第三章:キルボックス・ヒル/09
そうしてオフィスを出た二人は非常階段を駆け下りて、やっとこさ地下駐車場まで辿り着いていた。
ここまでの道すがら――監視カメラという絶対的なアドヴァンテージが消えたからか、敵と遭遇する回数はびっくりするぐらい少なく。大して交戦もせずに目的地まで辿り着いた二人は、まず地下一階から車の捜索を開始する。
目的の車は……敢えて言うまでもないだろうが、メルセデス・ベンツだ。
とはいえ手元には遺体から拝借したキーしかなく、年式も型式も、ボディカラーですら定かではない。この広い駐車場の中、それを探すのは……かなり骨が折れるだろう。
「えっと、車は何処にあるんです?」
「そんなの私が知るワケないでしょう。生憎と私はキーを頂いただけ。こればっかりは……運を天に祈るしかないわ」
二人でそんな言葉を交わし合いながら、地下一階の駐車スペースを足早に駆けつつ。レイラは手にしたスマートキーの開錠ボタンを押しまくっていたのだが……ある時、幸運にも反応があった。
遠く離れたところから、ハザードの明滅とともにキーロックの解除される『ピーッ』という音が聞こえてきたのだ。どうやら例の中年男性が乗っていたベンツは、このフロアに駐車されていたらしい。
予想よりもずっと早い発見にレイラは小さく微笑みつつ、音を頼りに憐とともに足早に駆けていく。
そうして近づいていくと――――見事、そこには目的のベンツが停まっていた。
銀色のSクラスだ。メルセデス・ベンツでも最高級に位置する車種で、コードネームはW222型。年式で言うと二〇一六年式だろう。モデルはS550ロング。右ハンドルで排気量四・七リッターのV8エンジン搭載、FR駆動形式、非ハイブリッドで七速オートマチック・ギアボックスの仕様だ。
「…………日頃の行いね、こればっかりは」
そんなベンツを目の前にレイラが呟いていると、遠くから敵の気配が近づいてくる。
それを聡く感じ取ったレイラはF2000を構えつつ、手にしていたベンツのキーを憐に投げ渡した。
「わっ!?」
「先に乗ってなさい!」
「わ、分かりましたっ!!」
どうにかキーを受け取った憐はレイラに言われた通り、ベンツの助手席に飛び込んでいく。
「来たわね……!!」
そうして憐がベンツに乗り込んだのを横目に見つつ、レイラは隣に停まっていた車のボンネットに左腕を預け……ライフルを安定させた格好で構える。
じっと待ち構えること、数秒。F2000を構えた彼女の視界に、追っ手の一団が現れていた。
「喰らいなさい!」
すぐさま狙いを定め、レイラは引鉄を引く。
フルオートでの発砲だ。突然の攻撃に泡を食った兵士たちが散開する中、レイラはその背中を一人、また一人と狙撃していく。
「……まあ、よく持った方ね」
そうして四人ばかしを撃ち抜いた頃、F2000は弾切れを起こしてしまう。
予備弾倉はもう無い。レイラは仕方なしにF2000を投げ捨てると、ショートパンツの後ろ腰に差していたシグ・ザウエルP320自動拳銃を抜き、それで以て残る六人の内、四人を撃破。素早く弾倉を入れ替えつつ、残りの二人を始末すべくP320片手にレイラは走り出す。
「はぁ――っ!!」
駐車されている車のボンネットに飛び乗り、それを踏み台として高く飛び上がり……天井スレスレの高さを滑空しながら、一人の兵士目掛けて頭上から九ミリパラベラム拳銃弾の豪雨を浴びせる。
そうして一人を見事に無力化してみせれば、レイラは着地と同時に再び走り出し。混乱する最後の一人の懐に飛び込むと――――。
「――――私が相手なんて、運がなかったわね」
呟きながら、兵士の首元にP320の銃口を突き付け。そのまま零距離で残弾全てを叩き込んだ。
ガンガンガンッと激しい銃声が木霊し、至近距離から首を撃たれた兵士がバタンと仰向けに倒れる。どう見たって即死だ。
そうして追っ手を全滅させたのを見て、レイラは再び弾倉交換。P320に最後の弾倉を叩き込むと、それを片手に憐の待つベンツの元へと駆け寄っていく。
「待たせたわね」
