転生

@momonikutabeyo

第1話






1

 

 

 私は生まれた瞬間から人と違っている。物心ついた時から普通の人の生き方の流れをなんとなく知っていたし、自分がそれらとは大きく異なる生を送ることを予感していた。期限付きの命。その甘くてロマンチックな存在達の輪から外れた私は、全ての期限付きの生を謳歌する人たちとは違う、何か別の、特別の甘い響きを欲していた。


私が、当時の自分の知識では数えることも出来ないほどの年月を生きていくことになるだろうと思い出したのは何歳の頃だったか。年齢は覚えていないけど、あの瞬間の、自分が見ていた視点の絵だけは鮮明に思い出すことが出来る。ディズニーのキャラクターの指人形が、首を吊った人のように、首をヘリウム入りの風船のひもに繋がれ、ぷかぷか浮かんでいる景色だ。無邪気に、他意もなく、首吊り人を誕生させた私の遊び方に、親戚のKという大人が文句を言った。変な遊びをするんじゃありません、と。偶然にも死人を模したさまを生んでしまった私の遊びを否定するKの顔を見て、私は、Kが持つ生の意味と、私が持つ生の意味が全く異なることに気が付いた。私は、自分にとって首を吊るという事がどれほど些細な苦痛であるかをずっと前から知っていた。しかしKにとって首を吊るという事は、絶対に起こしてはいけない苦痛であり、子どもが何の気なしに遊んでいる光景に浮かぶことすら眉を顰めるほどの不吉な絵だったのである。


 人間はいつ自分の寿命と言うものを認識するのだろうか。自分が人間である以上、だいたいどれぐらい生きて、どれぐらいの年齢で死ぬことになるだろうという認識は、動物的な本能によって自覚する感覚と言うよりは、むしろ他者から与えられる知識であると言ったほうが良い。周りの年寄りを見て、八十年も生きれば死を意識しだすのだろうなあと想像してみたり出来るし、平均寿命というようなものも導き出されている。なんの確信もなしに、人間は自分の寿命のだいたいの予想を作るのだろう。私は、自分が現在の平均寿命を優に超えて生き続けることを知っていたし、首を吊っても自分の生が終わらぬことを知っていた。だから、首吊りの遊びを咎められた時、この人形のさまが死を表すものである事を思い出すのと同時に、自分だけにとってはそうでない事を思い出した。そのようなことがあってから、私は自分が生きていく上で本当に欲しいと思っているものの正体を、少しずつ鮮明に見出していく。


そしてその頃から私は、陰鬱な遊びを考案して隠れてその遊びを行うようになる。その一つが、蟻の上に小さな石ころを乗っける遊びだった。小さく、非力な蟻の上に、それよりも一回り大きい位の石を乗せてやると、蟻はもがき続け、その後にもう少し大きい石を乗せてやると、バランスを崩した石の間から這い出て逃げて行ったり、そのまま死んでしまったりする。蟻達が慌てて蠢くさまを眺めるのが、私の最初の、趣味の悪い遊びだった。“隠れて”その遊びを行うようになると前述したが、実は私は、その遊びが誰かに見つかってしまう事を密かに期待していた。幼稚園に通っていた頃、その望みは果たされる事になる。友達と数人で、団地の空き地で遊んでいた時に、二人の女の子にその遊びを見つけられ、出来たてほやほやの正義感を振りかざすその二人に、私は激しく糾弾された。蟻を虐めてはいけない。生き物を大切にしなければならない。年相応の素敵な正義を、確かにぶつけられた私は、辞めろという忠告を受け入れることなく、蟻遊びを続行した。いくら忠告しても、その趣味の悪い遊びを辞めない同級生を見て、二人の女の子は呆れて、その場を離れ私とは距離を置いて遊び始める。自分でも不正義的であるという自覚のある遊びを続け、二人の友達から見限られたという事に、私は不思議な満足感を覚えていた。それは、自分の遊びが誰にも理解されないという事の優越感とかではないし、ましてや、人の意見を聞かずに我を貫いた事の達成感とかでもなかった。ただ、大好きな二人が自分を仲間はずれにした事で起こる、小さな絶望の満足だった。


子供たちの付き添いで空き地の外れに居た私の母親は、自分の子供が輪を外れて一人で遊んでいる様子を心配し、私に近付き話しかけた。私は一人になった経緯を説明し、母親はそれを聞いて暖かい説教を行った。蟻を虐めるのは良くないこと、それを見た友達が嫌な思いをするのは当然であることを私に説き、そのような遊びは辞めて友達の輪に入るように勧めた。私はその説教が終わるまで蟻遊びを続けたので、話を聞きながらそれでもなお蟻の上に石を乗せ続ける私を見て、母はどんどん悲しい表情を見せた。趣味の悪い遊びを続け、友達の輪から外されてしまう様子を母親に見せつけることで、私はこの、悲しい満足感がますます満たされていくのを感じていた。それは切ない快楽だった。友達が離れて行き、母が悲しい顔をすることが寂しくて寂しくて仕様がなく、足元がぐらぐら揺れて呼吸が苦しくなり、身を守る衣服でさえどこかに消えてしまったかのような心細さ。蟻を潰すという不正義を行ったことに対する罰のようなその状況が、私がずっと、欲しくて欲しくてたまらないものだったのだ。

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