第7話 7月22日(木)

 俺にとっても久しぶりになる実家へと戻ってくる。

 春休みに一人暮らしを始めてから、まだ一度も帰省してなかったな。それほど懐かしさを感じるわけでもないので、気軽にインターンフォンを鳴らした。

 隣に七海がいるせいでなんか違和感はあるけど、さほど気にしない。

 父さんが出迎えてくれたかと思うと、すぐに奥へと引っ込んでいった。どうやら料理の途中だったらしい。


「おじゃまします」

「そこまで気を遣わなくていいって。まあ最初は慣れないと思うけどさ」

「なんか新鮮な感じがする」

「俺も女子を家に招待する感じがするよ」


 互いに笑いながらリビングへと足を踏み入れた。七海をソファに座るように促すと、台所から父さんが呼びかけてきた。


「今日はとりあえずカレーにしたけど、七海ちゃんはなんか食べれないものあった?」

「わ、私はなんでも大丈夫です」

「そっか。ありがとう。雅勇は別にいいか」

「俺は聞かないのかよ! 別に嫌いなもんないけどさ!」


 同じタイミングで七海と美那子さんが笑っているのが見えた。そんな些細なことで似た者同士何だなって思ってしまった。

 しばらく七海とたわいもない話をしながら待っていると呼ばれた。料理が完成したようだ。四人で席について、


「「「「いただきまーす」」」」


 声が揃った。美那子さんが各々の分を取り分けてくれたので、ありがたくいただくことにする。

 うん、うまい。やっぱカレーはいつ食べても美味しいもんだ。具材は母さんが作っていたレシピを採用したのか、とろとろになるまで煮込んだ大根が入っている。それが少しだけ思い出補正をかけていた。

 野菜を中心に作られたカレーに、ほどよく辛さを持ったスパイスがとても相性がいい。


「大根……入ってるんですね」


 七海が独り言のようにポツリと呟いた。まあ普通はない具材だからか、意外だったのかもしれない。


「合わなかった?」

「いえ、少し驚いただけです。美味しいなって思って」

「だろー? 一見合わなそうに見えて、実は美味しいんだよなぁ」


 父さんが少し自信ありげに言って見せる。そのあとは特に喋ることもなく、皆もくもくと食べ進めていった。最初ファミレスで対面したときのぎこちない雰囲気はなかったように感じた。


「「「「ごちそうさまでした」」」」


 今度もそろって合掌した。


「準備はしてくれたから、片づけは俺がやるよ」

「あ、じゃあ、私も!」


 俺が台所に行くと、七海もついてきた。二人でやった方が早いだろうから、そのまま二人で片づけをすることにした。父さんなんかは「若いもんに任せるかな」などと言って、美那子さんとリビングへと移動する。

 俺が洗って七海が拭いて皿を重ならないように置いていく。うちは食洗器がないので、そのまま水気を切る台に置くだけなのだ。実に簡単。

 黙々と二人で作業していると、


「こうしていると二人が新婚さんみたいね~」

「ちょ、美那子さん。二人は一応兄弟になるんですよ」

「それでも血はつながっていないから大丈夫なんじゃない? 義兄弟は結婚できるっていうし」

「うーん、確かに問題はないのか……?」


 そんな会話が聞こえてくる。いったい何を話してんだ、あの二人は。せめて俺たちの聞こえないところでやってくれ。ちらりと横目をやると、七海は顔を真っ赤にしていた。唇をぎゅっと結んで恥ずかしそうな表情を浮かべていた。


「ど、どうした」

「ごめん。私のお母さん、時々抜けたところあるから……」

「別に気にしてない。ってか、俺の父さんもしっかりしてないからな……」

「雅勇くんと結婚って……そ、そんなの」

「え、なに?」

「違うから! 想像なんかしてないから!」

「ソウデスカ」


 急に小声で話すから時々聞き取れない。すごい剣幕で慌てて否定されてしまった。そんなに否定しなくてもいいじゃない。

 別に結婚する未来がないにしても、言葉ではっきり言われるとな。ガラスのハートが傷ついちゃうよ。

 片づけを終えた俺らは、二人の待つリビングへと戻った。ソファに座った俺たちに、というか明らかに七海に向けて、美那子さんが話しかけた。


「伸明さんからお部屋を用意してくれたそうだから荷ほどきしないかしら」


 楽しそうに両手を合わせてほほ笑むのだった。



                  **



 父さんは二人に新しく用意したという部屋に案内すると言って、二階へと上がっていった。

 何もしないでぼうっと見ているのも悪いので、俺は三間家の荷物を家に運び入れることにした。そこまで多くないのか、母娘二人分で大きめの段ボールが四個と小物がちょっとだった。とりあえず普段客間として使っていた和室に運び入れる。

 母さんの仏壇があるのだが、邪魔にならないように広げるのが大変だった。母さんもまさかこんなことになるなんて思わなかっただろうな。

 ごめん、父さんのせいだから。俺、悪くないよね。

 そんな言い訳をしながら無心で段ボールの封をカッターで解体していく。特に何も考えず作業していたのが悪かったのか、三つ目を開いたところで俺はやってしまった。

 衣類がまとめられていたのだろう。見たことのある制服が入っているのに気付き、手に取ってしげしげと眺めてしまった。


「やっぱ同じクラスメイトだよなぁ」

「なにしてるの?」

「っっっ!!」


 背中から冷たい眼差しと恐怖の声音が刺さった。


「それ、私のだよね」

「え、っと、その、ですね」


 クラスメイトの制服を確認してました、なんて言えるわけもなく。構図だけを見れば確実に俺が訴えられてもおかしくない状況だった。

 ばっちり現場を見られているだけあって、言い訳なども通用しない。パンチや罵倒の一つでも飛んできても仕方ないと覚悟を決め、俺は目をつぶった、のだが――。


「衣類はいいから、他のところのやつ片付けてくれる?」

「殴るなら顔……へ?」

「なに、殴ってほしいの?」

「え、いや! 手伝わせていただきますとも」


 変わらない無表情で七海は俺を見つめているだけだった。ふっと視線を落として自分の荷物に取り掛かろうとする。

 俺は隣に座った彼女の様子を窺いつつ、宣言通り手伝いをするのだった。

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