二 夜の街には嫌がらせを
まず最初に取り締まり対象としたのは、やはり
「――おい! 今何時だと思ってるんだ! 時短営業は知ってるだろう!?」
閉店時刻を守らない店を見つけると、国家権力により大義名分を与えられた彼らは、どこか愉しげに見えるような面持ちで、声高らかに堂々と客引のホストを怒鳴りつける。
その装いはといえば、一様にモスグリーンの制服を着込み、腕には「自粛」と書かれた腕章を嵌めている……まるで、戦前の憲兵や特高警察みたいな恰好だ。
ま、「自粛」という腕章は、なんか小馬鹿にしているような気もしないではないが……。
「はぁ? なんだてめえ? ボコられてのか、このクソオヤジ!」
そんな一目でわかる服装なのにニュースを見ていないのか? ライオンのたてがみのような金髪頭をした若いホストは、自粛警察の中年男性に詰め寄ると、しかめっ面でメンチを切ってヤンキーのようにスゴむ。とかく若いやつらは血気盛んだ。
「ひっ……み、見たか!? ぼ、暴行だ! 公務執行妨害だ!」
弱い犬ほどよく吠えるというやつか……すると、大きな口を叩くくせに気の小さい彼は、引きつった顔で甲高い声を張り上げ、背後の宵闇に隠れるようにして控えていた私達に助けを求めた。
自粛警察の公募に集まった人々は、一見、どこにでもいるような中高年のおじさんやおばさんだった。そして、以前からクレーマーとして知られていた人物も多く、そんな人種はその実、小心者が多いのだ。
「ハァ……よし、行け」
やつらの尻拭い役みたいでやる気も失せるが、これも任務だ。仕事はきっちりしなくてはならない。
「警察だ! 公務執行妨害の現行犯で逮捕する!」
「……え? な、なんだよ? 俺が何かしたっていうのかよ!?」
溜息交じりに私が指示をすると、私同様、この自粛警察隊に臨時配属になっている制服警官達が飛び出してゆき、早々、ホストを犯罪者として取り押さえる。
国家公務員である彼らのクレーム…もとい、指導は社会の秩序を維持するための重要な公務であり、それを妨害することは有無を言わさず罪に問わられるのである。
もし、そのように不届きな輩がいた場合、やはり犯罪なので逮捕ということになるのだが、乱闘に発展するような場合もあるし、逮捕術も学んでいない素人の彼らに実力行使させるわけにもいかないだろう。
故に、こうしたトラブルの起きることを想定して、被疑者の確保に当たるために我々が常に傍で備えるようになっている……彼ら自粛警察の監督と並び、これが私に任された主な職務である。
これなら、直接我々が取り締まりを行った方がよほど手っ取り早いのだが、まあ、警察が強権を振るうといろいろ煩い左派の人々もいるので、その役目は民間人に近い彼らに任せているのだ。
もっとも、自粛警察に対して反抗的な態度をとる者がいたのも最初の内だけで、逆らえば本当に逮捕されるという噂が広がると、めっきりそんな輩も見えなくなったのであるが。
まんまと虎の威を借ることのできた彼らに、我々がついている必要性も最早ないだろう。
後はもう、自粛警察の天下である……。
「――この店、まだ開いてやがったか! 正義の鉄槌を食らうがいい!」
効果覿面にも時短に応じない夜の店は少なくなったが、それでもこっそり開けている所を見つけると、鬼の首を取ったかのように彼らは奇声をあげ、その店舗の入り口に「人殺し」と書かれた紙を強力接着剤でべったりと貼り付ける……。
大仰なことを言っているわりに、やっていることはなんともセコい。ただの陰湿な嫌がらせである。
「か、勘弁してくださいよお〜! 今すぐ閉めますから!」
だが、それでも効き目はあるらしく、店長と思しき者がすっ飛んでくると、自粛警察にヘコヘコと頭を下げながら彼をなだめすかしていた。
あの店もこれに懲りて、もう時間外営業はしなくなるだろう……。
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