第8話 7月22日(木)

 一仕事も終えて俺は部屋に戻ることにした。今日はそこまで課題が無くてよかったが、本来この時間は勉強している。まあ、今日くらいは新しい家族との時間に使ってもいいのだが。

 俺は一足先に無言で部屋へと戻ろうとしたところで、


「がっ、雅勇くん」

「ん?」

「あ、えと、あとで話をしたくて。その……」


 開きかけたドアをそっと閉めようとする。話があるなら早く済ませようと思い、七海に向き直った。


「なんかあった? ここじゃダメなのか?」

「その、二人で話せる場所がいいかな」

「え、っと」


 これはまさかさっきの制服の件ですかね。部屋で思いっきり殴られたりするんですかね。ちょっと遠慮したいなぁ……。

 七海の様子を窺うと、伏し目がちで不安そうな表情だった。

 俺の二の句が封じられてしまう。頭をポリポリと掻いて困ってる風を装いながら、


「じゃあ、あとで俺の部屋に来てくれ」


 俺は要求を受け入れた。これから関りを持つ七海に対して、不安そうな表情を向ける彼女に拒絶は出来なかった。


「うん、ありがと」


 親同士、子同士。少し腹を割って話をする機会があってもいいのかもしれない。そんなことを考えた。



                  **



 自室でスマホゲームをして時間を潰して待つことにした。


『もしや』

「ぬわっあああ!」

『みっともない声を出すでない』


 いきなり声をかけられ、思いっきり叫んでしまった。他の誰でもない俺に憑いた神だった。


『お主もしかして我のことを忘れておったろう』

「父さんの再婚から始まって、今日一日がハード過ぎただけだ。もうお前はどっか消えたのだと思ってたわ」

『無礼な奴めっ! 罰を与えるぞっ!』

「おい、やめろ。俺が一人の時はいいけど、家族がいるときはやめてくれ」

『む……いつになく真剣じゃの』

「唯には誤魔化せたが、幼女と戯れているなんてバレたらシャレにならねえんだよ」

『言い方に棘があるが、我は大人じゃから気にしないもん』

「はいはい。またあとで構ってやるからさ」


 トントンと、控えめなノックが聞こえた。俺は神に視線をやって合図を送ると、その意図が伝わったのか頷いた。いつものように消えたのを確認してから、俺は七海を迎えた。


「あ、ごめん。ちょっとだけ話したいなって」

「ああ、別にいいよ」

「声が聞こえたけど、誰かと話してた?」

「べつに! いや、あれだ、電話だよ電話」


 もしかしてバレてないよな……。神様いわく姿や声は俺にしか伝わらないって言ってたし、大丈夫だよな。唯を気絶させたときみたいな手荒な真似はしたくない。

 七海は軽く頭を下げながら部屋に入り、俺のベッドに腰を下ろした。そ、そこに座るのか。まあ別にいいんだけど。

 ふわりと香ってくるいい匂いに、七海がシャワーを浴びてきたあとなんだと分かった。

 俺は勉強机の方の椅子に向かい合うように座り、話を促した。


「そのさ、学校でのことなんだけどね。私たちは義兄弟になってるけど、今まで通り普通に接してほしいの。別に学校では苗字もそのままでいくし、クラスメイトに説明する必要もないかなって」

「わかった。俺もその方がいいと思う。じゃあ、これまで通りあんま話しかけない方がいいな」

「そ、それは別にいいから! 全然話しかけてほしい……」

「お、おう」


 ほとんど話してなかった俺たちが急に喋ってると怪しまれるかなと思ったのだが、そこは話しかけてほしいのか。再婚したことだけは伏せてほしいってわけだ。


「雅勇くんとは仲良くしたいから……」


 後半になっていくにつれてだんだんと声が小さくなる。それでもちゃんと俺は聞き逃さなかった。

 七海がクラスで特定の誰かと話しているのを見たことがない俺は、少しだけ心配だった。俺の知らないところで友達がいるならいいのだが、本当に誰とも喋れないのならそれは辛いんじゃないか。

