第18話 7月24日(土)
「アハハハハ! それで二人ともドタキャンしたの? 面白すぎるって!」
「笑いすぎだ」
「だってぇ二人にフラれたってことでしょ?」
「フラれたわけじゃないから! どっちも予定があって、たまたま暇になっただけだから!」
「よしよし、今日は私が慰めてあげるからねー」
「くっ……」
雑居ビルの中を二人で並んで歩いていた。何か話してよという無茶ぶりに答えた俺は、話のネタとしてさっきの二人のことを挙げたのだが、案の定いいように笑われてしまった。
「で?」
「なにがだよ。主語と述語をつけてちゃんと話してくれ」
「二人のうちにどっちが本命なのかって」
「ぶっっ! べ、別にどっちもそういう関係じゃねえよ!」
「なに慌ててんのー? あーあ、つまんないのー」
茶色のブーツをトントンと鳴らし、二三歩先へ歩いていく李衣菜。俺ばっかり喋っている気がしたが、案外楽しそうな感じなのでなんとなくほっとする。
聞き手役がうまいのか、彼女と話しているとうまい具合に会話が進んでいくのだ。
「普段こんなふうに友達としゃべったりするのか?」
「ほとんど学校行かないって話したでしょー。私に友達なんかできないって」
「でもたまに行ったときに誰かと……。ほら、アイドルやってると男子なんかに人気出たりしないのか?」
「うち、女子高なんだよねー。
「椙山……ああ、そこか。確か唯の友達が通ってたっけ。そんでも女子同士なら話しやすい子とかいそうだけどな。まあ俺の勝手な想像だけどさ」
「アイドルやってますなんて言えるわけないじゃん。フツーに考えなよ」
「そっか。そりゃそうか」
「てか、私のことはいいの! もっとユウくんの話聞かせてよ」
女子高に通う李衣菜にとっては、共学である三条高校の方が面白いのかもしれない。そうは言っても、これ以上誰かに話すような面白いことなんてないしな。神のことでもネタ半分で言ってみるか?
こう……変な神に憑りつかれて祠を直さないといけない運命を背負った。みたいな。まあ信じてもらえないだろうけど。
「これ、我をネタに使うでない。笑われるのは不快じゃ」
おっと、神はめざといな。一瞬頭で考えただけなのに、鋭く注意されてしまった。
しばらく沈黙が続いたかと思うと、突然李衣菜がある店の方に駆け寄っていった。女性服を取り扱っているテナントだった。欲しいものでもあったのか、目をキラキラと輝かせながら服を手に取って「わあー」と喜んでいた。
やっぱり女子はこういうファッション系に興味があるのか。
俺にとってはそこまで流行なんて気にしたことないけど。それともアイドルとしての矜持的な何かでもあるのか。さっき少しアイドルの業務について聞いたが、やっぱ詳しくない俺には全然理解できなかった。
「ねえー! これとかチョーかわいくない? ほら、ここのフリフリとか。あーコッチのもいいなぁ」
「お、おう、そうか」
二つを比べるように見せられたが、正直まったく違いがわからない。色合い的な問題か? それともそのひらひらの細かい違いなのか? それにしても……
「どっちも千葉さんなら似合いそうだけどな」
「えぇー? 褒めても何もでないよぉー?」
えへへと本心から笑う李衣菜。駅で見た作り笑いなんかより全然可愛いじゃねえか。こんなふうにもっと自然に笑えばいいのにな。
ふと感情的になったあの李衣菜の表情が頭をよぎる。
アイドルとして笑える努力、か。そこまで苦労するものなのかね。
「ねえ、試着してもいいかな?」
「え、あー……いいんじゃねぇの」
「じゃあ、着てくるからコッチで待ってて! 気に入ったやつ買う!」
「お、おい!」
二、三着ハンガーごと抱えてそのまま奥の試着室へと向かう。控えていた店員は作業を止めて、営業スマイルで李衣菜を案内しようとする。いくらか会話したかと思うと、そのまま奥へと消えた。
まったく、すごいマイペースなやつだな。唯にもこうして振り回された経験はあるが、李衣菜の方がもっと自由奔放というかなんというか。
「お主も大概じゃがな」
うるせーよ。
「それにしてもあいどる? とはなかなか面白そうな奴じゃの。話を聞いていて興味深かった」
アイドルの発音が完全におばあちゃんなんだけど。そんな興味深いものかなぁ? いやまあ、本人を目の前にしていうのもなんだけどさ。
「うむ、聞く限りでは踊り子に近しいものを感じたのじゃ。いつだったか一度その女子に憑いたことがあっての、激しい動きが癖になった。あれは酔えたのじゃ」
そりゃあアイドルって歌って踊れる人が大半、というかそうあるよう練習してんだろうな。でもあの子はテレビに出てるらしいし。最近はバラエティとかにもちょくちょく出てるって言ってたな。
「我にはばらえてぃが何ぞ理解できんが、便が立たぬと難しいのであろうな。こう、なんというか、考える間に次々と口を回さぬと……」
トーク力って言えよ。さてはお前、横文字が苦手か?
「わ、我は神じゃぞ! お主ら人の子の使う言葉は難しすぎるのではなく、粗末なだけじゃ!」
わかんねーからって怒るなって。
待っている間神で暇つぶしをしていると、着替えを済ませた李衣菜が俺の方に向かってくるのが見えた。余程気に入った服だったのか、ニコニコとご満悦な様子だ。
「じゃーん! どうよ? 私可愛いっしょ」
「おう、いいじゃん」
肩出しタイプの黒のトップスに、もともと着ていた薄いピンクのプリーツスカートがよく映えていた。肩紐のあるバッグと一緒に横に揺れてみせる。
「それだけー?」
「それだけって……あー」
体を斜めにしてじぃーっと下から窺うように見つめてくる李衣菜の目で俺は察した。言ってほしい言葉があると、そう語っている気がした。
分かったのだが、それを言うには……少し勇気がいるなこれ。自然体のつもりで言おうとすればするほど、なぜか逆に口が回らなくなる。変にどもってしまった。
「え、っすぅー……まあ、すげえ似合ってる、かな。さすがアイドルって感じ」
「でしょでしょ! ふふーん、あ、もしかして惚れた?」
「んなわけねーだろ」
「別に意地を張らなくてもいいのにー」
半ばお世辞でも嬉しいのか、ニコニコと笑いながら服のすそをつまんでいる様子がすごくらしく見える。
「アイドルならこういうの慣れてるもんなのか?」
「んーまあ、衣装来着て写真撮ったりするかなぁ? だけど、レッスンは基本私服だし。あ、コレはファンサだから! ほら、お詫びだよお詫び」
「お詫び? ……ああ、そういうこと」
そういや俺がこいつに付き合ってんのは、絡まれたことに対するお詫びだったな。自分から言い出しといてすっかり忘れていた。
あれ、てかお詫びなのに俺が付きやってるの? おかしいな。逆じゃないのか。そんな俺の疑問には気付かずに、くるりと回ってポーズを決める李衣菜。なかなか様になっていた。
「うん、かわいいな」
「え? えへへへ……」
自然とこぼしてしまった俺の独り言が拾われてしまったらしい。素で照れているのか、気分良さそうに目を細めて笑う。その様子がすごく年相応の女子で、やっぱり自分と同じ高校生なんだななんて思った。
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