エピローグ:エンジェリック・バレット/01

 エピローグ:エンジェリック・バレット



 ――――――数日後。

 夕暮れ時、とある病院の屋上。そこで風に吹かれながら、茜色に染まる西方の夕焼け空を眺めながら、鏑木孝也は煙草を吹かしつつ……耳に当てたスマートフォンで誰かと話している最中だった。

「……んで、例の件は片付いたのか?」

 煙草を咥えながら問う鏑木に『ええ』と電話越しに返すのは、艶やかな女声だった。

 そんな風に頷き返す相手は、公安刑事の桐原きりはら智里ちさと。鏑木の親戚である腕利きの女刑事だ。

 鏑木は彼女と、その後の事件の推移やら諸々について話している最中だったのだ。

『セントラルタワーの占拠と、八城学院の襲撃事件。加えて貴方たちが派手にやってくれた諸々と、リシアンサス・インターナショナル本社ビルでの件については……それぞれ別件ってことで上手く処理しておいたわ。表向きにはセントラルタワーは正体不明、八城学院は前に美代学園を襲った奴の模倣犯。本社ビルの件はテロリストの仕業で、それ以外の細々としたことは揉み消したわ。

 …………ホント、大変だったのよ? おじさまも無茶を言ってくれるわね』

「ははは、お前らとハリーの野郎がやったド派手なドンパチに比べりゃ、おじさんたちのはまだ可愛い方だろぉ?」

『それは……まあ、否定できないけれど』

 笑って誤魔化す鏑木と、それに肩を竦める智里。

 そうしたやり取りの後、鏑木はコホンと小さく咳払いをし。「そういえば、例の嬢ちゃん……ミリアの件はどうなった?」と別の問いを智里に投げかけていた。

『ああ、例の……頼まれてたミリア・ウェインライトのことなら、万事上手くいったわ。彼女に関しては私の方から手を回して、今回の事件とは無関係ってことにしておいたから。だから大丈夫よ、おじさま』

「そうかいそうかい、ソイツは助かるぜ」

『それで……今後はスイーパーになるんだっけ、その?』

 訊き返してくる智里に「ああ」と鏑木は頷き返し、

「本人の意志でな。自分らしい生き方を見つけたいってんで、とりあえずスイーパーとして活動することにはなった。後見人はいつも通り俺だ」

『……レイラの時といい、今回といい。ほんっと、おじさまって案外お人好しよね』

「よせやい、褒めても何も出ねえぜ」

『褒めてるワケじゃあ……いいえ、褒めているのかもね』

 飄々ひょうひょうとした態度の鏑木に肩を竦めつつ、智里は電話の向こう側でハイライト・メンソールの煙草を口に咥え、シュッとマッチを擦って火を付ける。

 そんな音が微かに聞こえる中、鏑木も空いた手で口から煙草を放し、ふぅーっ……と息をついた。

 紫煙交じりの白く濁った吐息が、夕焼け空の中に消えていく。

 そんな、ある種儚いような光景を見つめながら……鏑木はまた煙草を咥え直し。智里との会話に意識を戻していく。

「何にしても、お前さんにも世話ァ掛けちまったな」

『良いわよ、おじさまにも色々とお世話になっているもの。これぐらいはさせて頂戴』

「んで、ハリーの方はもう良いのか? そっちはそっちでかなり面倒なコトに首突っ込んじまったんだろ?」

『ああ、その件ならどうにか解決したわ。今回も今回で、事件の揉み消しに馬鹿みたいな量の死体処理、てんやわんやで寝る暇もなかったけれど』

「ははは、そうかそうか。ま、無事円満に解決したんなら何よりだ」

 溜息交じりに言う智里にガハハ、と笑い返し、鏑木は「んじゃあ、また連絡するわ。ちゃんと飯食えよ?」と別れの台詞を口にした後、智里との電話を切った。

「さあてと、お嬢ちゃんの様子でも見に行くとすっかあ」

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