからこそこうやって知り合って、今デパートで一緒に……一緒に……。あれ、これってもしかしてデートなんじゃね?
え、今もしかして俺、デートしてる? してるよなこれ!
意識しだした途端に、急に顔が熱くなった気がしてバクバクと心臓が高鳴りだす。
一度してみたかった「デート」というものが現在進行形で行われている。その事実にどうしようもなく緊張してしまった。
「どしたの? なんか顔赤いけど」
「な、なんでもないぞ。き、気にするな!」
「んん~? あ、何かエッチなことでも考えてた?」
「かっ考えてないっ! それは、断じて!」
いきなり俺の挙動を見抜いた李衣菜の質問に慌てて返答したが、かえってきな臭くなってしまった。お、落ち着け俺。と、とにかく、まずは深呼吸を――。
「もしかして私のことでも考えてた?」
「ぶっ!!」
盛大に拭いてしまった。吸ったタイミングだったせいか、思いっきりむせてしまう結果に。
「だ、大丈夫!? え、なに、本当に私のことを……」
「……げほっげほっ、いや! 確かに考えてたはいたけど、考えてはいなかったというか」
「何言ってるかわかんないんだけど……」
「えぇ~」と身を引いたような態度を見せるわりには、李衣菜も顔が赤くなっている気がした。てっきり「きもい」などと罵倒されるかと思ったのだが……。不信感を抱かれたままなのも居心地悪いので、いっそのこと正直に話すことにした。
「いや、そのなんだ。こういうのってデートなのかなって思ってただけ、というか」
「なーるほどねぇ。はいはい、私とデートできてるか確認したかったってこと?」
「そういう意味合いじゃなくて! なんか恥ずいけど、デートってしたことなかったから……こういう二人で歩いてるのがデートなのかなって思ってさ」
「は、初めてなんだ……えへへ」
「な、なぜ笑う」
「んー別にぃ? それで私とデートできてると、ユウくん的には思うの?」
「いや、もうその話は引っ張らなくていいって」
「思ったの?」
「え……あ。まぁ、その。思わなかったって言ったら噓になる、かな」
「回りくどいなぁ、もう」
俺の口から出たまだ誤魔化そうとする言葉に、李衣菜は苦笑した。それに対して何かを考えようと、可愛く首をかしげて指を当てる。少し考えて思いついたのか、ぱあっとした表情とにやりとした表情を合わせた顔を俺に向けた。
「私はユウくんとデートしてるなって考えてたよ?」
「……ぇ」
「アハハハハ! 顔真っ赤だよ? ほんとに大丈夫?」
「う、うるさいな……」
後ろで楽しそうに笑う李衣菜から離れるように、俺は目の前に見えた書店に足早に入って行った。
**
この店には行き慣れていないせいか、マンガのコーナーを目指すつもりが一通り回る羽目になってしまった。
事前に調べて本を探すのもいいが、こうやって普段見ない所も見て回るのもたまにならいいだろう。実際には流し見だったんだけど。
李衣菜も何か目当てのものであったのか、時折立ち止まっては書籍を手に取っていた。
「おっ、新刊出てた」
集めている単行本の続きが目に入ったので手に取る。本誌の方もいいけど、どちらかというと収集癖のある俺としては、単行本で読んでおきたい。読むだけでなく本棚に並べた時の気持ちよさがたまらないんだよな。
あとは少しラノベでも見ておくか。バトルものは最近読んだし、次は恋愛ものでも探してみよう。
そう思って表紙に可愛い女の子が描かれていた青色の背広のラノベを手に取ろうとすると――
「へぇー、ユウくんはそんな感じの女の子がタイプなの?」
「うわっ、ちょっ!」
後ろから声をかけられたと同時に肩をつつかれて、思いっきりビクッとしてしまった。いつの間にか李衣菜が接近していた。
「ちょっとエッチくない? それともそーゆーオタクみたいなの好きなの?」
「ちがっ! これは、たまたま手に取っただけだから! それに俺は別にオタクじゃねえし!」
「でもこの、なんだっけ。らのべ? とかいう小説ってオタクが読むやつなんでしょ?」
「いや、まあそういう見方もあるのかもしれないけど……。オタクじゃなくても、こういう小説は読むと思うぞ。少なくとも俺は好きだし」
「でも、やっぱり女の子の絵が多いよね。絵が好きなだけじゃないの?」
「確かに絵はすごく重要だけど、中には感動できる小説だってあるんだって」
「たとえば?」
純粋な疑問なのか、李衣菜は本棚に並ぶラノベの数々を手に取ったりしていた。急に感動するラノベを具体的に教えてくれと言われても、なかなか出てこないなぁ。好きなラノベは確かにいっぱいあるが……。
「うーん……なんだろうなぁ」
「そんなに悩むことぉ?」
「いやお勧めしたいのはたくさんあるが、なんかな……」
「じゃあ、おススメのを教えてよ」
俺が好きな小説はどっちかというと、ちょっとエロ要素があったりするから、なんだか伝えるのが恥ずかしい。なんて言えるわけないだろ。ここは無難に有名どころでも勧めておくか……。
「じゃあ……コレ、とか」
「どんな感じのお話なの?」
「それは、読んでほしいな」
「ふーん、じゃあ買ってくるよ」
「ああ、いいって! 俺がおすすめしたんだし、俺がプレゼントするからさ」
発行部数二百万突破と書かれた帯のついたそれを俺は李衣菜から受け取った。「でも……」と少し申し訳なさそうな表情をする李衣菜に、俺は笑って流した。
正直一人暮らしの俺にとっては少しでも出費は押さえたいが、名作を普及する喜びが大きすぎたので俺は気分が勝っていた。まあ、結局俺の自己満足なんだけど。それでも李衣菜には読んでほしい小説だった。
「そういや、普段千葉さんは小説読むのか?」
「ううん、全然読んだことないよ」
「え、じゃあなんで買おうとしたんだ?」
「だって……」
それまで俺と視線が合っていたものが斜めに逸らされる。俯いた表情に少し赤みが差し、どこか照れた感じ李衣菜は続きを口にした。
「ユウくんの好きなものなんでしょ? ちょっと気になっちゃったかなって」
ニコッと今日一番の笑顔を浮かべてくれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます