神様に呪われたので三人の女の子と付き合うことにしました

吉城カイト

第一部 1―15話

第1話 7月20日(火)

 友達と別れた帰り道。

 辺りはすっかり暗くなり、街路を照らすのは僅かな街燈だけ。もうすぐ夏が近い時期だが、やはりこの時間は既に日が落ちている。高校入学祝で親に買ってもらったお気に入りの腕時計を確認すると、ちょうど十一時を回ったころだった。

 振替休日に加えて営業自粛をいいことに、知り合いの俺たちだけこんな時間まで騒がせてもらった。内緒で酒を飲ませてもらったことは秘密にしないと。

 焼肉「てるにし」。中学からの付き合いである照西の親が経営しているお店だ。駅の近くだという事もあってか、わりと常連客で賑わっていたのだが、最近は緊急事大宣言のせいで客足が少しだけ遠のいたらしい。仕入れた肉を消化しきれないと照西のお父さんは嘆いていたな。

 急いで帰る必要がない俺はゆっくりと帰路を歩く。じめっとした空気のせいか、喉に不快感が溜まる。ふと視界に入った自販機でコーヒーでも買おうと立ち止まった時だった。


「なんだこれ」


 横にぽつんと立っていたのは寂れた祠のようなもの。自販機のちょうど影に入っているせいか、余計に荒んで見えた。まあ人気のない場所だしな。誰も祀ることもないんだろう。しゃがみ込むとお賽銭が置いてあるのが見えた。

 神社でよく見るような入れたら取れないものではなく、朽ち果ててボロボロのせいで全然柵の意味をなしていない。……まあ、いや、流石にな。

 一応左右確認しておく。いや百円だけだよ、百円だけ。


「拝借しまーす……」


 小声を添えて軽く一礼。普段ならこんなことしないのにな。

 酒のせいだ。うん、そういうことにしよう。

 頂いた百円でボス缶を一つ購入。ぐいっと一口だけ飲んで、残りはコイツの前に置いておくことにした。等価交換ってやつかな。たぶん違うけど。

 そこから数分歩いてわが家へと到着。今の高校へは家から通うには電車を何駅も引き継がないといけないということで、比較的学校近くのアパートを借りることを父親にお願いしたのだ。成績上位だという条件付きだけど。

 母さんが小さい頃に亡くなってしまって、そこから男手一つで育ててくれた父さんには感謝している。家賃を出してもらっているのには本当頭が上がらない。

 築二十年を超えるちょっと古めのアパートで、六畳のワンルームに浴室と台所が付いているタイプ。収納もわりとあるのでそこまで困ったことはない。学校から近いこともあってか、わりと友達の溜まり場にもなったりする。

 ズボンのポケットからキーを取り出した俺は、ガチャリとドアノブをひねった。


「ただいまぁー」

『おかえり。待っておったぞ』


 俺の声に呼応して可愛らしい声で少女が出迎えてくれる。

 まあ、こうして誰もいない部屋に一人挨拶を……。ん? 今誰か返事した、か。


『何を突っ立っておる。早うこっち来んか』

「すんません。間違えました」


 勢いよく扉を閉じてリターン。いけないいけない、どうやら部屋を間違ったみたいだな。いやいや俺の部屋に他に誰かがいるわけないじゃないか。可愛い女の子が出迎えてくれるなんてどこの世界線だよ。


『話があるんじゃ。なにをしとるか』

「どわああああああああ!!」


 さっきまで部屋の入口に立っていた少女がぬっと扉を突き破って出てきた。


「お、おまっ! おま、おま……」

『御回りかの?』

「ちっげぇよ! じゃなくて、お前……」


 。文字通り。まるで幽霊かのように閉じた状態のドアをすり抜けている。なんだこれ、夢か? 夢なのか? 幽霊少女がいきなり俺の部屋にいたなんて現実は受け入れられないぞ。


『小僧、神に向かってなんじゃその口の利き方は! お前とは失礼じゃろう』

「……は? 神ぃ? 誰がだよ」

『我が神様じゃ』

「寝言は寝て言えよ。神はこんなところで遊んでるわけねえだろ。何人ん家勝手に忍び込んでんだよ」

『遊んでおるわけじゃないわい! むきー!』


 完全に子供だった。というか、俺まだ夢でも見てるのか。酔ってるし、疲れてるし、こんなガキにかまってる暇はないんだが。こんな時間にコイツの親は何してるんだよ。


「はいはい、早く家に帰ってくれな」

『嫌じゃ。というか、お主に憑りついたから、ここが我の居場所なんじゃ』

「はあ? 何を勝手に。つか、ここ俺の部屋だから早く出てってくれよ」

『ぬわああ? 急に引っ張るでない!』


 部屋番号を確認して間違いがなかったことを確信した俺は、扉にハマった神もとい少女を押しのけて部屋の中へ入る。さっさと風呂に入って寝たいんだ。こちとら明日から学校だってのに。教科書や主題で膨れたカバンを放り投げてベッドへと軽くダイブ。枕に顔を埋めればそのまま寝てしまいそうなほどだ。


『お疲れな様子じゃの』

「まあな。課題が多いんだよ。つか、鍵閉めてんのになんで入ってきてんの」

『我は神じゃからの。すり抜けることなぞ、造作もないわい』

「へーそうっすか」

『お主信じてないの』


 うん、たぶん俺相当疲れてるな。変な妄想に憑りつかれてしまったらしい。空中に浮いたまま俺の方へと寄ってきた神とやらに首だけを向けた。

 腰まで伸びた黒髪は赤いリボンで軽く括られ、白い着物によく映えている。ぱっちりと開かれた目にきゅっと横に結ばれた口。一般的にいう童顔ってやつか。

 控えめに言ってすごくかわいい。やるな、俺の妄想よ。

 依然ぶつくさ呟く神は浮遊したまま、身に着けていた白い羽衣から何かを取り出した。見覚えのあるそれはどう見ても携帯だった。たぷたぷといじっては何かを見つけたのか、ふむふむと唸る。


『我が神だという証拠を見せようかの』

「ほーん。んで、なにそれ?」

『神様けーたいじゃ』

「まんまかよ。なんだそのネーミングセンス。もっと磨いた方がいいんじゃねえの」

『やかましいわい。黙って聞いとらんか小僧』


 どうやらこいつは喋っている最中に口を出されるのが嫌らしい。わりと本気で怒られてしまった。


『これでお主のことが全てわかるのじゃ。全知全能じゃぞ』

「デバイスに頼ってる神のどこが全知全能だよ。ただのお年寄りじゃねえか」

『……』


 あ、拗ねた。


「わかったわかった。聞いてやるから言ってみな」

『……ぐすん。では耳を貸せ』

「ちゃんと返してくれるならな」

『ふん! お主の名は時飛雅勇ときとびがゆうじゃな。十六歳。三条高校の一年に入学すると同時に、両親に一人暮らしを懇願。交際相手なしじゃが、生活を満喫しておるの』


 当たっている。名前、年齢、高校など俺の個人情報が晒されていた。つか、彼女はいないことは別にいいだろ。

 一人暮らし楽しいんだもん。自由なんだもん。そんなことより、


「……おい、まじで神?」

『まじ神じゃ』

「本当に?」

『本当の本当じゃ』

「……」

『まだ信じられんのならもう少し言うかの。十四歳の時、両親の財布から黙って――』

「ようし、わかった! もういいから! お兄さんと話をしようか!」


 誰にも話していないはずの秘密をさらりと口にされてしまって、俺は慌てて神の口を閉じにかかった。しばらくむぐむぐとしていたが、ようやく静かになったので放してあげた。ジト目で見つめられる。


