第2話 7月21日(水)
翌朝、無意識のうちにセットしておいたアラームで飛び起きた。青色のカーテンの隙間から太陽の光が漏れている。さっと開いて陽を浴びる。
ぐっと背伸びをすると、とても気持ちのいい朝だ。そして一言。
「うーん、昨日は変な夢を見たなぁ」
『現実から目を背けるでない』
「せっかく無視してたのに、俺の独り言に反応しないでくれるか」
実は起きてから視界には入っていたんだけど、認めたくなかったからスルーしたのに。こうして聴覚まで刺激されるとどうしても答えざるを得ない。どうやら夢落ちは神でも許さないらしい。
『それにしても早起きじゃの。何か用でもあるのかの。さては昨日話した――』
「神には関係ないだろうが、俺には学校というとても大事な用があんだよ」
『がっこう、とはなんぞ?』
「あー。同じ年の奴らが集まって勉強したり部活したりするところ……?」
『なぜに質問を疑問で返した』
「俺だってわかんねえよ。みんな行くから、というか行かないといけない感じだ」
『ふむ、学童みたいな感じかのお。お主も勉学するとは真面目なんじゃの』
「そうでもねえよ」
なぜ高校に行っているのかと問われれば、俺はうまく答えることができない。大学に行くためだとか、就職のためだとか、よくわからない建前を並べて、みんなに合わせているだけに過ぎない。
神様もそこはわからないのか、首を可愛らしくひねって悩んでいた。
『ふむ、面白そうじゃの』
「は?」
『我もついて行っていいか。というか、嫌でも憑いていくがの!』
「もう好きにしてくれ……」
今の説明で興味を持ったのかよくわからないが、神は俺から離れるつもりはないらしい。食パンをトースターにぶち込み、タイマーをセット。洗顔や着替えを済ませておく。
昨日はよくわからないうちに神が消えてくれたおかげですんなりと宿題が終わらせられたのでよかったな、なんて思いながら準備を進めていく。
チンと音が鳴る。出来上がったトースターを頬張った。うん、今日も普通にうまいな。サクサクとした食感を味わっていると、神がじっと見ていることに気づいた。
「お前も食うか?」
『我は現世の食べ物を食せても味がわからんのでなー。残念じゃが、遠慮しておく……』
理屈がよくわからんが、どうやら食べないらしい。完食しようとしたところで、
『じゃがの、一つだけ方法があるんじゃ……』
「なにそれ」
『力を使えば実体化出来て、且つお主に触れている状態でなら味がわかるんじゃが』
「やればいいじゃねえか」
『拒絶せんのか?』
「しねえよ別に。早くしないなら食っちまうぞ」
ぱああっと一瞬で笑顔になる神。満面の笑みを見ていると、やっぱりただの子供にしか見えない。なにやら呪文のようなものを唱えたかと思うと、実体化できたらしく俺の背中に回ってぎゅっとしがみついてきた。おお、マジで触れてる。昨日はすり抜けたのに、今はちゃんと触れる。
『さあ、早う食べんか』
後ろから抱き着いている形で、俺の肩に可愛らしい顔が乗せられた。誘導されるままに少し冷めた食パンをかじった。
『おお、うまいのお! 久しぶりに味わったから余計に美味じゃ!』
「……よかったな」
ころころと笑うコイツになぜか同情のような気分が湧き、呪われているというにも関わらず俺はちょっと優しくしてやろうと思ってしまった。
「ふー。ごちそうさまでした」
『合掌じゃ』
二人して食物に感謝。皿を軽く洗っておく。携帯で時間を確認すると、そろそろいい時間だった。荷物をまとめた俺はアパートを出ることにした。
三条高校までは徒歩で十分もかからない距離だ。余裕を持って起きていればのんびり歩いても十分早く着く。遅刻したことがないのは俺の中でも誇れる数少ないことかもしれない。
県内でも有数の進学校である三条高校はどちらかというと真面目な生徒が多いため、遅刻する方が少ないんだけど。
横に浮遊している神を横目に俺は少し考え事をしていた。
昨晩コイツが言った言葉だ。呪われたという割に実感が湧かないのは奇妙なものだが、少しは真面目に考えておかないと後々後悔するのは嫌だ。
祠の修理はなんとでもできるとして、問題は三人の女子と結ばれるってほうだ。一人とでも大変だってのに、三人ってもはや無理ゲーじゃないか。
俺にはそんな芸当は出来んぞ。というか、それってサンマタってやつだよな。倫理的に大丈夫なのか。呪いを解除したところで俺がナイフで刺されてない?
「どうすっかなあ……」
「なーにが?」
急に後ろから背中を叩かれる。ポンと優しげな感覚で誰かすぐにわかってしまう。
「ユウは独り言が多いよねー。気を付けた方がいいよ?」
「別にいいだろ」
幼馴染の
「なんか悩み事でもあったの?」
「まあ、悩み事というかなんというか」
神様に呪われましたなんて言っても信じてもらえるかどうか。むしろ馬鹿にされそうな予感しかない。適当にはぐらかしておくのが吉だろう。と思ったのだが、勝手に勘違いしてくれたので便乗することにした。
「一人暮らしが大変とか?」
「まあそんなところだ」
唯とはクラスが同じなのでそのまま校舎へと歩いていく。途中数人の友達とすれ違ったので軽く挨拶しながら階段を登っていく。
「でももったいないよね」
「何が?」
「ユウのこと気になってる女子は割といるのに、その独り言のせいで――」
「え、おいまじで、早く紹介してくれ」
「ちょ、ちょっと近いって」
まさかの朗報に思わず気が動転してしまった。願ってもないチャンスじゃないか。呪いの解除に利用するのはどうかと思うが、お近づきになれる女子が少しでもいるならありがたいことだ。
「で、誰なんだ? どのクラス?」
「え、いや、その……」
「ん? 言いにくいならイニシャルでもいいぞ。早く教えてくれ」
「うぇ? その、た、たとえば……」
「例えば?」
なぜか勿体つけて口ごもる唯。少しだけ顔が赤く染まって俯いてしまう。そんなに言いにくいことを聞いたつもりはないんだけど。
茶色がかった髪の毛をくりくりといじり、目線があっちにこっちにとせわしなく動き、指先をくっつけたり離したりと挙動が不審になる。しばらく「あー」と繰り返したところで、ようやく唯は答えた。
「あ、あ、あたし、とか……」
「なーんだ、冗談か」
「なんでさ!」
ちぇっ、完全に騙されてしまった。唯が俺を気になっているだと? さすがにそれはないだろ。
「……別に冗談じゃないのに」
「なんか言ったか?」
「べつにー。ユウはやっぱモテそうにないなって」
「なんだよ、俺だって頑張れば……」
『お主はやはり阿保そうじゃの』
脳内でアイツが語り掛けてくる。
唯と合流した辺りで消えたせいで存在を忘れかけていたが、やっぱりついてきたらしい。さりげない罵倒は見逃してやることにした。というか、コイツの存在って周りには見えてないのかな。声とかも聞こえないならバレる心配はないんだが。
そこんところどうなんだろう。後で確かめてみるか。
一年生の教室は四階にあるので、気持ち急いで階段を登って行く。そのまま入室したところで、それぞれ友達のもとへと離れていった。ホームルームが始まるので早めに着席しておくか。
始業のベルが校内に響く。いつもとは違う感覚がする一日が始まった。
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