第10話 7月23日(金)
視線とひそひそ声を背中に向けながら俺は昼食を摂っていた。
いつものように男友達とではなく、左側に唯と、右側に七海に挟まれた状態である。せめて向かい合っていればまだマシな気もしたのだが、なぜか今朝登校したときの状態と同じ二人の間に俺が座るという……どうなってんすかこれ。
気を遣ったのか、照西と林は学食で食べると早々に立ち去ってしまった。気まずいのはわかるけど、俺的には居てくれた方が助かったのに。
いつも唯と一緒にいるメンツも遠目で俺たちのことを見ているだけである。
そっとその方向に視線を向けると、さっと顔を逸らされてしまった。
「なあ、ちょっと食べにくくないか」
「あたしはそんなことない。むしろこれでいいもん」
「七海さんは……はい、ですよね」
ばっさり話を切った唯に対して、七海はあまり教室では喋ろうとしなかった。俺の横で食事を摂っているだけだった。ただ、ちょっと距離が近いってだけで。
「三間さん、ちょっと距離が近いんじゃない?」
「いててえ! なんで俺をつねるんだよ!」
「品川さんこそ、幼馴染ってだけでそんなべたべた触るのヘンじゃない?」
「あたしはユウと仲いいから変じゃないでしょ。逆に今まで話したことのない三間さんの方がおかしいって」
「だから、俺の横腹をつまむな!」
この二人、さっきから会話しているようで決して顔を合わせていないのが怖すぎる。あと、唯が俺に八つ当たりするのも怖すぎる。
君たちそんな仲が悪かったの? なんでそんな機嫌悪そうなの?
「おい、二人落ち着けって。飯がまずく――」
「ユウは黙ってて!」
「雅勇くんは黙って!」
「はい……」
どうやら俺の参戦は認めないらしかった。俺はとにかく早く食べ終えようと、箸を進めるのだった。五分ほどで俺は片付け終えた。
この場から離脱しようと席を立とうとすると、なぜか唯にズボンをつかまれた。
「どこいくん。あたしはまだ食べ終わってないよ」
「北の国みたいなこと言うな。トイレだよ」
「じゃあ、待ってて。あたしも行くから」
「ついてくる気かよ!」
ほんとにどうしたんだこの幼馴染は。もっと前まではセーブできていたものが、外れかかってないか。半ば無理やり袖を振り払って俺は教室を逃げ出た。のだが、後ろから声をかけられて、びっくりして振り返ってしまう。七海だった。
「ど、どうした」
「いや、なんかあの子……雅勇くんいなくなった途端に睨んできて、すごく怖いんだけど」
「それはすまん」
何をやってるんだ唯は。七海に対してそんな敵対しているのがよくわからないが……。
「もしかしたらさ……」
「なんか心当たりでもあるのか?」
「いや、えっと……言いにくいんだけど。嫉妬してるのかなって思って」
「はあ……嫉妬ねぇ」
唯が七海にってことか? 話しながら俺たちは渡り廊下を歩いていく。どこかからセミの声が聞こえてきて、一層夏を感じさせる情景が頭に浮かんだ。
「今まで雅勇くんとほとんど関わらなかった私に敵対心でも持ってるのかわかんないけどね。二人は付き合ってるの?」
「別に」
「そ、そうなんだ……」
「なぜそこで嬉しそうな顔をする」
「い、いいでしょ。雅勇くんには関係ないし!」
確かに唯とはキスをしてしまったが、特別な関係になった気はないんだ。どちらかが告白したならば、それは恋人と言えるのかもしれないけど、まだ恋人ではない俺が他の女子や七海と仲良くしていたらそれは悪いのか?
逆に唯が他の男子と仲良くしていたところで、俺は嫉妬しない気がするしな。
それとも義兄弟になった俺と七海の関係を知らないから、唯にとっては不安なのだろうか。
「なあ」
「なに?」
「俺たちの事、唯には教えてもいいかな。たぶんあいつもそんなばらすことはないと思うし」
「うーん……」
俺たちのことを知っていればそこまで嫉妬するようなことはない、はずだ。俺の知り合い同士が喧嘩なんてしてほしくないし、七海にとって仲の良い女子が増えるならメリットでもあると思う。
「やっぱりあんまり知られてほしくないか?」
「別に雅勇くんの幼馴染にならいいかなと思うけど、話さない方が面白いかなって思う」
「面白いかで考えるなよっ!」
ふふふと楽しそうに笑う七海。教室でもこんなふうに笑っていればいいのに。話がひと段落ついたところで、学食から戻ってくる人影がちらほらと見えた。
そろそろ俺たちも教室に戻らないとな。唯を一人にしたままだと何するか分かったもんじゃない。
「やっぱり雅勇くんは品川さんが一番なの?」
「え?」
ちょうど唯のことを考えていたせいか、少しどきりと心臓が跳ねた。聞き返しても七海は何も答えてくれなかった。
**
放課後の始まりを知らせるチャイムが鳴り響く。
今日は祠の修理のためにいくつか店を回るつもりでいた。なぜか帰り道がわからないからと俺と帰るつもりでいた七海にそう説明すると、
「あ、私も暇だし。手伝おっか?」
「まじか助かる。ってか、七海も部活に入ってなかったんだ」
「…………。まあね」
なんだ今の間は。まあ、いいか。
神様のことを七海は知っているので、祠の件も少し伝えていた。俺が修理しなくちゃいけないはわかっているが、手を貸してくれるのは正直ありがたい。
二人で帰ろうとしていたところで、運悪く唯が待ち構えていた。バスケシューズを袋ごと担いだ友達があきれ顔で一緒にいた。
「ユウは三間さんと一緒に帰るの?」
「まあ……ちょっと寄る所があってな」
「まさかデートじゃないよね!?」
「違うからそんな大きな声を出すな。あと早く部活行けよ。友達待ってんだろ」
「じゃあ、部活終わったらユウの家行くからね!」
「わかったから早く行きなさい。頼む、長谷川」
「あーい」
俺たちのやり取りを傍で薬と笑ってみていた長谷川に連れていくように合図を送ると、不満げそうな唯を引っ張って行った。
ここでいつまでもごねられるのが面倒くさいので、あとは友達に任せるのが適任だろう。
「早くなんとかした方がいいよ?」
「同感だ……」
となりからボソッと呟いた声に対して俺は嘆息した。
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