第13話 7月23日(金)

 祠から走ればすぐに俺のアパートに着く。雨宿りも兼ねてタオルで濡れた体を拭くこともできるからちょうどいいと考えていたのだが、部屋に七海を入れた時点でようやく俺は冷静になった。

 夏服は生地が薄い。

 つまりどういうことかというと、七海の濡れた制服が体に張り付いて透けて見えてしまった。


「タ、タオル使ってくれ」

「あ、ありがと?」


 視界に入らないように、俺も取り出したタオルで顔を拭いていく。

 それにしても参ったな。

 まさか唯に続いて、七海を俺の部屋に入れることになるとは。状況が仕方なかったにしろ、すぐに帰ってくれとも言えないし。

 不要物をまとめてゴミ箱に入れた俺はソファに座った。


「とりあえず止むまで待つか?」

「この調子だとまだ降り続けそうだよね」


 肩にタオルをかけたまま、七海が窓の外を眺める。夕方の時間の雨ってのはどうにも憂鬱な気分になるな。


「お主らもう祠は直ったのかの?」


 ホームセンターで俺が買った飴を口に咥えながら神が登場する。俺以外の人間が近くにいる時は出てきてほしくないと言っていたのに、七海に正体を教えてからというもの、登場にためらいがなくなってないかコイツ。

 約束に重きを置くタイプかと思っていたのに、本人はあまり無頓着ってどういうことだよ。


「だいたいは終えたけど、雨が降ってきたから帰ってきたんだよ。さすがに雨の中でも作業しろってのは酷だろ。別に俺一人ならいいけどさ」

「お主に女子への配慮があるとはの。我は驚きで酔いそうじゃ」

「バカにしてんのかおい」


 やっぱ俺だけが特別舐められている気もしてならない。


「なんにせよ、しばらく帰れそうにないな……早くどっか行ってくれればいいのに」

「雨が邪魔じゃなのか?」

「まあな。雨さえなければ祠も戻るし七海も早く帰れるし」

「お主は雨が消えてほしいのか。消してほしいのか?」

「そりゃ消えるに越したことないな。いや、消すってどういう……」

「ま、お主を依り代にすればできなくもないかの」


 神の言葉の意味がわからずに聞き返したのだが、神は独り言のようにぶつぶつと呟いた。そのまま窓の方に寄ったかと思うと、小さくて細い腕を雨雲に向けた。

 十秒ほど無言で見つめ続ける。いったい何が始まるっていうんだ。

 俺と七海は視線を送りあうが、互いに神様の意図はつかめなかったので、黙って見守ることにした。


「ぬぬ……もうちと欲しいの」


 唸ったり腕を振ったりとなにやら不思議なことをしていたかと思うと、


「うわっ! まぶしっ!」


 いきなり曇天の間から太陽が顔を覗かせた。さっきまで暗かった空から光線が数本地上へと降り注ぐように雲が退いていった。ま、まさかコイツがやったのか……!?


「う、そだろ……」

「え、さっきまであんなに降ってたのに……」


 俺も七海も動揺を隠せない。見開いた目で空を見ることしかできなかった。


「どうじゃ。これが神よ」

「すっげー……」

「なんじゃ面白くない態度じゃのお」


 手放しで褒めることでも期待していたのかもしれないが、こっちにしてみれば驚愕の感情しか湧いてこない。人間本当に驚いた時には言葉が出なくなるらしい。言葉を失うってこういう事なんだな。


「では、使った分は頂くとしようかの」

「は? 何の話だ――」


 ふわふわといつものように俺の背中に近づいてきた神はなぜか実体化するときのように、ぎゅっとしがみついてきた。そして――。


「がばばばばば!!?」

「雅勇くん!?」


 思いっきり背中から何かが吸われていく感覚に俺は悲鳴を上げた。

 痛いいたい、なんだこれ! 声を出すのが精いっぱいで抵抗することなんて不可能だった。ただ神が触れている部分から全身に広がる痛みに耐える。しびれやめまいで動くことが難しくなる。

 いったいなにが……いや、というか、こんなの神のしわざ、だろ。


「が、はっ……」

「いかんいかん。吸いすぎて死んだら元も子もないわ。生きておるかや小僧」

「雅勇くんっ!」


 ようやく神から放された俺はそのまま横にぶっ倒れた。意識ははっきりしているが、過呼吸状態だった。


「お、まえ……なにを……」

「我が何も代償なしに雨雲を吹き飛ばしたと思うたか? お主が消してほしいと願ったから、お主の魂を依り代にして我が力を使ったのじゃ。使った分はお主から差し引いただけよの」

「か、勝手なことを……」

「お主の願いも勝手じゃのお。自然の理を覆すにはそれなりに難しいのじゃ。わかったかや?」


 俺がさっき雨が止めばいいって口にしたことを言ってんのか。

 そりゃふと思ったことを言ったが、誰もやってほしいなんてお願いしてないだろ! 力を使ってから事後報告なんて納得できるかよ!

 だが息も絶え絶えな俺にできるのは神を睨みつけることくらいだった。そんな俺をあざ笑うかのように、にいっと嫌な笑みを神は見せる。

 くそっ、楽しんでやがるなコイツ……。


「もう少し楽しむといいじゃろ」

「……けほけほ、ぁ?」


 ベッドわきで横たわる俺を介抱する七海に言ったのか、俺に言ったのかわからないが、さらに意地悪く神は笑った。訝しむ俺の疑問に答えるかのように、正解は大きな音を立てながら入ってきた。


「ユウ、だいじょーぶ!? なんか大きな叫び声聞こえたけど!」

「え、あ……」

「あ、れ……?」


 互いに困惑した表情で指をさし合う。玄関の扉を開けて登場したのは、部活姿の唯だった。

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