第15話 7月23日(金)

 唯の気分が落ち着いたこともあってか、やんわりとした雰囲気が続く。


「それでさ、唯にもこのことは秘密にしてもらいたいんだが……」


 言葉尻を濁しながら目線を送ると、意外な言葉にちょっと気が抜けてしまった。


「別に言いふらさないって。ユウと七海とあたしの約束ね!」

「そう、約束を――え、今名前で……?」

「七海が言ってほしくないならあたしは絶対に言わないし、カミサマ?ってのも見えなきゃ問題ないって」


 唯の言葉に安心している以上に、俺は呼び方が変わっていることに気を取られたままだった。

 苗字にさんをつけた、明らかに他人呼びだったものが下の名前に変化した。二人が会話している間に何かあったんだろうか。まあ、それしかないよな……。

 俺が知らないところで二人の距離が縮まっている。

 なぜだか無性にそれが嬉しく感じる。口角が自然と上がってしまうのを抑えられなかった。


「何ニヤニヤしてんの? 気持ち悪いよ?」

「してねえよ」

「してるって! ほら、七海もそう思うでしょ?」

「うん、キモい」

「きもくねえって!」


 罵倒されているのに、なんか笑えてきてしょうがなかった。唯にちゃんと説明できたことでさっきまでのとげとげした空気がなくなり、温和な笑い声が部屋に満ちていく。すごく達成感に溢れている。別に俺は何もしてないのに。

 一件落着したところで、二人にはお暇してもらおう。談話しているところ申し訳ないけど、ここ俺の部屋だし。

 そう思って二人に呼び掛けようとしたところで、背中に厄介なものが現れる。


「これぞ良き契りではないかの。我も見ていて酔えるのじゃ」

「いきなり現れるなっての……」


 神はどうもご機嫌らしく、にこにこと笑みを湛えながら俺の背中にしがみつく。そんな神の登場に唯はどこか嬉しそうに話しかけた。


「ほえー、これがカミサマかぁ」

「これ、我を指さすでない。礼儀をわきまえんか」

「なんだ、驚かないのか。いきなり出てきてもっとびっくりすると思ったんだが……」

「まあ話を聞いた後だし、ん~一回どこかで見た気もするんだよね……」

「そうだっけ? …………あ! いや、別に思い出さなくていいから!」

「そう?」


 どこだっけなぁと顎に指をあてる仕草をする唯に俺はストップをかけた。

 そうだ、一回祠で見つかった時に無理やり神が気絶させたんだった。蒸し返されるとまた面倒だから、このまま忘れたままの方が無難だろう。


「そちの黒髪の小娘は久しぶりじゃの」

「うん、久しぶり。元気だった?」

「我は神故常に一定の気分じゃ――これ! 茶髪の子よ、すそを引っ張るでない!」


 依然とは違って少しの動揺もしないどころか、旧友に会った感覚で話す七海。耐性があるというか、慣れってすごいもんだな。笑って手を振るあたり、小さい子供を相手にしているのかもしれないけど。


「こらお主、ぼさっと見ておらずに、この小娘をどうにかせぬか!」

「ぐえっ、おま、首をつかむな首を」

「えーもうちょっとくらい遊ぼうよぉ」


 唯の方は完全に面白いおもちゃを見つけた子供のようになっていた。

 ぐいぐい来る相手は苦手なのか、必死に俺の背中からよじ登って頭の方に上ろうとする神。ちょっと面白いけど、これ以上下手に首を絞められても困るので、さっと唯に放すように注意する。さっと手を引いてくれた。


「つか、消えればいいじゃん」

「お主らと会話したくて出てきたのじゃ。それに先の力を使いすぎたのか、下手に出入りすると余計に疲れるのじゃ」

「頑張って出てきたとこ悪いが、そろそろ二人には帰ってもらうんだが……」

「えー嫌だよ。このまま泊って行ってもいいでしょ」

「だ、ダメに決まってんだろ! おい、七海も何か言ってやってくれよ」

「あ、私もよかったら……」

「誰か助けてくれないか!?」


 場に流されているのか、七海まで泊まるつもりかよ! 一人部屋に女子二人を宿泊させるとか、ちょっと問題だろ!

 そのあともぐだぐだとごねる唯をなんとか説得すること三十分。週末に出かける予定を作ったことでなんとか手を引いてもらうことにした。だが、問題なのは三人で出かけるということだった。

 これって二人とデートってことか? デートってことなのか!? 

 まともにデートなんてしたことないのに、同時に二人とするのかよ。ハードル高すぎないかっ!?

 満足そうな二人を見送るとどっと疲れが押し寄せてきて溜息をついた。ここ数日でなんか人生の荒波がどっと来たんじゃないかってくらいだ。


「なんじゃ溜息など吐きおって。そんな疲れとるのかや?」

「このまま週末まで動いたらぶっ倒れそうな感じだよ。そもそも今日だけですごく気を張ったぜ。週末くらいはゆっくりしたかったのになぁ」

「幸せ者がばちが当たりそうなセリフじゃの」

「そうかぁ?」

「まあ、兎に角お主にはもう少し波が来そうじゃの。……どうにも影がちらついておる。よく見えんがの」

「え、なに、なんか憑いてる?」

「ま、せいぜい舞えるだけ舞うといい」

「おい、不穏なことだけ言って消えるのやめろって!」


 一人になってしまった空間にしばらく呼びかけても神は反応しなくなった。力を使いすぎたんだろうか。実体化している間も、少し消えかかっていたりしていたし。


「とりあえず明日どうしよっかな……」


 唯からまたラインで連絡が来るだろう。時間や待ち合わせの場所は指定してくれるはずだ。心配はない………と思ったのだが、悶々としながら長い長い夜が更けていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る