助手席で待っていた憐に言いながら運転席に飛び乗ると、レイラはすぐさまエンジンスタート。長い銀色のボンネットの下、高級感溢れるルックスには少々似つかわしくないほどのパワーを秘めたV8エンジンが目を覚まし、その鼓動を高鳴らせる。
当然、暖機運転の時間を待っている暇なんてない。故にレイラはすぐさまコラム式のシフトノブに手を伸ばし、ギアをドライヴに入れて車を走らせる。
「行くわよ!」
「――――うわぁっ!?」
最初からフルスロットルだ。飛び出したベンツで地下駐車場を猛スピードで走り抜け、曲がり角をギャァァっと派手に横滑りさせながら滑り抜け。そのまま出入り口のゲート目掛けて突っ走る。
「っ、伏せなさい!!」
そうして地下駐車場を爆走する中、バックミラーに敵の姿を捉えたレイラは咄嗟に憐の背中に手をやり、彼をバッと伏せさせた。
その直後――――後方から飛んできた銃撃で、ベンツのリア・ウィンドウがバリンと割れる。
「うわぁぁぁぁっ!?」
憐の悲鳴が木霊する中、窓を貫通した弾が何発かフロント・ウィンドウにも命中し、ガラスにヒビが入ってしまう。ひび割れたガラスのせいで視界は封じられてしまい、辛うじて前が見える程度だ。
そうして視界を奪われながらも、尚もレイラはベンツを爆走させる。
「憐、捕まってなさい!」
走らせながら、レイラは叫び。そのままアクセルを底まで踏み込むと――目の前に立ち塞がっていた兵士を派手に轢いてやる。
男の身体がバンッとボンネットの上を跳ね、そのままフロント・ウィンドウから屋根まで転がり……ベンツの後方に落下する。
お節介な衝突警報がピーピーとやかましく鳴り響くのにも構わぬまま、レイラは兵士を轢き殺した勢いのままベンツを爆走させ。地上へと続く緩い上り坂のスロープを、やはり横滑りさせながら登れば……そのまま駐車場のゲートを突き破って外に出た。
「いい加減、前が見えないのよ……っ!!」
そうして外に飛び出すと、レイラは割れたフロント・ウィンドウを足で蹴り飛ばして無理矢理に車から外してやる。
ひび割れたウィンドウが何処かに飛んでいく中、傷だらけのベンツは公道に繰り出し。紆余曲折はありながらも、どうにか無事にセントラルタワーからの脱出を果たしていた。
「ふぅ……っ」
どうにかこうにか脱出すれば、レイラはスローペースに落としたベンツで公道を走りながら、やっとこさ一息つく。
「もう大丈夫よ」
そうして息をつきながら声を掛ければ、今まで伏せていた憐は「……どうなったんですか?」と恐る恐る顔を上げる。
何処か不安げな彼の横顔を、そっと横目の視線を流して見つめながら。レイラは彼にこう言った。
「なんとか無事に脱出できたわ。……貴方のおかげよ、憐」
と、心からの感謝を込めた言葉を、レイラは憐に囁いていた。
「そんな、僕は何も……レイラが居なかったら、僕は今頃」
「でも、貴方はこうして生きている。私も同じよ。貴方があの時、機転を利かせてくれなかったら……また別の結末を辿っていたかもしれない」
照れくさそうに顔を赤くしながら、謙遜する憐にレイラがフッと微笑みながら言う。
――――実際、憐が機転を利かせてくれなかったら危なかった。
あの時、憐がタワーの監視システムを無力化してくれなかったら、本当に別の結末を辿っていたかもしれない。仮に脱出できたとしても……まず間違いなく、今以上の苦戦を強いられていただろう。
だからこそ、レイラは素直な気持ちで彼に感謝していた。こうして二人揃って無事にセントラルタワーを脱出できたのは、何も自分ひとりの力じゃない。彼が……久城憐が居てくれたから、二人でこうして再び太陽を拝むことが出来たのだ。
「…………えっと、その。そういえばレイラは、どうして僕を……?」
そんな風にレイラが思う中、照れくさそうに
レイラは彼の質問に対し「詳しい事情は、すぐに話すわ」と言って、
「ただ、今はまだ話せない。落ち着ける場所に行きましょう。そこで……そこで全ての
(第三章『キルボックス・ヒル』了)
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