エピローグ:エンジェリック・バレット/02

 所変わって、病院内のとある病室では。

 そこそこ広い個室の中、ベッドの上に座っているのは入院着に身を包んだミリア・ウェインライト。そんな彼女の傍に丸椅子を置いて座り、レナード・マクファーレンがナイフを使って器用にリンゴを剥いていた。

「……なあ」

 そんな個室の中で、ミリアは傍らでシュルシュルとリンゴを剥くレナードにボソリと話しかける。

「はい?」

 リンゴを剥く手を止めないまま、小さく視線だけを上げたレナードが反応すると、ミリアは今更過ぎる言葉を彼に投げかけていた。

「オタクさ……よく考えたら、お互い名前も知らねえよな?」

「あはは、そういえばそうですね」

 ミリアの言葉に対し、レナードはニッコリと爽やかに微笑んでみせる。

 ――――すっかり忘れていたが、ミリアとレナードは互いに殆ど初対面のようなものだ。

 電話をしに行った鏑木にこの場を託され、ひとまず病人相手には定番のリンゴ剥きをしていたはいいが……よく考えたら、自己紹介すらまだだったのだ。

「改めてになっちまうが、アタシはミリア・ウェインライト。まあ……詳しいことは姉さんから聞いてるか」

 だからミリアは、今更ながらレナードに対してそう名乗ってみせていた。

「ふふっ、貴女のことはよく知っていますよ。……僕はレナード・マクファーレン。レイラさんの友人で、同業者です。もうすぐ貴女とも同業者になりますね。よろしくお願いします、ミリアさん」

「おう、よろしくな」

 そんな風に自己紹介を交わし合っていると、部屋の引き戸がガラリと開き、鏑木が病室に戻ってきた。

 仄かに紫煙の匂いを漂わせながら戻ってきた彼に、ミリアは「そういや、アタシの車ってどうなったんだ?」と問う。レイラに貸したっきり音沙汰無しだった、自分のC7コルベットのことが気掛かりだったのだ。

「あー……」

 それに対し、鏑木はバツが悪そうに後頭部を掻きつつ目を逸らし。言いづらそうにしながら、彼女の愛車のその後の顛末をオーナーたるミリアに聞かせてやった。

「お前さんのコルベットな、ありゃあダメージがヤバ過ぎてな……レイラの奴が盛大にブッ壊しちまってよ。言いにくいんだが……廃車かもなあ、ありゃあ」

「マジかよ…………」

 愛車の惨状を聞かされ、がっくりと肩を落とすミリア。

 そんな風に落ち込む彼女に、レナードは苦笑いしながら「気持ちはわかります」と励ましの言葉を投げかける。

「僕の車も……その、駄目になってしまいましたから…………」

「あー……もしかして青のBMWか……?」

「はい、ご存じでしたか……」

「その、えっと……なんだ、悪かったな」

「いえいえ、ミリアさんのせいではありませんから。ですが……こう、結構クるものがありますよね……」

「ああ……分かるぜ、分かるぜその気持ちよ…………」

 互いに肩を落とし、励まし合うミリアとレナード。

 そんな二人を遠巻きに眺めつつ、鏑木は「何やってんだお前ら」と呆れ返った様子で呟く。

「……ふふっ」

「くくくっ……」

「ヘヘッ……」

 そうすれば、誰からでもなく笑い始めてしまう。

 そんな風に三人で笑い合いつつ、ふとした折にミリアは「そういや、姉さんたちはどうしてんだ?」と、ふと思いついたことを問うていた。

 鏑木はそれに「ん?」と反応した後、ニヤニヤとしながらこう答える。

「連中なら、今頃……そうさなあ、報酬でも受け取りに行ってんじゃねえのか?」

「報酬って?」

「アレだよアレ。お前さん方が狙ってたアレだよ、秋月の野郎が遺した――――」

 ミリアはそこまで聞いた時点で「ああ……」と合点がいき、

「プロジェクト・ペイルライダーの研究データ……アタシたちに掛けられた呪いの詰まった、あのデータをか」

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