第17話 7月24日(土)
一本裏通りに入って来ると、駅前よりかは
そのまま歩き続けて、あのチャラ男たちともけっこう距離を取ったんじゃないかって思っても、まだ李衣菜は手を放してくれなかった。さすがにいいだろうと、俺の方から強く手を揺するとようやく気づいてくれた。
「おい、……おいって! もういいんじゃないか?」
「――あ、ごめんごめん。ちょっと夢中になっちゃった」
ぎゅっと握りしめられていた手が嘘だったかのように、ぱっと離れる。両方の手のひらを俺に見せるように挙げたかと思うと、今度は後ろ手組んで振り返った。またあの作り笑いを浮かべる。
「さっきはごめんね。あーゆー面倒くさいのから逃げるには、コレ系が一番かなって。巻き込んじゃって本当にごめん」
「……いや、別にいいけどさ」
ぺこりと頭を下げる彼女に俺は少し違和感を覚えた。なんだろう、なんか慣れてる感じがする。たぶんだけど、今までにもこういうことがあったんじゃないだろうか。
こうやって俺みたいな無関係な人間を巻き込んで、そのたびに頭を下げて。本当にそれが正しいのか?
「これ、初めてじゃないだろ」
「ん?」
「何度も絡まれたことあるのか? それだったらもうさ、俺みたいな一般市民に頼るより警察行った方がいいぞ」
「えー? 別に警察行くほどでもないって……」
にへらと笑う彼女。まただ、この作り笑い。どうにも好きになれない。
「あと、その作り笑い。やめた方が男も寄らないんじゃないか?」
よせばいいのに、感情的になって俺は口を滑らせてしまった。眉をひそめてむっとした口調がもろに出た。それが反感を買ったのか、
「っつ! べつに! したくてしてるわけじゃないし!」
「……ぇ」
「私だって頑張ってみんなに笑顔見せれるように努力してきたんだし! それを勘違いして、寄ってきたのあっちだし! なんで私が責められなくちゃいけないの」
「あ、え……え」
「キミだって一回私の事無視しようとしてたし! 誰も助けてくれないなら、自分から行動するしかないじゃん!」
「お、お、落ち着けって。悪い、俺も言いすぎたから……」
全身を使って秘めていた感情を訴えてきた彼女に対して、今度は疑問で頭がいっぱいになる。
なんだこいつ。みんなに笑顔を見せるってなんだよ。この作り笑いは努力して得たものだとでもいうのか? ますます彼女がわからなくなる。
鼻をすすって泣き出すんじゃないかって思った俺はとにかく謝った。こんなところで騒ぎになれば、下手を打てば俺が警察の厄介になる。とりあえず穏便に済ませよう……。
「ところであんたも見た感じ、学生だろ? 俺が言うのもなんだけど、こんなところうろついて男に絡まれるより、家にいた方がいいんじゃないか」
柄にもなくおせっかいなことをしているな、と自分で思う。そんな俺に彼女はぷくうっと頬を膨らませた。
「私、ほとんど学校行ってないから別に高校生ってわけじゃないし。それに家に居てもつまんないし」
「行ってないって、登校拒否かよ……」
「違うもん! 仕事が忙しくて行けてないだけだし!」
「し、しごと? 高校生なのにバイト優先してんのか。すごいな」
「ちがうから! アイドルのお仕事してるの!」
あ、アイドルだと……。この子が? いや、そりゃあテレビを見てれば未成年の子がそういう芸能界の世界にいることは知っているけど、まさか俺の目の前にいる子がアイドルだと?
にわかに信じられないという顔が伝わったのか、「あれ?」と少し驚いた表情をされた。
「あれ、私のことみたことない? 最近テレビにもちょっとずつ出させてもらってるんだけど。ほら、水曜日の昼くらいにさ――」
「いやあ、その時間は学校行ってるからなー」
「……」
あ、また不満そうな顔してる。ちょっと今のはまずかったか。
「悪い悪い。とにかく、俺はそんなあんたのこと詳しくないってか、初めて見たよ。えっと――」
「李衣菜。
「そ、そうか千葉さんね……。あー芸名?」
「私の本名。そのまま使ってる」
「ほえー」
「もうちょっと興味持った反応してよ!」
そんなことを言われても。今知ったばかりのアイドルに興味を持てだと? そもそもアイドル自体に興味がない俺としては、他のアイドルたちと並べられたらもはや区別がつかなくなるぞ。
「えーあー……いやあ、すごいな。高校生でアイドルやってるなんて。知り合いにそんなやついねえわ」
「でしょでしょ? お父さんが事務所経営しててね? まあ私も小さい時から入ってんの」
「いわゆる子役ってやつか。……もしかしてさっき絡まれてたのはアイドルだってバレたから的な?」
「そー。プロデューサーさんにはメディア出てるから、できる限り変装しろって言われてるけど。別にいっかなって思ってきたらやっちゃった」
「やっちゃった、じゃねえだろ! 注意されてるなら気をつけろよ!」
軽いノリでのたまう李衣菜に思わずツッコんでしまった。それに対して「アハハハ」と笑われた。
「キミ、面白いねー。んーよかったらさ、今日一日暇つぶし相手になってよ」
「えぇ……」
「そんな嫌そうな顔するなし! ねえ、いいでしょ? どうせ暇なんでしょ?」
「っすぅー、暇だけどさぁ……」
確かに唯にも七海にも予定を開けられて、事実することがないので肯定するしかないが……。このままコイツの相手をしていたらなんだか面倒ごとに巻き込まれそうな予感しかしない。
「面白そうじゃの、つきやってやらんか。お主の縁もなかなか興がのるの」
脳内で神が話しかけてくる。今日一日何も言ってこなかったから、珍しくおとなしいなと思っていたのに。やっぱりこういうときだけ出てくんのかよ!
「早う返事してやらぬか。女子にあまり待たせるものでない」
「くっ……」
なんだかこのままオーケーするのが釈然としない。完全に相手のペースに乗せられてる感が否めない。逡巡してひねり出した結果、
「じゃあ、俺を巻き込んだお詫びとしてなら、別につきやってやるよ」
「なにそれー? チョー上から目線じゃん」
アハハハとやけにご機嫌に笑う李衣菜だった。
「あ、そうだ。キミの名前をまだ聞いてなかったね」
「
「んー? じゃあ、ユウくんね」
「そ、それはやめろっ! あ、いや……別にいいや」
「お? なんかあった?」
一瞬唯と同じ略し方をされて否定しかけたが、こちらから好きにしてくれと言った手前、強く出れなかった。なんてまぬけな俺。今日は口が滑りすぎるな。
「私のことも好きに呼んでいいよ。おすすめは李衣菜ちゃん!」
「じゃあ、千葉さんで」
「やめてー! 『おばさん』みたいな言い方するなぁー!」
どこか嬉しそうにツッコんでくる李衣菜に、ちょっとだけ退屈しそうにないな、なんて感じてしまった。
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