第9話 7月23日(金)

 携帯のアラームで目が覚める。いつもと変わらない朝、と言いたいが、今実家にいることを思い出した。

 父さんが再婚して義妹ができたからと言って、大して俺の生活に変化が出るわけでもない。マンガでよくある妹が朝起こしてくれるシチュエーションなどあるはずもなかった。


「起きるか……」


 ベッドで少しくすぶっていた俺はベッドから抜け出した。アパートにいる場合なら学校まですぐなのでわりと朝はゆっくりできるのだが、残念ながら実家から学校までは電車を乗り継がないと間に合わない。

 この時間ならギリギリになりそうな気もするので、早めに仕度するとしよう。一階に降りてとりあえず顔を洗おうと、洗面所に入った時だった。


「ふわあぁ……おっと」

「あ、おはよう」

「おお……おはよう」


 既に制服に着替えた先客が髪の毛を梳かしていた。ヘアブラシを器用に使いながらヘアゴムを口にくわえている。女子は朝から準備に時間がかかると唯から聞いていたが、こうして目にするのは初めてだった。

 邪魔にならないようにさっさと用を済ませた俺は制服に着替えて朝食を済ませることにする。テーブルには優雅にコーヒーを飲んでいる父さんが座っていた。


「おはよ」

「おう、こんな時間に起きてきて学校間に合うのか? 七海ちゃんはもう準備万端だったぞ」

「まじかよ。なんで起こしてくれなかったんだよ」

「お前を起こす習慣なんて忘れていたし、なんなら一人暮らしをしている雅勇に必要ないとは思ってな」

「もういい。急がねえと」


 食パンを頬張るように口に含んでいると、


「雅勇くん、落ち着いて食べないと喉を詰まらせちゃうわよ」

「む、……うぐ、はい」


 台所から顔を出した美那子さんに諭され、俺は咀嚼を進めた。まだ慣れない環境とはいえ、ちょっとだけ安心するのはなぜなんだろうか。よくわからない感情ごと、俺はパンを飲み込んだ。

 急いで仕度を終わらせた俺は「いってきまーす」と宣言を残して、玄関を飛び出すと、そこには七海が待っていた。

 頬を膨らませて、ジト目を向ける七海が話しかけてくる。


「おそいよ。早く学校行かないと遅刻しちゃう」

「別に俺を待たなくてもよかったのに」

「だって、ここから三鷹駅みたかえきまでの道わかんないし。雅勇くんに案内してもらわないといけないじゃん。それにどうせ同じクラス行くんだから一緒に行っても変わらないよ」

「じゃあ早く道を覚えないとな」


 俺はアパートに戻るから毎回案内ができるわけじゃあない。七海も実家の方に戻るのかもしれないが、もし俺の家に住むことになれば覚えていて損はない。というか、覚えないと損しかない。

 二人で足早に三鷹駅へと向かう。俺の家から駅までは歩いて十分ほど。特徴と言えば駅前にめちゃくちゃうまいパン屋があるくらい。あとはコンビニが三件ほど密集しているくらいか。

 改札口を抜けるとアナウンスが聞こえてきた。どうやらちょうどのタイミングだったらしい。電車に飛び乗ったが、やはりこの時間は俺たちと同じ三条高校の生徒が多く乗車しており、込み合っていた。中には見たことのある顔つきがちらほらと見受けられた。

 特に会話することもないので、俺はじっと黙ったまま時間を過ごす。ちょっと距離をとっていた七海に視線をやると、目をつぶってイヤフォンを耳に差していた。

 数駅ほど電車に揺られる。


「次は~朝日ヶ丘あさひがおかぁ~。朝日ヶ丘ぁ。お降りのお客様は左側です~」


 妙に間延びした車掌の声で、高校生らが一斉に動き出す。早く学校についていたいという焦りからか、扉が開いた瞬間に波が押し出される。

 それに潰されそうな七海が視界に入り、俺は思わず七海の手をつかんでしまった。流されないようにぎゅっと引き寄せる。


「大丈夫か?」

「あ、ありがと……」


 驚いた表情の七海と目が合う。別に電車内でシカトしあっていたわけではないが、自然と手が出たのは俺が七海の存在をちゃんと認識していたからなのだろうか。


「ちゃんと気を付けないとこの時間は大変だぞ」

「うん……結構人多いんだね」


 どこか他人事のような言い方に少しひかかったが、いつも七海が教室に遅れてやってくることを俺は思い出した。何か事情でもあるのだろうと聞いたことなんてなかったが……。聞いてもいいのだろうか。

 駅から学校へと向かう長い一本道を俺たちはぞろぞろと歩いていく。自然と右隣に並んで歩く七海に俺が疑問を投げかけようとした時だった。


「なあ――」

「おはよーユウ!」


 後ろから幼馴染の声が掛けられる。


「あ……三間さんもおはよー」

「お、おはよう」


 隣にいた七海の存在に気づいた唯が同じように挨拶するも、七海は遠慮がちに声を出した。


「珍しいね二人が一緒なんて。なんかあったん?」

「あーそれはな……」

「別になんとなく一緒になっただけだよ。そんな特に理由はないし」


 俺がなんて説明するか悩んでいると七海がさっと答えてくれる。こういうのはすごくありがたいな。内心唯になら説明してもいいかなと考えたが、七海との約束もあるし、秘密にしないといけないか。


「なんだあー。てっきり二人が付き合ってるのかと思っちゃった。あたしとキスしておいてユウが浮気したなんて許さないよ」

「朝からちょっと怖いこと言うな。それと苦しいから離れろ」

「いーやーだー」

「ちょ、おまっ、七海がいるから――」

「ななみ?」


 あ、やべ。

 いきなり左腕を組んできた唯を離そうとして思いっきり失言してしまう。急に唯の目の色が変わったのがわかった。


「え、なんで下の名前で呼んでるん? どゆこと?」

「べ、別の下の名前で呼ぶくらい普通だろ。ほら、唯のことだって下の名前じゃねえか」

「そりゃ、あたしは幼馴染だし。え、ただのクラスメイトなんでしょ? そうだよね、三間さん」


 暗に付き合ってないよね、と圧を送る唯。おい、攻めるな攻めるな。

 地味に笑顔なのが怖い唯に対して、七海はなぜかどもり始めてしまった。


「つ、つ、付き合ってはないけど、私と雅勇くんはその……あれだし。えっと、ちゃんと関係あるもん」

「ちょっと、七海さん!?」


 いきなりどうしちゃったよ。その意味深な言い方だし、逆に誤解を与えかねんぞ。 こんな登校中で人が多い中で、誰に聞かれてるかわからないってのに、下手な言い方をするなよっ!

 未だに腕を組もうとする唯に対抗してか、なぜか七海まで俺の右腕に触れるような格好を取る。

 おい、なんだこれ。どうなってんだ。

 どうしてクラスメイトもとい、幼馴染と義妹に両腕組まれてるんだ俺。周囲の視線を強く感じながらも、俺たちは遅刻せずにそろって教室に入った。

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