『……ぷは、ようやく信じたかの』

「わかった、わかりました。ごめんなさい」

『近頃の小僧は素直じゃないの。まあいいわい。それよりお主に話があるんじゃて』

「話を聞いたら帰ってくれるのか」

『帰らんと言うとろうが! すぐに追い出そうとするでない! 舌打ちもするな!』


 どうやらこの神は俺に何かあるらしいな。仕方ないのでベッドから起き上がることにした。


『まずお主に心当たりはないか聞いておこうかの。我に祟られる原因はあるじゃろ』

「あるわけないだろ。俺みたいな善良な一般市民に何言ってんだ」

『やかましいわ! お主のどこか善良じゃ! お賽銭盗みおったろうに!』

「いやいや、盗んでないって。ちゃんとコーヒーにしてあげたんだって」

『あんなの泥棒と同じじゃ。一口飲んでおったではないか』


 おっと。どうやら神様はちゃんと見ていたようです。


『我は珈琲が飲めないんじゃ。あれは苦いの!』


 完全に子供だった。というか、ツッコむところがおかしい。


「悪かったって。明日、オレンジジュース置いといてやるからさ。それでいいだろ」

『よくないわい! ものの話ではないんじゃ!』


 ううむ、神様はよくわからんな。


「……じゃあなんだよ。あんたは俺に何をしてほしいんだよ」

『賽銭を盗んだ罪を償うといい。お主に憑いたのは呪いをかける為じゃ』

「の、のろい……」


 神らしくない物騒な物言いにあからさまにビビってしまう。まさかあんな潰れかけた祠の主に祟られる羽目になるとは。くそ、オレンジジュースにしておけばよかったか……。


『我とて昔はそれなりに威厳があったのじゃ。この辺りでは有名で毎日お供え物があった。鴇巣とうのす神社という名は聞いたことあろう』

「いや、知らん」

『……無知なお主に聞いたのが間違いじゃった。すまんな。とにかく我は石沼村の子たちに祀られておった神なんじゃ』

「という夢を見たんだな」


 煽られたのでしっかり煽り返しておく。


『……くぬぬ、口の減らん奴じゃのお』

「ありがとうございます」

『褒めておらんわい!』


 意外といじりがいのある神だった。ぷくっと柔らかそうなほっぺを膨らませ、明らかに不満げな顔だったので、ガチで怒られる前に続きを促しておく。


『我は子孫繁栄を担う役割を持っていてな、それを村の子に与えておったんじゃ。その反面、呪いも備えておった。契りを結び、子を孕ませておいて逃げ去った男を許すまいと、願掛けに来た女がいての。我はそいつの首を刎ねてやった』


 重い内容のわりに飄々と話す神に、どこか本能で恐怖を感じる。すぐに反応を返せないくらいには俺はコイツの話を信じてしまった。酒が引いていく感覚がする。


「そ、その呪いを、俺にもかけるってのか」

『さっきまでの威勢はどうした。腰が引けておるぞ』


 ニヤニヤと含んだ笑いをする神に、さすがに軽口は叩けなかった。ごくりと唾を飲み込む音が静寂に響く。


『まあ、責任を取らせただけじゃ。さすがに首は刎ねておらんわい。さっきのは冗談じゃ。……ただお主にも同様の責任は取らせようかの』

「おい、ちょっと待てよ……。賽銭を飲み物に買えただけだろ!? そんだけで――」

『それだけとはちゃんちゃら笑えるの。祈りを掛けに来た人の金をお主は勝手に利用したのじゃぞ? それを『だけ』というにはちと話が違うのではないかの。神にすがる気持ちを考えたことなどないのではないかの』

「…………」


 正論だった。まったくもって何も言い返せない。確かに俺は、魔が差したというにはやりすぎたかもしれない。神の領域に俺は土足で踏み込んだのだ。今更になって自分のしたことを後悔する。


『じゃからの、お主には神社の復興と人の契りを認める罪を背負わすことにする』

「復興と人の契り……?」


 前者はわかるが、後者はさっぱりわからない。さっきの話と関係があるのか?


『我が子孫繁栄の神であると話したじゃろ。お主はどうやら責任感が欠けておるので、人の契りを学ばせようと思うたのじゃ。そこで三人の女子と結ばれてみよ』

「はあ?」

『できなんだら、一生我はお主を呪うでな。生涯孤独で死にさらすかもしれんの』


 カッカッカと笑い飛ばす神。罪の重さよりも俺は内容をうまく理解できなかった。ではな、と消えてしまった神に何度声をかけても反応は返ってこない。


「くっそ、どうしろってんだよ……」


 蛍光灯がちかちかと揺れ、俺の目を刺激した。

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