 好きで一人でいるなら話は別だが、こうして本人が「俺と仲良くしたい」と望んでいるなら、それは叶えられるべき願いだ。

 ただのクラスメイトじゃない。俺は家族としても、七海と深くつながったのだから。


「じゃあ、約束だな」

「え……?」

「家では新しい兄弟になったわけだけど、学校では普通に友達として接するという約束だ」


 俺が小指を突き出した意図を理解したらしい。七海も同じように結んできた。いわゆる指切りげんまんってやつ。さすがに歌を口ずさみはしなかったけど、ちゃんと二回切って見せた。


「約束だ」

「うん、約束」

「よいのよいの」


 俺の声に呼応するような二人の反応。

 急に背中に重みを感じる。……おい、ちょっと待て。


「え、今誰かの声が……」

「気のせい――」

「これこそ契りを結ぶと言えるのではないか。まさか現代にも続いておったとはの」

「え、やっぱり誰か」


 どこか興奮した様子の神が抑えきれなくなったのか、とうとう姿を現しやがった。


「えええええ、なにっ! だ、誰っ!?」


 いきなり俺の背中に現れた神を視認できたらしい七海は恐怖の混じった悲鳴を上げた。これはどうやって誤魔化せばいいんだ。つか、さっき出てくるなって言ったはずなんだけど。なにしてんの神様は。


「ま、待て落ち着け。これには深い事情があってだな」

「お主これで二人と結ばれたの。よかったではないか」

「今はその話辞めてくれないですかね! 今とんでもなくヤバい状況なのよ!」


 報告は非常にありがたいのだが、空気を読めない神様に思わずツッコんでしまう。俺は首からひょっこりと顔を出す神を指さしながら、七海に正体を説明した。

 こいつが神様であることや祠でやらかして今憑りつかれていることなどを、順に伝えていく。

 呪いのことは伝えるか迷ったが、さっき神が漏らしてしまったので、この際だから言ってしまうことにした。


「し、信じられないけど、理解はできた……かも」

「そ、そうか。よかった」


 話が終わると、戸惑いながらも七海はなんとか肯定してくれた。一安心と言いたいところだが、七海はどこか不思議そうな顔をしていた。


「その神様はずっと雅勇くんにくっついているってことなの?」

「ずっとじゃないぞ。基本俺にしか見えてないらしいが、くっついていれば実体化して見えるようになるらしい。たぶん七海も触れるはずだぞ」

「え、じゃあ……」


 ベッドから立ち上がった七海は俺の背中にいる神へと手を伸ばす。遠慮がちに神様の頬をつまんで見せた。


「え、ほんとだ。すごい、もちもちしてる」

「ほひっ! やめんか、我に気安く触るでないわっ! こら、らめ、揉むでない!」


 よほど手触りがよかったのか、しばらくむにむにと触っていた七海に神が振り払った。手触りいいのかな。今度俺も触らせてもらおう。でも、実体化してるときってだいたい背中にいるから触りにくそうだな。


「お主、今良くないことを考えておろう」


 くっ、心を見透かされてしまった。ジト目を向ける神から逃げるように、俺は咳ばらいをすると、


「と、とにかくだ、こいつのことは誰にも言わないでくれるか? あんまり信じてもらえそうな話題でもないんだけど……」

「わかった。あ……これも約束ね」

「助かる」


 今度は七海から小指を出してきた。指切りか。口約束よりもよほどいいはずだ。二回降ると、すっと離れる。


「じゃあ、私はこれで戻るね。話ありがとね」

「おう。また明日からもよろしくな」

「うん、おやすみ」


 ニコッと可愛らしく微笑んだ七海は満足そうに階下に降りていった。俺たちだけの秘密を抱えて、明日からはまたクラスメイトに戻るのだ。

 七海の気持ちはまだわからないが、ちょっとだけ俺たちの距離が縮まったように思う。俺は背中にいるままの神に呼び掛けた。


「ありがとな」

「なんじゃ、藪から棒に」

「いんや、契りを結べたのは神のおかげかもしれないなって」

「呪いを神頼みで解こうなど甘いの。お主があの女子に一歩踏み込まねば向こうも応えてくれなかったのではないかの。ちゃんと人の気持ちを考えねば結ばれる縁も結ばれんわい」

「……そうかもな」


 肩にちょこんと顎をのせてきた神がなんだか複雑そうな顔をしていたのが気になった。

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