第5話 7月21日(水)
一人部屋に残された俺は特にすることもないので、とりあえず父さんに電話を掛けることにした。頻繁には連絡を取り合うことがないせいか、時々こうして電話がかかってくると緊張してしまう。
普段は仕事熱心な真面目な人間だが、俺が一人暮らしをしたいと言った時には「俺も一人暮らしを満喫する」なんて言った人間だ。
正直この用件も何か面倒くさい気がしてならない。
コール音が五回鳴ったところで応答してくれた。
「もしもし」
「おう、なんだよどうした。俺はちと手が離せないんだが。用があるなら手短に頼む」
「用ってか、そっちが掛けてきたから俺が掛け直したんだけど。忙しいんだったら、また明日にするわ」
「あー、あー、そゆことね。すまんすまん」
がさごそと何やら騒がしい音が聞こえるので、仕事の資料作成とかでもしている最中だったかな。最近は家でもオンラインで仕事ができるとかなんとかで、休めないと度々ラインで愚痴っていた。
「いやー受け入れの準備って何すればいいかわかんなくて、あたふたしてただけだ」
「受け入れ? 何の話だよ」
「まあ、お前に話しておかなきゃならんことがあってな。それも超大事」
「なんだよ、俺に関係あることか?」
「
「へー……って、再婚!?」
「そう、大根じゃなくて再婚」
「今はそういうのいいから」
「冷てーなー。ま、なんやかんやで職場の人と縁があってな? ほんで気が合って結婚することにした。というか、もう役所に提出してきた」
「気が早えよ! え、つか、母さんはどうなんだよ」
「ちゃんと墓行って話してきた。いいよ、って言ってた」
「嘘つけ! なんで母さんが喋れるんだよ。霊媒師か!」
「それで向こうは娘さんがいるけど、旦那さんが結構前にどっか行ったんだと。お互いに助け合おうってな」
「あー……そういう」
互いに片親がいないという境遇も惹かれた理由の一つなのだろうか。俺が沈黙していると、父さんは少し不思議そうな声音を出した。
「……。お前は反対しないのか?」
「いや、別に」
今更俺が反対したところで、父さんが結婚を取りやめるわけがないのはわかってる。それにいろいろと事情があるのも理解した。
俺だって一人暮らしで自由にさせてもらってるのに、父さんは好きなようにできないのはちょっと不平等かもな。なんて思う。
「そんでこっからが本題なんだが」
「充分本題だっただろ……」
「明日顔合わせということで、新しい母さんと娘さんに会うんだが、お前も連れていくことにした」
「いきなりだな! 俺の意思は!?」
「あるわけないだろ。新しい家族だぞ、一応でも会っとけ」
くそ、展開が急すぎるせいで脳が追い付かないまである。フリーダムすぎるぞ、俺の父親よ。
「ちなみに娘さんはなんとお前と同じ高校で一年生なんだと! いやあ、こんな偶然もあるもんだな。俺はびっくりしたね。写真も見せてもらったけど、かなりの美人さんだった」
「同じ学校、だと……?」
「彼女の方が雅勇より誕生日が遅かったから義妹になるはず。仲良くしてやれよ」
「妹ね……はあ」
「なんだ嬉しくないのか?」
一人っ子だった俺は兄弟に少しだけ憧れていた。だけど、今できた妹は血のつながっていない他人だぞ。しかも同い年で同じ学校だと? もしかしたらすれ違ったことがあるかもしれない人間だぞ。冗談じゃない。
生まれて初めて体験することに俺は戸惑いを隠せなかった。
新しい家族、というものにどんな顔を向ければいいのだろう。不安で仕方がない。そんな俺の心情を察したのか、
「まあ、心配なのはわかるさ。お前は一緒に暮らすわけじゃないんだから、一つ頭の隅だけでも置いといてくれ。そこまで重く受け止めないのが、まあ……いや、すまんな」
「別にいいって。父さんが謝ることじゃないし」
「そっか、ありがとな」
よくわからないやり取りで会話を締めて俺は電話を切った。少し話しただけなのに、どっと疲れた気がする。俺はスマホをベッドへと放って、そのまま身を投げた。
「誰なんだろうな……」
せめて名前でも聞いとけばよかった。同じ一年生といっても、一クラス四十人が十クラスもある。しめて四百人だ。
どこかで会っているかもしれないし、見たこともない女子かもしれない。明日の顔合わせでなんていえばいいんだ。
初めまして? よろしくお願いします?
家族に対してよそよそしいのもどうかと思うが、いきなりフランクにもなれそうにない。うまく考えがまとまらない俺はまだ見ぬ家族に募らせながら、長い夜が過ぎていった。
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